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映画感想 SMILE/スマイル

 青田買いしておきたいホラークリエイター。

 今回は掘り出し物ホラー映画。Netflix配信映画『SMILE/スマイル』は2022年に米国劇場公開。日本では劇場公開もビデオ販売もされず、ネット配信だけされた作品。
 監督のパーカー・フィンは1987年生まれだから、『SMILE/スマイル』が制作された時はだいたい35歳頃だ。映画監督としてはまだ若い。2019年頃、パーカー・フィンはチャップマン大学ドッジ・カレッジ・オブ・フィルム・アンド・メディア・アートのステージBで『ローラは眠っていない』を撮影。11分の短編映画だ。これがサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)映画祭で上映。ここで高い評価を得て、長編映画の制作のチャンスを掴む。
(サウス・バイ・サウスウエスト映画祭 アメリカテキサス州オースティンで開催される、映画、インタラクティブメディア、音楽のフェスティバルとカンファレンスが複合化したもの。開催期間は5日ほどあり、この映画祭に7000件の応募があり、150本の長編映画、100本の短編映画が上映される)
 パーカー・フィンは『ローラは眠っていない』をベースに、その後の物語となる長編映画を執筆する。前作の主役であったローラはそのまま続投。ケイトリン・ステイシーが続けてローラを演じている。
 制作費は1700万ドル。これに対し、世界興行収入2億1700万ドルの大成功。映画批評集積サイトRotten tomatoでは、193件の批評家によるレビューがあり、79%が肯定評価。オーディエンススコアも77%となかなかの高評価。
 2022年9月のファンタスティックフェストでプレミア上映。2023年MTVムービー&アワードで最優秀映画賞と演技賞にノミネート。第51回サターン賞で最優秀ホラー映画にノミネート。
 インディーズ出身からスマッシュヒットが出た……ということもあり、現在続編の制作が進行している。

 それでは前半のストーリーを見ていこう。


 主人公のローズ・コッターは大学の精神病棟科に勤めていた。その時も数日にわたる連勤で疲労しきっていた。そんな時に、奇妙な患者が運び込まれている。見るからに正気ではない。何かに怯えている様子を見せている。ローラと呼ばれた患者は、奇怪な幻覚に悩まされているらしい……しかし、本人が言うにはそれは「幻覚」ではない、「本物だ」という。
 対話を続けていると、突如ローラが叫びだす。体が奇妙に折り曲げられ、異常な兆候を見せていた。ローズはとっさに電話で守衛を呼び出す。しかし、ふと振り向くと、ローラはもう悲鳴も上げてなかった。落ち着いた様子でローズの後ろに立ち、なんともいえないアルカイックな微笑みを浮かべていた。ローラ……呼びかけると、ローラは突然、持っていた花瓶の破片で、自らの首をかき切り、自殺してしまう。
 衝撃的な自殺を前にして、ローズは精神的に消耗してしまう。警察の調査を受けて、夜、ようやく帰宅する。恋人のトレバーが帰ってきて、ひとときの心の安らぎを得ると、約束していた妹夫婦とのディナーへと出かける。
 しかし妹夫婦とのディナーは失敗だった。妹夫婦は無神経に「なんであんな仕事しているんだ」「早く実家を売ってしまおうよ」と提案してくる。ローズは気分が休まらず、その日を終えるのだった。
 翌日、ローズは病院へ出勤する。病院の廊下を歩いていると……患者の1人であるカールが奇妙な微笑みを浮かべている。アルカイックな微笑み……まるであの時のローラのような……。ローズはカールに話しかけるが、「みんな死ぬ! 俺も死ぬ!」と叫び出す。身の危険を感じたローズは、守衛を呼んで拘束するように指示するが、振り向くとカールはベッドで眠っていた様子だった。
 幻覚でも見ていたのだろうか……。ローズは上司のモーガンに呼び出されて、1週間有休を取るように指示される。すでに週80時間以上も働いている。疲れて異常を起こしたのではないか? そう言われてローズは休みを取るのだった。
 自宅で一人きりの時を過ごしているが、突如として警報器が鳴る。すぐに警備会社から電話がかかってくる。「今はお一人ですか?」その質問に「はい」と答えるが、オペレーターは「本当に? 後ろを見てください」。
 後ろを……。ローズはゆっくりと後ろを振り向く。


 ここまででだいたい30分。異常な何かが起きそうな雰囲気が漂っているが、まだ何も起きていない。

 まず、映像についてだけど、制作費1700万ドルの低予算映画だから、映像面はあまり良くない。あまりいいカメラも使ってないんだな……というのが画面を見てもわかる。出てくる俳優も、見たことも聞いたこともない人ばかり。
 最初の数分を見ても、画面の作りは平凡。あまり面白くなりそうにないな……と、油断していたら……、という感じの作品。低予算の映画、ということは覆ることはないのだけど、低予算ならではの「うまい見せ方」があちこちに見られる。実はきちんと作られた作品だということがわかってくる。

 最初に運び込まれてくる患者・ローラ。前作である短編映画『ローラは眠っていない』の主演を演じていた。物語としても繋がりがあるらしい。

 低予算ならではの「うまい見せ方」はこういうところ。低予算映画だから、「大きな仕掛け」はないかわりに、なんでもないところに怖さを見いだすように作られている。まず、表題になっているこの笑顔。「笑顔」というのは世間的にポジティヴなものということになっているが、別の面ではまったく違う。笑顔が心地よく感じられるのは、「仲間内の笑顔」という文脈の内である場合だけ。この仲間内の外になると、笑顔は警戒感をもたらすものになる。例えば、電車の中で知らない人が笑っているのを見ると、特に理由もなく不快な気分になる……ということは誰でもあるだろう。まったく知らないコミュニティの笑いは、見るだけで、聞くだけでも不快。どうやら人間の脳は「他コミュニティの笑い」を警戒する本能があるらしく、そういう本能的な警戒感を喚起させるから、不快に感じる。
 で、この作品の「笑顔」はそういう笑顔を作っている。前後のストーリー的文脈を完全に外した、脈絡のない笑顔を、カメラの正面から描く。それだけでちょっと不気味でしょ……というのを見せている。お金のかからない見せ方だ。

 こういうところも、「なんでもない場面に混じる怖さ」がうまく表現している。この場面、自宅に帰ってきたローズが、照明のない広い家の中を見回している。家具が暗い照明の中にひっそりと浮かび上がるなか、カメラがゆーっくり回転していく。ただそれだけで、見ている側は「なんだろう…なんだろう…」と不安が高まってくる。すると真っ暗闇の中に、明らかに場違いな人影が浮かび上がっているのが見える。どうやら微笑んでいるらしい……ということだけがわかる。
 これも低予算映画ならではの「お金をかけないホラー表現」。この映画、こういう「いかにお金をかけないで見る人を嫌な気持ちにさせるか」ということをうまくやっている。

 ここも同じ。このカットでは、ドアの向こうがうっすら見えているが、シーンが進むと、ドアの向こうが完全に真っ黒になる。その向こうから、「……ローズ」と囁く声が聞こえてくるようになる。お金をかけず、ちょっと「ひぇ」っと思わせるシーン作りだ。


 作品自体は、まあ解説するところもないような映画だけど、ちょっと意味深なシーンがいくつかあるので、そこを見ていこう。
 最初の惨劇の後、主人公ローズの瞳の中へすーっとカメラがインしていく。これで何を表現しているかというと、「呪いが感染しましたよ」と。この作品、つまり「呪い」が主題になっているのだけど、その呪いは視覚情報で感染する仕掛けになっている。「感染型の呪い」となっている。このカメラの動きで感染を表現している。

 最初のローラが登場するシーン。奇妙なカメラワークが出てくる。真俯瞰から見下ろした構図だ。

 呪いがローズに感染した後、帰宅するローズの様子を同じように真俯瞰から見下ろした構図になる。こうした俯瞰構図は、単に説明的な画面……というだけではなく、その光景を見ている第三者の存在を示唆している。要するにローラやローズに取り憑いている悪魔が見てますよ……という。
 このローズの俯瞰構図の場面、カットの最後にゆっくりとカメラが回転して、上下反転した構図になる。

 しばらくして、ローズが悪夢を見る場面に入る。この場面、カメラが上下反転した状態からシーンがスタートする。さっき、悪魔視点の画面で、上下反転したところでカットが終わりましたよね。上下反転した状態でシーンが始まるから、悪魔が見せている光景……ということがわかる。

 悪魔に取り憑かれたとある人が、取り憑かれたようにその人が見ているビジョンを描いた……という場面。こういうホラー映画ではよくあるよね。ここで出てくる絵が絶妙に下手。いや、ちゃんと絵描きとしてそこそこ鍛錬を積んだ絵……というのはわかる。でも美術スタッフが頑張って夜なべして作った……というのがわかっちゃう絶妙な下手さ加減。普通の映画だと、上手い人が「下手なフリ」をして描くもの(絵がわかる人には「下手なフリをしている」もわかっちゃうものなんだよ)。しかしこの映画の場合、普通に下手。こういうところでも、ああ低予算映画だなぁ……というのが見えてしまう。

 こんな感じに、まあ低予算映画。低予算映画だから、大きな仕掛けもなければ、意外性もない。でも、お金がない状態でうまく作ってるなぁ……とそこは感心する1本。

 この映画の海外批評に日本のホラー映画『リング』と、2014年の『イット・フェローズ』に似ている……という指摘がある(実は私も同じ作品を連想していた)。それを聞いて、ああそうか、同じカテゴリーの作品だな……と私も気付いた。
 ホラー映画にこういうジャンル分けはないが、この作品は「悪魔に取り憑かれた視点」の作品。例えば『エクソシスト』は悪魔に取り憑かれた人を、客観的に見ている人の作品。『エクソシスト』のような作品は、悪魔に取り憑かれた人を、「どうしてあんな奇妙な行動を取るのだろうか」と不思議がったり、不気味がったりして見ることになる。一方、『リング』『イット・フェローズ』、本作は「取り憑かれちゃった側」視点の作品。悪魔に取り憑かれた人がどういう感覚に陥るか。自分の行動、周りの行動が次第に本当かどうかわからなくなっていく……理性が崩壊し、周囲からも信用を失っていく。その過程が描かれている。
 『リング』『イット・フェローズ』の影響に捕らわれている……という指摘はあるが、私はそうは思わない。そうではなく、「同じカテゴリーの作品」だから、似たような展開になる。ただそれだけの話だろう。私も『リング』と『イット・フェローズ』が思い浮かんだのだが、みんなも同じ作品を思い浮かべ、他が思いつかなかった、ということは、このカテゴリーの作品は実は非常に少ない、未開拓ジャンルなのかも知れない。

 さて、この映画のどこが『リング』に似ているのだろうか? それは主人公が呪いを受けた後、間もなく「呪いの根源」がどこにあるのか、究明しようとする展開にある。最初、ローラの壮絶な死で物語が始まるのだが、警察からもらった調書を精読すると、ローラも誰かの自殺を目撃したことが切っ掛けで……と書かれている。
 友人で刑事の知り合いに頼み込み、その前の人も、前の人も、誰かの自殺を見ておかしくなった……という切っ掛けがあったことに気付く。原因究明の切っ掛けを掴む、というのがだいたい映画の中間地点。

 ところがこの後、シナリオ制作作法的にちょっと「あれ?」という展開へ進む。主人公は妹のもとへ行き、自分が呪いを受けていることを伝えようとする。
 あれ? ここから「究明」に向かうんじゃないの? 主人公が自己弁護して、信頼を取り戻そうとする……という無駄な努力をする場面が描かれる。間もなくやってくる自分の死より、自分の社会的立場のほうが大事なのか?

 話は寄り道をするが、それでも主人公ローズは「呪いの究明」へと向かって行く。呪いを解く方法はあるけども……生存の方法はあるけれども、それは社会的立場を完全に損なう。
 誰かを犠牲にして呪いから解放されるか、それとも……主人公は第3の解決方法があるんじゃないか、と自身のトラウマの切っ掛けとなった、実家へと向かう。自分の原点へ帰還し、そこで悪魔と対峙する――これが後半クライマックスとなる。

 本作について、大雑把に感想を言うと、低予算だけどうまく撮っている。勘所をうまくおさえた作品だ、といえる。
 ただ、それでもあともう一歩だった……と言いたい。というのも、呪いの起源がなんだったのか、そこが提示されていない。『リング』との違いはそこで、『リング』は呪いの原点が誰で、どうしてそうなったのか、そこに至るまでの歴史が示された。一方、本作『SMILE/スマイル』にはそれがない。なぜ「微笑み」がモチーフなのか、それは大きな予算をかけるまでもなく、パッと見のイメージだけで見る人に不気味さを感じさせられるからだ。金をかけず、効果的に見せられるから。でも、それが結局なんだったのか……そこに奥行きが感じない。低予算ならではのうまい見せ方が一杯だが、逆に言えば小手先の技ばかりで、その先にある「大きな仕掛け」が見えてこない。
 もちろん、「予算をかけろ」というのではなく、こういう時の究極のアンサーは「物語」。後半の「究明」パートで、もっと「呪いの起源」へと遡る展開が提示できたら、「なかなかうまい見せ方」から「すごいホラー映画」に化けたかも知れない。『リング』はここを提示したから、「貞子」という、シンボリックなホラーアイコンが生まれた。この作品には、そういう意味でのホラーアイコンは出てこない。「微笑み」のイメージもただのイメージでしかなく、独自性は示せてない。あともう一歩突き破れなかったのは、ここ。
 本作のクライマックスで主人公ローズのトラウマの起源に遡ったが、これは呪いの起源ではない。ローズは自身のトラウマを乗り越えたが、呪いを乗り越えられなかった。これは作り手も自覚的に描いたのかも知れない。“ローズは解決策を間違える”――そのために作られたトラウマ設定。でも、だとしてもあともう一歩、その向こうの展開を見せるべきだったんじゃないかな……。

 とはいえ、低予算の未公開映画としては、間違いなく楽しめるホラー映画。きちんと「予算以上」のクオリティには仕上げてきている。しかも続編の公開も決定し、制作進行中なので、もしかしたらこの先、さらに化けるかも知れない。今のうちに青田買いしておきたいクリエイターだ。


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