ライトノベルを読む

 ライトノベル(以下ラノベ)と聞いてイメージするのは何だろうか。読書家を自称する方々からは文体が云々などと冷笑され、本を読まない層からは「キモチワルイ」「半裸の少女の絵がある本でしょ」などとあざ笑われる。

 実際にどれだけ彼ら/彼女らが文体論に詳しく、その他のエンタメとの違いを考えているか分からない。それらに対する反論は一旦脇に置き、15年ほど細々とラノベを読んできて感じたことを書き出してみたい。

・ラノベは読みづらい?-文体の問題か-

 ラノベの文体の稚拙さを指摘する人は、どれほどのラノベを読んだのだろうか。一口にラノベと言っても、ジャンルや作者によって読み口が異なるのは、一般のエンタメ小説や近代文学でも同じではないだろうか。

 例えば、ファンタジーとラブコメの違いを考えてみる。

 前者は(近年流行りのなろう系や『灼眼のシャナ』や『とある』シリーズを念頭に)、そこに異世界や魔法など「設定」が組み込まれる。おそらく、ここで生まれる読みづらさはSF小説の小難しさに近く、シリーズが長い作品ほど「設定」も複雑化し、ライトな読者は置いてけぼりにされてしまう。

 後者は(『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』や『僕は友達が少ない』、『生徒会の一存』など)、一般のエンタメ恋愛小説と大差ない場合もある。大きな違いがあるとするならば、それはラノベが非常に「メタ」であり、「オタク文化」という共通認識を要求してくる点ではないだろうか。

 例えば、登場人物の会話劇の中で、同一レーベルの別作品についての言及があったり、流行りのアニメやゲーム、ボーカロイドなどのネタを平気で混ぜてくる。それらを知らない人からすれば、意味不明な発言に過ぎず、笑いどころが分からなくなってしまう。

 つまり、ラノベは(意外と)コンテクストを要求してくる「文学」なのである。

・学校でラノベを読む

 学校の読書の時間でラノベは許されるか。学校図書館の蔵書にラノベはありか。学校によって対応はそれぞれだが、一般的に聞かれる反対意見は「(性的なイラストがあり)教育的によろしくない」「読む価値がない、無意味である」などであろう。

 しかし、それならば「文学作品の濡れ場はOKか(谷崎純一郎、マルキ・ド・サドなど)」「エンタメ・恋愛小説はOKか(有川浩、伊坂幸太郎など)」という反論にどのように対応すればよいのだろうか。

 それらの反論を排除したいのであれば、論文的な実用書くらいしか読むものがなくなりそうである。

 ラノベの中には学校を舞台にし、主人公が中高生の作品が多いので、読む時期としては学生時代が最適である。さらに平易な文体でポップな会話劇は、多読という面でも優れており、読書習慣を作ることができるというメリットも有る。

・初めて読むラノベ

 以下にオススメの作品をいくつか挙げてみる。

1,『キノの旅』

 最も学校図書館にある確率が高い作品ではないだろうか。旅人である主人公・キノが少し変わった国へ訪問する短編小説集である。変わった「常識」に触れることで疑う力を身につけることもできるのではないだろうか。

 個人的には、作者のあとがきが独特で面白かった記憶があります。

(『学園キノ』を読むと、ラノベのメタな側面を見ることができる)

2,『涼宮ハルヒの憂鬱』

 昨年から角川文庫でイラストが入っていない(ラノベではないレーベル)から、再販されているSF学園ラブコメ。ゼロ年代のオタク文化の火付け役の一作品であり、SF作品としても優れた世界観となっている。

 主人公の語り口も軽快で、読みづらい「設定」も読みすすめることができるだろう。

3,『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』

 先日、完結した学園ラブコメ作品。人付き合いを避けてきた主人公が、先生に入部させられた「奉仕部」という、お悩み相談を受ける部活動を通して、「本当の」人間関係を求めるようになっていく作品。

 唐突な千葉ネタや流行りのアニメネタはあるが、読みづらい程ではない。主人公のひねくれた考え方が哲学のような面白さがある。

・おわりに

 基本的には、好きなものを読めば良いと思っている。しかし、自分が読んでいる作品群を持ち上げるためにラノベを攻撃しているのであれば、一回しっかりとラノベを読んでみてほしい。

 読んだことがない人ほど、世界観が大きく広がると思います。

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