見出し画像

【小説】終ワリノ電車ノ向コウガワ

オレンジ色の静かな光が、中身が半分になった梅酒のグラスについた水滴に反射する。

わざと腕時計の時刻に気づかないように、彼のブルーのネクタイと浮き上がった喉仏に視線をあわせた。

ふたりきりの個室の外、数十分前までは人の気配が絶えなかった居酒屋が、だんだんと静かになっていく。夜が更け、終電が近い。あたしは、まだ知らないフリをしている。

タイムリミットに気づかないでと願うあたしの携帯が、テーブルの上でブルっと震える。もうひとりの「彼」からだ。

「すみません、ちょっと」

あたしはサッと携帯をとり個室を出た。誰からのメールかなんて、目の前の彼には1ミリも知られたくなかった。

『きをつけろ やつらが』

2つ年下の彼からのメールはそれだけだった。
なかなか帰ってこないあたしへの嫌がらせだろうか。
化粧室につづく廊下で、ため息をついて画面を消灯する。

「いらっしゃいまっあ ア゛ア゛ーー!」

廊下の端から顔を覗かせ居酒屋の真ん中を陣取るテーブル席の方を伺う。
水色シャツの男と店員が、熱い抱擁を交わしていた。
個室の彼の、胸元におさまるあたし。思い浮かべて脳が蕩けそう。

水色シャツが店員の首から噴き出した血しぶきで赤く染まった。
違った。この抱擁、ロマンチックなやつじゃねぇ。

驚いた顔で彼が個室から出てくる。
いけない。餌食になる。
水色シャツが首をガクガクさせながら彼の方に振り向く。
彼の、血管の浮き出たたくましい腕。
美味しそう。
水色シャツもそう思ったに違いない。

「ピャッ」
小動物のような声をあげて彼が逃げてくる。
物音に驚いた隣の個室の客が顔を出す。
水色シャツは隣の個室になだれこんだ。

息を切らせてあたしの前にしゃがみこむ彼。
涙目になっている。かわいそうに。
彼の手の甲に滲む赤色。

「すみません!焼き鳥1本ください!せせり、塩で!」
あたしは厨房に叫ぶ。


終わりの電車はもう出てしまった。
焼き鳥の串を握りしめて、あたしは彼にキスをした。


【続く】



--

こちらは「第2回逆噴射小説大賞」応募作品です。

と同時に、サトウカエデさんの小説とのコラボ作品です。
*より上はカエデさんの小説より抜粋した文で組み立ててあります。
(許可は取りました、というかカエデさんに言われてコラボ作品を書いた。)
内輪ノリを避け単品でも楽しめるように書きましたが、オリジナル小説も併せてお読みいただくと2倍お楽しみいただけるかと思います。

#逆噴射小説大賞2019 meets #クズエモ

♡を押すと小動物が出ます。