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3つの炎が燃えつづけた夜のこと

今日という日がやってきてしまった。

小学校4年生の娘さちこと、さちこの友人2人とそのお母さんたちで、キャンプに行くのだ。子供3人、母親3人、計6人でのキャンプ。楽しいはずがない。

子供たちはそりゃ楽しいだろう。この仲良し3人組は、教室の中で毎日一緒に過ごし、休み時間にはいつも3人でかたまっておしゃべりしたり、トイレに行ったり、教室を移動したりしているのだ。そして放課後は公園や3人のうちの誰かの家に集まって遊び、家に帰ると3人で回している交換日記を書く。

小学校3年生くらいまでは「よく遊ぶ友達」はいたものの、まだまだ「みんな」で遊んでいるイメージがあったけれど、小学校4年生になってからは何人ずつかで固まって、深く深くつきあって仲を深めていったりするのが楽しい時期がやってきたようだ。私自身、窮屈でややこしくて、でもその窮屈さやややこしさをなんだか「楽しい」と感じるような、あの女の子特有の固まり方を思い出すと、ちょっとだけ胸がキュンとする。最近さちこが「少女」から「女子」へと変わりつつあるような気がする。


さちこと、あやかと、くるみ。

私はあやかとくるみに「さっちゃんママ」と呼ばれている。そして彼女たちの母親も同じように、私を「さっちゃんママ」と呼ぶ。そして私もそれぞれ「あやちゃんママ」「くーちゃんママ」と呼ぶ。私は彼女たちの下の名前を知らない。

今回のキャンプは、キャンプ好きのあやちゃんママが計画した。あやちゃんの家で3人で遊んでいたとき、子供たちが「お泊まり会をしたいね」という話で盛り上がっていたそうだ。アクティブなあやちゃんママは「それならキャンプが楽しいよ!」と子供たちを盛り上げ、「さっちゃんママとくーちゃんママとゆっくり話す機会もないし、みんなで一緒にキャンプをしませんか?」と私のところに電話がかかってきた次第だ。

私があやちゃんママとくーちゃんママと会うのは行事の時だけだった。「仲良くしてもらっているみたいで・・・」とお互い挨拶する程度の会話しかしたことがない。そんな人たちと2日間を一緒に過ごすなんて、私にとっては苦痛でしかなかった。この2日間で仲良くなれたらいいけれど、もし仲良くなれなかったら。馴染めなかったら。嫌われてしまったら。さちこに嫌な思いをさせるんじゃないかと不安で不安で仕方がなかった。とはいえ、さちこもキャンプをすごく楽しみにしていたので、断ることもできなかった。

というわけで、今日という憂鬱な日がやってきてしまったのだ。雨が降ったら延期にしようということだったので、心の中でちょっとだけそれを望んでいたけれど、今日の太陽は憎いくらいにまぶしい。あやちゃんママが6人乗りの車を運転して、家まで迎えにきてくれた。さあ、出発だ。


キャンプ場につくと、バーベキューの準備にとりかかった。子供たちはお肉や野菜を切りたがったので、私たちはそれを見守りながら火をおこした。バーベキューに慣れているあやちゃんママがテキパキと指示してくれるので、私とくーちゃんママはその通りに動いた。

キラキラ地上を明るく照らす太陽の下で、お肉や野菜を焼きながら食べながら、子供たちの他愛のないおしゃべりは永遠にとぎれない。私たちは子供たちの会話に相づちをうったり、今度の連休は何をして過ごそうかとか、習い事をやめるかどうか迷っているという話とか、今度の学習発表会のこととか、おすすめの遊び場とか、子供が今ハマっているテレビの話などなど、主に子供たちの話題について同じく他愛のないことをしゃべっていた。

元気でさっぱりとしたあやちゃんママと、おっとりとしていてオシャレでかわいいくーちゃんママ。おそらく3人とも違うタイプで、もし小学校4年生の教室の中に戻ったとしたら、私たちはきっと違う固まりの中にいただろう。休み時間にはきっと、あやちゃんママは運動場でドッチボールをして体を動かし、くーちゃんママは友達と教室でファッション雑誌を見ながらおしゃべりに花を咲かせ、私は友達と図書室に行き、肩を並べて本を読む。そんな雰囲気のちがう3人だけど、2人ともとても話しやすくて優しい。少なくとも、私を仲間はずれにしたり、悪口を言ったりするような人には見えなくて、とりあえずホッとしていた。

夜ごはんは定番のカレーを作ることにした。バーベキューの時と同じように、あやちゃんママの指示のもと、子供たちはお肉や野菜を切り、私とくーちゃんママは指示通り動いた。

数えきれない星が輝く夜空の下で食べるカレーはおいしかった。そのあと、それぞれシャワーを浴びて、キャンプファイヤーをした。燃え続ける炎を囲んで、みんなであぶったマシュマロを食べた。


「私たち3人、あのテントで寝てもいい?」

夜9時頃になると、あやちゃんがそう言い出した。さちこも、くーちゃんも、キラキラした目で私たちの顔をうかがっている。

「もちろん!女同士の秘密の話もあるでしょうから。」

あやちゃんママが冗談っぽくそう言うと、3人は顔を見合わせてウフフと笑い合った。「おやすみ」と言いながらテントに入っていく3人。しばらくすると、ヒソヒソ、ウフフフ、ヒソヒソ、ウフフフ、という声が聞こえてきた。何を話しているのかは聞こえないけれど、小学校4年生の女の子たちなりの「秘密の話」をしているのだろう。


まだまだ激しく燃え上がる炎の周りに残された、母親3人。

「私たちも、飲みますか!」

あやちゃんママが、クーラーボックスからビール3本とポテトチップスを持ってきた。3人で乾杯して、ビールを飲みながらポテチをポリポリつまんだ。


「あーあ。楽しそうだな。私もなんか秘密の話をしたくなってきちゃった。でも、母親になった女同士の秘密の話ってどんな感じだろう?」

あやちゃんママがそう言いながら笑った。3人は炎を見つめながら、しばらく黙ってしまった。そんな中、くーちゃんママが炎を見つめたままボソッととつぶやいた。

「私、パート先の店長のこと、すごいかっこいいと思っちゃうんだ。話していても楽しくて、パートにいく前に店長のシフトをチェックしちゃうの。これって心の浮気だと思う?」

私とあやちゃんママは一瞬キョトンとしたけれど、急に秘密を話し出したくーちゃんママの様子がおかしくて、ゲラゲラ笑った。私たちは、旦那さんには絶対言えないねとか、それは「心の潤い」として楽しもうよとか、でも一線は超えちゃダメだと思うとか、ごはんに行くくらいならセーフだとか、ごはんはダメだけどお茶に行くくらいなセーフだとか、くーちゃんママの秘密についてヤイヤイと話し合った。

「あーすっきりした。こんなことパート先の人には言えないし、ママ友に言って変な噂が流れてもイヤだし、子供が生まれてから昔からの友達ともめっきり会わなくなっちゃってたしで、誰にも言えずにモヤモヤしてたの。2人もママ友なのにね。この雰囲気に飲まれてしゃべっちゃった。誰にも言わないでね。」

くーちゃんママのその言葉に、私とあやちゃんママはうなづいた。そして次はあやちゃんママが口を開いた。



「私はね・・・じつはBLが好きなの。旦那にもなんか恥ずかしくて言えなくて、結婚するとき、集めていた漫画は泣く泣く全部売っちゃった。今はスマホで漫画が読める時代だからありがたい!旦那と子供に内緒でスマホでBL漫画楽しんでます。」

私とくーちゃんママはそもそも「BL」という言葉さえ知らなかった。あやちゃんママは、BLは「ボーイズラブ」のことで、男性同士の恋愛を描いた漫画や小説のジャンルであることを教えてくれた。私はレズではないけれど、かっこいい男の人同士の恋愛模様を垣間見るとなぜかすごく興奮するんだと熱く語ってくれた。私とくーちゃんママは、あやちゃんママのスマホをのぞきこんだ。2人でキャーキャー言いながらその世界を垣間見ている横で、あやちゃんママは「うるさーい」と笑った。


「私もBL好きだってことは、ママ友にはじめて言ったわ。なんか今なら言ってもいいような気がしたから。旦那にも言えてないのにね。ここだけの秘密ね。」

私とくーちゃんママはしっかり頷いた。くーちゃんママに続き、あやちゃんママまでが秘密を打ち明けてくれたのだから、私も何か秘密を打ち明けなくてはならないような気がした。というよりも「私もなにか秘密を打ち明けたい」という気持ちが心の奥底からどんどん湧いてきてしまっていることに気づいた。そして、あやちゃんママとくーちゃんママも私が話し出すのを待っているかのように静かになった。


「私はね・・・霊感がすごくあるの。」

あやちゃんママとくーちゃんママがゴクッと息を飲む音が聞こえた。

「幽霊だけじゃないよ。天使とか、小人とか、妖精とかも。見えちゃうわけではないの。見ようと意識すると見える。だから普通に生活しているときにはなんの支障もない。信じてくれる?」

私がそういうと、あやちゃんママとくーちゃんママは大きく頷いた。そこからは質問攻めだった。でもそれは決して私にとって嫌なことではなかった。2人が私を疑う気持ちからではなく、素直に「自分の知らない世界を知りたい」というシンプルな気持ちだけで質問しているということは目を見ればわかったからだ。



ほんの数時間前までは、お互いをただ「娘の友達の母親」だと思っていたのに。

今や、それぞれがなかなか言えない秘密を打ち明け合っている。


パート先で恋をしてしまった母親と
旦那に内緒でBL漫画を読む母親と
いろいろ見えてしまう母親。

今までどうして同じ「母親」という言葉でまとめられていたのかわからなくなるくらい、私たちは違う人生を歩んできたし、環境も好きなことも状況も全然ちがう。私たち3人は、ほとんどの人が思い浮かべるであろう「良い母親」像に当てはまらない、自分の気持ちや好みや性質を隠してきた。子供に害がないようにと秘密にして、しばらくの間生きてきていた。


私たちの周りを明るくするために、私たちの周りを暖かくするために、ただひたすら燃え続ける炎。

この炎はきっと、この人たちを照らしてあげようとか、暖かくしてあげようとか、そんなことは1mmも思っていないと思うけれど、私たちはただ燃え続けている炎の力を借りて、自分の心の中の固く固くなってしまったものを今日溶かしたのかもしれない。

そしてその炎と同じくらいに激しく、3人の体を毎日動かしつづける、私たちの体の内側を巡る強烈な力。

私たちだってまるで炎のように、ただ燃えていればいいんだと思った。燃える理由なんてないし、その燃え方に「良い」とか「悪い」なんてない。ただ気持ちのままパート先で恋をしたり、ただ好きだという気持ちが湧いてくるままにBL漫画を読んだり、いろいろ見えるのならただいろいろ見たりして、その炎を燃やせばいい。 

どんな炎であっても、明るくて、綺麗で、温かい。

そして私たちは集うことで、小さくなってしまった炎を燃やし合って大きくしたり、お互いの炎を照らしあったり、綺麗だと認めあったりしながら、ただ燃え続けていけばいい。

燃えている限り、生きている限り、私たちは気づかないうちに、誰かを照らしている。誰かを温めている。


そんなようなことをぼんやり思った。




私たちはそれから何時間もしゃべり続けた。

「娘の母親」としてではなく「私」として、それぞれが自分のことを話した。

その夜はまぎれもなく、「娘の友達の母親」や「ママ友」ではなく、私たちを「友達」にした夜だった。







もうすぐ太陽が登る。太陽だって、地球を照らそうとか、地球を温めようとか、海を輝かせようとか、  洗濯物を乾かそうとか、そんなことは1mmも考えずにただ光っている。ただ存在している。

友達になった私たち3人と、その娘たちは、明日も太陽の光を浴びながら、いっしょにごはんを食べたり遊んだりしゃべったりするのだろう。そのことがうれしくてうれしくて仕方がなかった。


一人一人が発する炎は
どれも同じように綺麗だ。

一人一人が発する光は
どれも同じようにまぶしい。


その炎が、その光が、6つ集まる場所は、
どんなに綺麗だろう。
どんなにまぶしいだろう。



私は明日が来るのを楽しみにしている自分に気づいた。

私もあの炎のように、あの太陽のように、ただ燃えてただ輝いて、明日という日を大好きなみんなとただ過ごしたいなと心の底から思った。


〜おわり〜



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