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ぶつかりあい宇宙

 ――朝。改札を抜けると、大きな声が聞こえてきた。駅前の横断歩道で、わめき散らす二人。どちらもその手には「杖」が握られていた。

「――こっちは点字ブロックを歩いてるんだ!」

 ものすごい剣幕で、声を荒げる一方。手には白杖。視覚障がい者だ。

「危ないよ!私は足が悪いの!」

 もう一方も負けていない。手には松葉杖。足には装具を付けていた。

 どうやら二人は、点字ブロックの上でぶつかったらしい。ケガをしている様子はなかったけれど。

「だから!こっちは点字ブロックを歩いてるんだ!」
「私はね!足が悪いの!」

 二人が立っている、横断歩道と同じ。平行線上のぶつかりあい。めまいを覚えたのは、暑さのせいじゃない。

 ぶつかる。生きていれば、必ず誰かとぶつかる。物理的にだけではない。意見の衝突もある。でもそれは仕方ない。みんなが同じではないのだから。

 ぶつかり方にも色々ある。もし、正面からぶつかるなら、踏ん張ったり、受け身が取れるかもしれない。

 では、横や後ろから、ぶつかられたらどうだろうか。意識外からの衝撃。驚くだろうし、怪我をするかもしれない。つい興奮してしまうのもわかる。

 ぶつかりたくない。そう思うから、ちゃんと前を向く。すれ違うときは、できるだけ道をゆずる。譲歩できるのならそうする。

 それでも、どんなに気をつけても、ぶつかってしまう。なかには自分からぶつかってくる人もいる。だからこそ、ぶつかられても耐えられるように。心と、体を鍛えておく。

 ぶつかりあってはじめて、わかることもある。わかりあえることもある。この星だって、隕石とぶつかりあって、いまの形になったわけだから。

 結局、僕は少し離れたところで立ち止まり、二人を見ることにした。もし車が来たら、SOSサインが出たら、歩道まで引きずろう。そう思って。

 でもいっそのこと、車とぶつかったら。わかってくれるのかもしれない。自分たちがどこで、何をしているのか。周りからどう見られているのかを。

 そんな思いが通じたのか、しばらくして、二人はその場を離れていった。わかりあえたのだろうか。何かを得られたのだろうか。

「すみません、私は目が見えないので(足が悪いので)――」

 そんな風に謝れたら。こんな言い争いにはならなかったんじゃないかな。通り過ぎる人々のなかに、間に入ってくれる誰かも、いたんじゃないかな。そう思わずにはいられなかった。

 ぶつかりあい宇宙――

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