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《ずれずれ草》【映画メモ】「マグダナのロバ」

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■「マグダナのロバ」(ジョージア映画祭2024にて)

1955年
監督:レゾ・チヘイゼ、テンギス・アブラゼ

峠の家に3人の子と暮らすマグダナは、ヨーグルトを背負って遠い山道を街へ売りにゆく。
ある日、石炭商が、苛め倒したロバを山道に捨ててゆく。これをマグダナの子どもたちが助け、ルルジャと名付けて可愛がる。ルルジャのおかげでマグダナのヨーグルト運びも楽に。
ところが、元気になったロバを見た石炭商は所有権を主張。裁判所に訴える。事情を知っているはずの村長も石炭商に買収され、マグダナの味方はいない。
とおもいきや、遠い道を辿って村人たちがかけつけマグダナのために証言する。石炭商にいじめられていた小僧さんも主人の悪逆を証言。
マグダナの勝訴! のはずなのに……。

ジョージア映画祭2024 パンフレットから

ストーリーだけだとさして強い印象は受けないが、実際見たら、もうすばらしいパンチ力。

母子のボロボロの衣装や輝く表情。子どもたちの様子がよく演出され、子役がすごくうまい(12歳くらいのお姉ちゃんソポ、ケンカばっかりのミホ(男の子)と末っ娘の5歳のカト)。

ジョージアならではの街の景観も美しい。丸石の石畳や、高いバルコニーを連ねた木造の町屋。透かし彫の装飾が美しい手すりやらせん階段。
物語の舞台は、露西亜革命前の、ロシア帝政時代とか。でもセットではないようだ。

石炭商の小僧さんが歌いながら街の敷石の坂道を駆け下ってくるシーンに、ぐっと心を捕まれた。このシーンだけでもまた見たい!
この青年が裁判所で立ち上がったために、不正が暴かれたのに……。
ルルジャは連れて行かれ、彼も制服を着た男たちに……。
どうなるんだろう。心配でたまらない。

また印象的なのは、みんな優しいこと。
ギゴ爺さんはじめ(どこに住んでるのかわからないけど)村の人たちはもちろん、同じヨーグルト売りの女たちも「ここにお座りよ」とマグダナに言ってくれるし、街の人たちも、石炭商の小僧さんが親方に殴られてると、駆け寄ってきて止めるし、向かいの窓からはおばあちゃんが「その子がかわいそうだ!」と叫ぶ。

こうなると、悪いのは石炭商の親方と、ニヤニヤした村長さん(三島雅夫にそっくり)、裁判官くらい。よく日本やハリウッドなど作りの甘い映画では、主人公の味方が「みんな」で、意地悪する方が、友だちのいない「いやなやつ」になってたりする。
こうなると悪役の方が孤独でかわいそうになっちゃうのだが、この映画では、石炭商の堂々たる悪逆ぶりで安心して憎めた。

理不尽をかみしめて、峠の道を村の人たちとともに帰って行くマグダナ。
まっすぐ顔を上げたキリリとした顔が美しい。
なんとなく高峯秀子に似ている。
高峯秀子に三島雅夫に、昔の日本映画の俳優さんに似てる人がちらっちらっとでてくる。

パンフレットの解説によると、原作では、マグダナたちが勝訴するそう。
だが、映画の作り手たちは、あえてこのような結末にすることで、当時のソヴィエト当局(スターリンは死んでるけどまだその影響が強かった)へ体制批判を試みたのだという。
撮影所上層部からは,あの手この手で妨害が加えられたが、詩人のガラクティオン・タビゼはじめ文化人たちが擁護して、議論が盛り上がったという。
詩人にこんな力がある社会って、どんなにひどい体制でも希望があるなあ。

1956年のカンヌで賞を得ている。
これでジョージア映画を知った当時の人たちは「すっごーい」と、なっただろう。

***

ところで、倒れたロバは、演技だろうか。麻酔でも打たれてた? それとも死体?
石炭商も子どもたちも、倒れたロバの尻尾を思いきり引っ張ったり、耳を引っ張って顔を持ち上げ、投げつけたりするので、私は思わず「ひゃっ!」と言ってしまい、自分の声が響いて、ここが映画館だったと気づいた。
このロバが元気になるのを見たかったが、横たわるロバと首をあげて草をむしゃむしゃするロバがつながってなくて残念だった。
やっぱり死んじゃってたロバなんだろうか。
まさか殺されたんじゃないよね。

author:栗林佐知
(「ジョージア映画祭2024」上映作品、2024/09/12 ユーロスペースにて鑑賞)

■「マグダナのロバ」、1955年、
ジョージア共和国(旧ソヴィエト連邦グルジア)
監督:レゾ・チヘイゼ、テンギス・アブラゼ
原作:エカテリネ・ガバシヴィリ
キャスト:ドゥドゥハナ・ツェロゼ(マグダナ)/リアナ・モイスツラビシヴィリ(ソポ)/ミホ・ブラシヴィリ(ミホ)/ナナ・チクヴィニゼ(カト)/アカキ・クヴァンタリアニ(ミトゥ、石炭賞商の小僧さん?)/アレクサンドレ・オミアゼ(ギゴ爺さん)/アカキ・ヴァサゼ(村長)/カルロ・サカンデリゼ(ヴァヌア石炭商?)

■けいこう舎マガジン連載の、寺田和代さんのジョージア文学紀行(「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅 ジョージア篇」も、どうぞ!

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