死生観について考える機会があった

最近vtuberをちょくちょくみているのだが、にじさんじのリゼ・ヘルエスタさんが同じにじさんじに所属している方々や他vtuberの方々一人一人に死生観を聞いている回があった。

↓その箇所の切り抜き動画


娯楽を届ける配信者としては、なかなか重い話題を選んだなと思ったが、なんとなくリゼさんの配信を見ているとこういう話題を選ぶのも納得というか、個人的にもこのようなことを考える機会もあったので、いろいろな人の死生観を知ることができて、面白い回だった。


上の動画で出た個々人の死生観については特にどうこう言いたいということもないので、自分の死生観について少し考えたい。


まず、子供の頃はとにかく長生きしたいと思っていた。

とりあえず100歳くらいまで生きて、ひたすらいけるところまで長生きしたいという考えだったのだが、今その根底にある考えを想像するに、なるべく死を遠ざけたいという気持ちがあったのではないかと思う。


その後、大学受験で浪人していたときに、自分がふわふわした立場だった頃、将来について不安ばかり付き纏い、夜寝る頃に死んだ後のことについて考えてしまっていたことがあった。

死んだらどうなるんだろう、視界が消えて完全に闇の中に取り残されてしまうのだろうか。そんな感覚はとにかく怖い。死にたくない。

3日に1回くらいはこんなことを考えていたのではないだろうか。そんなことを考える前に勉強しろという話であるが、結局勉強にはあまり集中できず他のことに逃げてしまい、そこまでうまく行かなかったのは別の話。


そういった高2病?的時期を経て今に至るのだが、現在自分の死生観については、特に確定したものがないという状態である。今は転職しなければいけないため、そちらに脳のリソースを割かないといけないということもあるが、なぜか死についてあまり考えることがなくなっている。

とりあえず無闇やたらに長生きしても仕方がないという気持ちにはなっている。まあできるところまで生きられたら万々歳かなと。仮に子供を持つようになるのだとしたら、せめて成人して独り立ちするくらいまでは生きたいよね程度の漠然とした考えしかない。

今後の生き方次第で死生観もまだまだ変化していくのだとは思うが、実際いつ死ぬのかなんて選べない(突然事故や災害、犯罪に巻き込まれるかもしれない)し、何があるかなんてわからないので、あまりそのことを考えずに今やることをやっていくしかないという気持ちに落ち着いている。

こんな文を連ねる前に仕事を探せという話ではあるが...。


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