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「夢を諦めた」昔の私へ:未来の私からの手紙

はろー、私だよ。就職活動に失敗したと思ってベッコベコに凹んでる昔の私を慰めようと思って未来からやって来た私だYO。

嘘だ。昔の私、あんたを慰めるつもりなんてない。あんたの欺瞞だらけのクソみたいな思考回路に引導を渡そうと思って来たんだ。ああ、クソとか言うのは良くなかったね。なんてお口が悪いんでしょう。でもクソだと思う、あんた、昔の私は。よくいるタイプの量産型クソ。怒るなよ。まぁいいから、ちょっと聞いて。

あんた今、顔を真っ赤にして、唇を噛んで震えてるね。希望の業界の会社に一つも受からなくて、プライドが傷ついてるんだよね。研究も、部活も、アルバイトも、インターンシップも、大学生活すべてを注ぎ込んできた業界に「ようこそ」と言ってもらえなくてショックを受けてるんでしょ。

気持ちは分かるよ。今の私がいる2022年には「インターネットにいるすごい人ばかりが目に付いて自分の普通さに落ち込む」っていう人が山のようにいる。昔の私、そういう人たちと一緒だね。いや、あんたの方が辛いかもね。

あんたは顔も知らない画面越しの人じゃなくて、日常生活の登場人物が「すごい人」ばかりだったもんね。親が高収入、親が医者、社長なんて当たり前で、外交上の要人、祖父が馬主なんてのもいたね。いとこのロックバンドがROCKIN'ON JAPANに載った、親友が実は人気俳優なんてのも。知り合いがうんぬんじゃなくて、本人がモデルってのもいた。周りの進学先は東大、京大、阪大。若くして自費出版でも同人誌でもない商業本を出版した友達がいるし、学生映画祭でグランプリを取ってプロの映画監督になった先輩もいる。

あのな、あんたはそれが「普通」の世界で生きているけれど、違うよ。世界はあんたが思っているより広くて、いろいろな世界があるの。noteをはじめとしたインターネット「ことば」業界みたいに、いくらでも自分のすごさを装える場所もあるけどね。そんな虚飾に満ちた世界じゃなくて実態を伴ったすごい人に囲まれている生活って、世界のほんの一部だけみたいだよ。おっとこれはインターネット「ことば」業界への熱い風評被害だな。

まぁでも子どもの頃からそういう世界で生きていたら「自分も人とはちょっと違う、特別な人生を歩むはずの人間だ」って考えに染まるのは仕方がないと思う。知らないんだもんね、他の世界を。おつかれ、おつかれ。昔の私。よく気が狂わなかったね。いや、一回狂って、戻ってきたのかな?


でさ、話を戻すけどさ、希望した会社に受からなくてあんたガッカリしてるけど、その会社の採用人数は5人とかだぜ。受からなくて当然だよ。むしろ筆記試験を全部ラクラク突破して、いくつかの会社においては一次・二次面接も通ったことを誇ってもいいよ。最終面接までは残れなかったけどね。でさでさ、今あれだろ。バイトでお世話になったその業界の職人さんに「弟子になって欲しい」ってスカウトされたのを承諾するかどうかで迷ってるんだろ。そりゃ迷うよな。就活で受けたような大手企業と比べると、職人の世界は給料が少ないもんな。

結論から言うと、あんたは職人さんの誘いを断る。
平日も休日も無く徹夜が当たり前で、毎日の食事を100円の菓子パンで済ませる職人さんたちを目の当たりにしていたあんたは「業界で働く夢」と「安定した休日と収入」とを天秤にかけた結果、やっぱり休みもお金も欲しいなぁって正直な気持ちに従って、「安定した休日と収入」を選ぶ。

正解だったよ。
業界を諦めて失意に暮れるあんたは、華やかさに欠けるBtoB企業表舞台に出ない仕事を扱う会社の採用試験を受ける。残業の多い会社ではあるけれど、法令遵守、職人さんたちの世界よりはずっと短い労働時間のホワイト企業だ。面接で「床で寝れます!」とアピールして「いや、そこまでして働かなくていいです」と人事をドン引きさせながら、あんたは内定を手に入れる。「いずれ業界に戻るなら一般的な会社員生活を経験しておくのは強みになる」だなんてうそぶきながら社会人生活を始め、愉快な仲間に囲まれて、なんだかんだ楽しく働くようになる。興味がなかった仕事だったのに、その仕事を極めたいとさえ思うようになる。

あんたは野心にまみれた「夢」を手放して、だんだん心の底から湧き出る純粋な「やりたい」を見つけ出すようになる。幼い頃からの環境のせいで強固に築かれた「特別な人間になりなさい」という呪縛。そこから解き放たれたあんたは、どんどん自由になる。

「普通」の企業を就職先に選ぶことで「安定した休日と収入」を手に入れる。「やりたい」を実現する時間と財力を得る。あんたはこれから、本当に「やりたい」と思ったことを次々に実現していく人生を送るようになるよ。

え?「夢」を諦めたのを良い感じに言い訳してるんじゃないかって?そう思う?


じゃあ聞くけど、あんたの「夢」、業界への想い、その中身を細かく分析したときに「夢」と言えるようなモノはどれだけ含有されてる?

ええ格好しぃで、無駄にプライドが高かった昔の私には答えられないでしょ。答えられないというか、答えたくないでしょ。代わりに未来の私が答えてあげる。

あんたフットワークだけは軽いよね。行動力がある。だから頭に浮かんだアイディアは、すぐに仲間に声をかけて一つ残らず自分の手で具現化してきたし、憧れの業界でアルバイトやインターンシップをするチャンスを逃さず掴んで、少しでも経験を積んで、コネクションを作ろうとした。がむしゃらに動くのは得意だよね。

自ら行動して、手を動かして、足を運んだ結果、あんた実は知っていたはずだ。一歩も二歩も踏み出したことで、あんたは自分の本当の気持ちに気づいていたはずだ。

業界で実際に働いてみて、たしかにワクワク感はあったのだけれど、それはテーマパークに遊びに行くような感覚で、その業界で長く仕事を続けるイメージを持てなかったこと。楽しいのは楽しいのだけれど、特別に極めたいとは思っていなかったこと。

あんたがその業界に執着していたのは、「夢」と呼ばれる何かに向かって走り始めちゃったから。真っ直ぐ走り続けないといけないと思い込んでいたから。


教えてあげる。
あんたが「夢」と呼んでいたモノの正体、それはね「夢」じゃなくて「優越感」だよ。「一般人とは違う職業について、画面の向こうにいるみんなが憧れる人たちと日々言葉を交わす、刺激的な毎日を送る私はすごいでしょ」って欲望を満たしたかっただけ。業界で働いた先に成し遂げたい何かがあったのなら欲望は良いガソリンになっただろうけれど、あんたには成し遂げたいものなんて無い。「優越感」を得たいがためだけに、成し遂げたいものがあるフリをするのをいますぐやめなさい。ドロドロ渦巻く選民意識丸出しの感情を「夢」だなんて小綺麗な言葉で誤魔化しやがって。クソが。

その砂糖でコーティングされた「優越感への渇望」を早いこと手放しちまえよ。いや、まぁ、焦らなくても大丈夫。どうせ近いうちに手放すことになるから。ごく普通の人たちと、あんたがうっすら馬鹿にしていた「一般の人」たちと、いっぱい笑って、一緒に苦難を乗り越えて、たくさんの素敵な時間を過ごすことになるから。そういう日常の、身の回りの小さな幸せを見つけるのが上手い天才たちを、自然と尊敬するようになるから。自分も凡人のうち一人なんだって、穏やかに理解できるから。

理解したあとからが本当のスタートだから。



教えてあげる。
あんたが選ばなかった世界に果敢に進んでいった同期・後輩が何人かいるんだ。あれから15年ぐらい経ったわけだけど、彼/彼女らのほとんどは若かりし日に思い描いていたのとは違う人生を歩んでいるよ。少ないけれど、業界で生き延びている人も存在する。真っ当に生き延びている彼/彼女らは、途中で自分の限界を悟って学び直したり、地道な努力を重ねて壁を乗り越えたり、とにかく堅実に、「夢」だなんてなまっちょろい言葉で表現される未来じゃなくて、こなすべき明確な目標を見据えて前に進んでる。華やかな世界で、表に出ない努力を重ねてる。

私が出会ってきた人たちは、努力の末に「すごい人」になる人も、ヌルッと「すごい人」になっちゃう人もいたけれど、「すごい人」を長く続けている人はみんな、堅実に地道に、やるべきことを長年に渡ってこなし続けてるよ。

仮に第一志望の会社に受かっていたとして、あんたはどうだったろうね。私が思うにあんたは持ち前のセンスだけで何とかしようとするタイプだったから、どこかで頭打ちになって、でも自分の凡庸さを認められなくて「有名な○○さんと仕事をした」「○○の現場に呼ばれた」「あいつは俺が見出した」とか、周りの人で自分を飾り立てる人間になっていたかもしれないね。後輩が一人そうなったよ。自分を上げる材料が見つからなくなったときに周りを見下すことでしか心の平穏を保てない人間に、あんたもなってたかもしれない。


「この仕事を選んだわけ」、「安定した休日と収入が欲しかった」ってだけの理由、未来の私から見て悪くないと思うよ。余暇とお金は大事。

短い自由時間・低賃金と引き換えに「特別感」を得るんじゃなくて、法定休日を享受し労働の対価として金銭を得て、それを自分自身のために使って、大小の「やりたい」を実現して。決して派手じゃないけれど着実に「幸せ」を積み上げる日々を、これから君は選ぶ。未来の君は「特別」を手に入れてる。「すごい誰か」「すごい環境」の威光を借りた「特別感」じゃない、自分で作り上げた「特別」だ。悪くないどころかグッジョブだよ。

就活が上手く行かなくて、程度の低い恥辱に震えながら「夢」を手放し「普通」を掴むことにした君はさ、「夢」と呼んでいた「夢なんかじゃないモノ」を無闇に追い求めるのをやめて、一歩一歩地面を踏みしめながら、日々の幸せを味わいながら歩く道を選んだところなんだ。着実に歩み続けた結果、未来の君には愛を注ぐ対象がたくさんいて、君自身も愛されてる。未来の君って、つまり今の私のことです、愛されてるって自分で言っちゃってちょっとアレだけど。

世界に正解なんていくらでもあるんだ。「すごい人」に囲まれて「すごい環境」に身を置くのも解だろうし、何の変哲も無い日常の、嬉しかった出来事を一つ一つ数えて微笑むのも解だろう。他にもたくさん。世界は、たくさんの解であふれてる。

あ、そうそう、リアルでの実績しか信用してなくてインターネット弁慶を小馬鹿にしていたあんたも、noteやTwitterをやり始めるよ。くすぶってる人間の気持ちがよく分かる君は、くすぶってる人間を利用して金銭を巻き上げることもできただろうけど、そうはせずに、どうしようもなく悩んでしまう人たちを愛することで幸せを手に入れてる。立派じゃないか。


最後に一つ教えておくね。
あんた数年後に事故で死にかけるけど、死を覚悟した瞬間に「いい人生だったな」って振り返るよ。どんなに地味でもさ、ギリギリの状況で「幸せだった」って感じられる人生は本物でしょう。この先のことは私も知らないけれど、少なくとも私が知っている範囲内で、君がいまから選ぶのは正解に続く道のうち一つだって断言してあげる。

だから昔の私、泣くな。

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