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承認欲求の奴隷になるな

突然ですが、うちの子供たち優秀なんです。娘も息子も。

娘は小学生時代も優秀でしたが、中学生になってからも絵画、作文、俳句…などなどいろんな賞状をもらっています。そして成績も優秀。

これだけ聞いたらただの自慢ですね。
もっとうちのほうがすごいよ。という方ももちろんいると思います。

しかし、そんな数々の賞をいただいて私もうれしく誇らしく思う反面、不安にもなっています。こどもが賞をもらって何が不安なの?と思われるかもしれません。


それは「承認欲求の奴隷になってしまうのではないか」ということです。

嫌われる勇気

年末にアドラー心理学の入門書ともいわれる「嫌われる勇気」を読みました。もちろん名前は知ってはいましたが、今までの固定概念を覆されるような衝撃的な本でした。

賞をもらうということ、学校の成績で1〜5をつけられること、これは他人からの評価です。

他人から認めてもらうこと=承認欲求

承認欲求は悪いことなのか?

アドラー さんは承認欲求を持つなとおっしゃいます。

しかし、はい分かりました。とすぐに実行できるかと言えばそうではありません。

承認欲求は私にもあります。
SNSでいいねやコメントをもらうこと。これは嬉しいし、制作のモチベーションにもつながっています。
なので承認欲求を全て否定するわけではありません。

しかし、承認欲求に囚われすぎると目的を見失います。

評価してもらうこと、賞をとること、成績をあげること。

これが目的でゴールになってしまったら?他人と比べて勝ち負けの競争になってしまったら?

もともと絵を描くことが大好きで、自分の描いた絵で評価されること。これは嬉しいことだし親としても喜ばしいことです。

自分自身の満足する絵がかけた。こちらのほうがもともとの目的で賞状はそのおまけみたいなものです。

今は賞状がたくさんもらえていても、もらえない時期もきっときます。

その時に承認欲求の奴隷になってしまっていたら、絵が評価されないと自分自身が否定された気になってしまうのではないか?

他人の評価に振り回されて本来の目的を見失ってしまうかもしれない。それが不安なのです。

私の子供時代の話

私も小学生時代は絵や工作が好きで、図画工作はいつも5で、賞状もたくさんもらっていました。

しかし、中学生になると周りにもっと絵の上手い子もいます。賞も取れなくなってきました。

美術の絵の課題で、町並みを描くものがありました。
遠近法を使って描く課題です。
その頃のわたしは水彩画の優しいタッチが好きだったので、淡いタッチの絵を描きました。
私の中では、その絵は自分ではとても上手にかけて気に入っていたのですが、賞にははいりませんでした。

その時の美術の先生が自分に合わなかったのだ。

なんて言い訳をして、他の人と比較をして、評価されないことに失望していたのかもしれません。だんだん絵を描くのが楽しくなくなり美術の成績も下がりました。

その後、クリエイティブなことには関係のない大学の経済学部に入りましたが、時を経てまたつくる仕事をしています。


やっぱり小さい頃の好きはそう簡単には消えません。

子供たちは先をゆく人

 
娘と息子にこのアドラー の考え方の話をしました。

子どもには難しいかな?と思っていましたが、

他人の課題に踏み込むな

承認欲求の奴隷になるな

ということを私の子供時代の話など例をあげて話したら、何となくわかったとのこと。

「賞をとることより、自分が満足できるのが大事なんだね。」
「でも、賞をとったら嬉しいしやっぱり褒めてほしいな。」

やっぱり、子どもだからと思わずにちゃんと話してみるべきですね。私が心配していたこともちゃんと自分で考えて受け止めているようです。

アドラー心理学 には「叱ってもいけない、褒めてもいけない」という教えがあります。
でも、やっぱり親としてはこどもが賞をとったら褒めちぎりたくなるのです。

だから褒め方に気を付けます。上から目線にならないように。評価にならないように。友達や目上の人に対してだったら何ていうだろう?って考えながら。

アドラー 流の考え方を身につけるには自分の生きてきた年月の半分が必要だそうです。私はまだまだ…。子供たちは6、7年後!

やっぱり子ども達は私の先をゆく人なんだな。


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