『ガラスに映す』

〜余白を楽しむショートショート〜



平日の朝はいつも、眠くてボンヤリしている。







頭が起きていなくても、いつの間にやら準備は終わり、





気がついたら駅に向かって歩いている。







その繰り返し…。







淡々と真っすぐに足を進める。







自分の足音に、少しずつ大きくなる朝の街の音が混じり合い、








調和してゆく…。







まるで組曲のプロムナードのようだ。







角を曲がる。

いつもの歩道に差し掛かる。







ここには信号機があって、いつも足止めされる。







信号機を見なくても、 そばを通り過ぎる車の音で、






横断歩道の信号機が赤なのがわかる。







(眠い…...。)







見慣れたアスファルトの模様と路肩の白いコンクリートをぼんやりみていた。







すると、大学生くらいの女の子が







歩道に背を向けて立っているのに気づいた。







(•••••ん?何をしているんだろう?)









疑問がふと、頭をよぎった。







白のセーターに印象的な大きめのマフラーを巻いたその子は、





歩道に背を向けたまま、その視線の先は熱心に前を見ていた。







明らかに、違和感のある眺めだった。







(何を見ているの…、かな....?)









彼女の見ている方向に視線を向ける。

…。







彼女が立っていたのはまだ開いていない営業時間前のビルの玄関前。





その視線の先には、大きなガラス製の扉があった。







どうも、ビルの玄関のガラスを姿見にして、自分自身を見ていたようだ。





上着やマフラー、鞄やその日の髪のスタイリングなど、そこに映る全てを見ていろいろ確認していたらしい。







右半身、左半身と交互に前に出し、入念にチェックしていた。







(あっなるほど、そういうことか…。)









疑問は晴れた。







それにしても、よほど気になるのか、ホント入念にチェックしている。







あまりに熱心なので、





通りすがりの赤の他人なのに、僕にはその様子がとても微笑ましく思えた。







思わず、 こんな言葉をかけたくなった。







『あの…、 大丈夫、

似合ってると思いますよ!! 』







○ △ □ ☆ # % …。







そう言いかけて、ふと我に帰った。









(何を寝ぼけてるのか…。




急にそんなこと言ったら、変な人と思われるよな…。)







それまでボンヤリ夢見心地だったのに、

少し目が覚めたような気がした。







そうこうしているうちの、信号は青に変わり、









彼女はくるりと向きを変え、歩道を渡っていった。





僕も同じく駅の方へと歩き始める。







(確かにカッコいい組み合わせだったな....。)







思いがけず、普段とは違う何かをのぞき見てしまった感覚に戸惑いながら、足を進めた。







彼女にとって、今日が何か特別な日なのか





それとも、特別な誰かに会うのか…









そんなことが少し気になった。






......。











時々、自分はカメラのようだと思う。







突然遭遇した何気ない一場面を前に、





自分でも気づかないうちにシャッターを切っている。








僕が出くわした一場面は、朝の爽やかな光に包まれて、





とても素敵なものに思えた。







心の中のフィルムが、またひとコマ

埋まったような気がした。







すれ違う人と人の間にそれぞれの物語があって、





見え隠れしている。











今日もまた僕は、





誰かの物語の前に立ち合っていた。









(終わり)









#余白を楽しむショートショート #ショートショート #創作

5
主に音楽、写真、アート、本のこと書いてます。週1くらいで更新中。(ギター/アナログシンセ/レコード/フィルムカメラ/モノクロ写真/現代アート/ラジオ/夏目漱石/散歩/etc...)

こちらでもピックアップされています

その他
その他
  • 39本

その他の話題(カテゴリー分けがはっきりしてきたら整理します)。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。