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その3 旅の追体験をする

 旅行は好きだけど、行くまでにはパワーが要る。日程を決め、行くところを決め、周りたいところや泊まりたい場所を探し、あれこれ算段して手配して……。気持ちを休めに行くはずの旅行が、その工程で逆にストレスになったりもする。いざ行っても、喫茶店をはしごしてネット見たり、ホテルで昼寝したり、食べ過ぎて胃がもたれ動けなくなったりして終わることもある。羽を伸ばしに行くのだからそれでもいいのだろうけど。
 あと、旅先って現実を忘れられるようでいて、荷物が少なく雑念が減るからかおのずと現実を直視することになったりする。あれが怖い。昔、旅先で急に辛くなり転職したいと泣いて、同行者を困らせたこともあった。
 なので、旅行記が好きだ。ルポルタージュみたいな意義深いものは重くてパワーが要るので(そればっかり)、作家やイラストレーターたちがふらっと旅行したものがいい。誰かと楽しそうに旅して(行く前の準備も書かれているとなお嬉しい)、美味しそうに何かを食べて、時々はっとするような言葉や考察が紛れ込んでいるものが好き。食べ物の羅列ってなんであんなに魅力的なんだろう?明らかに武田百合子『富士日記』や沢村貞子『わたしの献立日記』の影響だけれども……。
 特に好きで未だに読み返すもの。

・恩田陸『酩酊混乱紀行「恐怖の報酬」日記』
 飛行機嫌いな恩田さんのイギリス・アイルランド紀行。膨大な注釈も楽しい。文庫で持っているんだけど、『地球の歩き方』を模したバージョンが凄く好きだったのでいつか買いたい。恩田陸は『三月は深き紅の淵を』『中庭の出来事』『ネクロポリス』が特に好きです。

・吉本ばなな『マリカのソファー/バリ夢日記』
 前半は小説で、後半がバリ島の旅行記になっていて、この後半が面白い。原マスミさんや幻冬舎の編集さんたちとの旅行記なのだけど、幻冬舎、今となるとちょっと引っかかってしまう、、あと言ってしまうと作者ご本人も少し苦手だったりする、のに、この旅行記は好きです。

・森絵都「屋久島ジュウソウ」
 森さんが屋久島を縦走した紀行文。透明感のある清潔な筆致がとても好き。わたしの屋久島の記憶はエロガイドのおじさんしかない。今は登山者制限しているのだっけ?

・江國香織『江國香織ヴァラエティ』
 アメリカ・メイン州に作家を訪ねる旅行記で、ムックの前半に収載されている。読み過ぎて文章を暗記しつつある。内容はもちろんだけど「バターピーカンナッツアイスクリーム」とか「茹でたてにとかしバターを落として売っているロブスター」とか「アップルソースとサワークリームを添えたポテトケーキ」とか食べ物の表記を見てるだけで嬉しい。乳製品苦手なので多分どれも食べられない。 

・ひらいたかこ/磯田和一 ヨーロッパ・イラスト紀行3部作
 磯田さんの建物のスケッチが素敵過ぎる。旅先で真似してみたら1ミリも描けなかった。食べ物の絵がひたすら美味しそう。
 小学生の頃、ひらいさんの『ちびっこ吸血鬼』シリーズの挿絵が好きで図書館で繰り返し借りていて、大人になってから全巻揃えた。ドイツの作家が書いた児童書で、いい人が全然出てこなかったり、主人公がしょっちゅう不機嫌で親に嘘ばかりついていたり、吸血鬼と親友になったもののいつ殺されるか分からなくて常に恐怖と隣りあわせだったり、内容も大好き。

・椎名誠全般
 海外へ旅に出るときは魔法瓶に醤油を入れて持っていく話とか、密林で蚊に刺されて皮膚の中に卵を産みつけられた話(ほんと?)とか、どれも強烈で忘れられない。

 名作と言われる『深夜特急』は一冊目で挫折してしまった。読ませてやろう、みたいな気概を感じさせないものが好きなんだと思う。本に限らないけれど。
 上に並べた本はどれも、コロナはもちろん3.11以前のもので、今読むと羨ましいくらい大らかに見える。現実逃避の後ろめたさをほんの少し背負いながら、でもせめて本を開く束の間くらいはのどかでいたい。

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