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かまくらを溶かす光の先

もよ

私たちは、女の人のお腹を通って生まれてくる。

こんなにいろんな技術が発達している世の中であっても、お腹を通らずに生まれてくることはできない。生まれてくるときにそのたった1つのお腹を自分で選んだのかたまたまなのかはさておき、1人の女の人のお腹の中で10ヶ月ほど過ごしてから生まれてきて、その女の人のことを「お母さん」と呼ぶ。


私は、お母さんになった。


世界でたった1人の私のお腹を通って、世界でたった1人のわが子が生まれてきたとき、私にとってこの子は、この子にとって私は、もうそれだけで特別な存在なんだと涙が溢れて止まらなかった。

そして気がついたら、私は7人の子供を産み、7人にとっての「お母さん」になっていた。

その日々は毎日バタバタと過ぎていき思えばあっという間だったけれど、7人目のわが子が来年の春から幼稚園に行きはじめ、1人目のわが子が来年の春から社会人になるという頃、家族全員で旅行に行きたいね、という話になった。9人全員で旅行に行くのはもしかしたら最初で最後かもしれないし、行くなら今だね、と家族旅行の計画がはじまった。

どこにいくか考えたとき、1番に浮かんできたのは、親戚が運営する北海道のペンションだった。大家族のわが家のお財布事情を察して、宿泊費はいらないしごちそうするからいつか遊びにおいで、といつも誘ってくれていたからだ。

そのペンションの横の広い広い草原に真っ白な雪が深くつもる冬の間だけ「かまくらカフェ」も運営していると聞いていた。

「かまくらカフェ」は12月にオープンし、その1週間くらい前から従業員たちはかまくらを作り始めるそうだ。大きな大きなかまくらが3つできあがり、雪がとけはじめる3月までは、そのかまくらの中でランチやディナーを楽しむことができるとのこと。都会生まれ都会育ちの私は、かまくらを作ったことも見たこともなかったので、かまくらの中に入ってみたいなと思っていたし、子供たちも同じ気持ちだったので、そこに行くことになった。


12月の北海道は一面真っ白だった。ペンションに到着してすぐ、私と夫と7人の子供たちは、さっそくみんなでかまくらに入ってお昼ご飯を食べることにした。ペンションの横にあるカフェ&レストランでそれぞれが好きなものを注文すると、かまくらの中まで運んできてくれる。オムライスにドリア、ハンバーグに唐揚げ、ナポリタンにカルボナーラにボロネーゼ、ホワイトシチューとビーフシチュー・・・全員が全員、ちがうメニューを頼んでいることに気づいたときは驚いた。

でも、まだまだ1人で食べられない子もいる中での食事。みんなが好き勝手にしゃべり、会話が飛び交い、にぎやかだ。誰が何を食べているかに意識を向ける余裕はなく、とりあえず全員がお昼ご飯にありつけているかを確認することだけで精一杯だった。

そのあと子供達は、雪だるまをつくったり、ソリ滑りをしたり、雪合戦をしたり、それぞれが自由に雪遊びをしていた。その様子を私と夫はかまくらの中でコーヒーを飲みながら見ていた。


「ねえ。今日のお昼ごはん、誰が何を食べていたか覚えてる?」

私は何気なく夫に聞いてみた。

「俺はビーフシチューを食べた。久美子はホワイトシチューでしょ?パスタとかオムライスとかがテーブルに並んでいたのは覚えているけど・・・でも誰が何を食べていたかはもう覚えてないや。なんで?」

夫は不思議そうに聞き返した。私は夫が私の食べていたものだけ覚えてくれていたことがちょっとだけ嬉しかった。

「私もね、あなたがビーフシチューを食べていたことは覚えているの。あと私は、かずきが唐揚げを食べるのを手伝った。あとはバタバタしていて覚えていない。それがちょっとさみしいような気がして。」

私がそういうと夫はクスッと笑った。

「7人もいると仕方がないよね。でも俺は久美子の食べたものを覚えていたし、久美子は俺の食べたものを覚えていた。それで良しとしようよ。」

太陽はおそらく私たちの頭の真上あたりにいて、その太陽の光が雪を照らしてキラキラ光っているように見えた。その中で子供たちが楽しそうに走り回る光景はとても綺麗でまぶしかった。

私は横に座る夫をちらっと見た。夫もまぶしそうに目を細めていたから、きっと私と同じような気持ちで子供たちを眺めているんだろうと思ったけれど、次の瞬間、夫は予想外のことを口にした。

「久美子はさ、太陽みたいだよね」

夫は子供たちを眺めたまま、唐突にそう言った。

「太陽ってさ、休みなくいつもいつも光を地上に届けてくれている。ふだんは忘れているんだけど、今日みたいに雪が積もっていたりして、何かの拍子にその光に気づく瞬間がたまにあるんだ。久美子が毎日ごはんを作ってくれて、毎日洗濯をしてくれて、毎日家を綺麗にそうじしてくれて、毎日子供たちの世話をしてくれて、その光の中で俺と子供たちはポカポカと、のびのびと、過ごすことができているんだよなって今思ってた。」

夫は、子供たちから私の目へと視線を移した。

「いつもありがとう。」

あまりにも久しぶりに夫と2人きりなのと、面と向かってお礼を言われるのははじめてだったので、私はもごもごと小さな声で「どういたしまして」と答えるのが精一杯だった。


太陽みたい、か。

たしかにそうかもしれないな、と思った。


長男と長女を産んだ頃は、まるで2人にスポットライトをあてているみたいな感じだった。2人が今どんな顔をしているか、どんな動きをしているか、どんな反応をするか、どんな言葉を話すかなどをたった1つも見逃さないぞというような感じだったし、その一つ一つに意味をつけすぎたり反応しすぎたりして疲れてしまっていた。

子供たちが増えていくにつれて、一人一人にスポットライトを当てている余裕がなくなり、私はまるで太陽のようであるしかなくなっていったのかもしれない。

四方八方にただ光を注ぐ。

誰に注いでいるかとか、どのくらい注がれているのかとか、その光が誰の何の役に立っているかなんて太陽は考えたりしないし、この光を使って○○をしてくださいみたいなお願いなんてしない。そして、こんなに光を注いだのでお礼をください、なんてことも言わない。


私はただ光を注ぐので、その光を使ってどうぞ好きなことをしてください。あなたの人生を楽しんでください。

そんな感覚が私の中に芽生えていた。


はじめのうちはむずかしく考えすぎていた子育ては、7人も子供を産んで育てているうちに、なんだかとてもシンプルになっていった。というより、シンプルにならざるをえなかった。

毎日せっせとごはんを作って、洗濯をして、そうじをして、お世話をして。その中でおしゃべりしたり笑い合ったり遊んだり。二十数年間そうやって過ごしてきたことを、夫が太陽みたいだと言ってくれたことが、そう思ってくれていることが、うれしくてうれしくて仕方がなかった。


「私の方こそ、いつもありがとう。あなたが働いてくれているおかげで私たちは生きられる。私が太陽なら、あなたは月みたい。私からも子供たちからも、外で働いているあなたの姿は見えにくいけれど、毎日毎日見えないところから光を注ぎ続けてくれていた。」

私がそう言うと、夫は何も言わずにちょっとだけほほえんだ。



「手がつめたい!ちょっと休憩!」

長男がかまくらの中に戻ってくると、その後を追ってみんながぞろぞろと戻ってきて、いきなりかまくらの中がにぎやかになった。


「全員で写真を撮ろうよ。私おじちゃん呼んでくる!」

長女がペンションにいる親戚のおじちゃんを呼んできてくれた。

大きなかまくらの中で、ギュウギュウにくっついてピースをする私と夫と子供7人の写真は、私の宝物になった。



さて。


おそらく最初で最後の家族全員での旅行を終えて、私たちは家に帰り、また9人で日常を過ごしている。


春を迎え、みんな新しい場所で新しい誰かと出会っているのだろう。その場所で、いろんなことを考えたり感じたり、そこの人たちと関わって交わり合ってそれぞれがそれぞれのハーモニーを奏でているのだろう。

一人一人のそれを完全に知ることはできないけれど、みんながそれぞれの場所で楽しんでいますようにと私は願っている。

そして夜になるとみんなが戻ってくる場所に、私はこれからも光を注ぎ続けていくのだろう。その光が家族一人一人の何かの力になっていくのだろう。


同時に、私の心の中にも新しい何かが芽生えはじめていた。


子供7人と夫1人。

私はこの二十数年間、八方へ光を注いだ。

上と下、右と左、右ななめ上と右ななめ下、左ななめ上と左ななめ下。


これから長男と長女をはじめ、一人一人私の手を離れていくのだろうという予感の中で、その八方に注いでいた光を家の外へ外へと広げていきたい気持ちが湧いてきているのだ。

私は自分にできる仕事を探しはじめている。



そんな中、ふとした瞬間に、あのかまくらと雪景色が頭によぎることがよくある。


北海道もそろそろ雪解けだろうから、きっとあのかまくらも雪景色も溶けてなくなってしまうのだろう。


「かまくらの中で
かまくらの中の家族に
光を注いできたあなた。

その月日が、あなたの光を強くした。

あなたの光で
ついにかまくらが溶けてしまったよ。

だからこれからは

今いるその場所から

さらにたくさんの人に
光を注いでいけるから。」


あのとき雪を照らしていた太陽が、そんな歌を歌ってくれているように感じるのは私の気のせいだろうか。


雪を溶かすほど強くなったであろう私の光は、これから誰の何の役に立っていくのだろう。

そのことを考えると、私の心がフワッとひろがっていくような気がした。



〜おわり〜


この物語を、長澤美香さんに贈ります(^^)
お話できて楽しかったです♪ご縁に感謝。
ご紹介頂いた藤はるかさんにも感謝をこめて♪



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もよ

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