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「湯シャン」を通して感じたこと。

もよ

「湯シャン」という言葉をきいたことがあるだろうか?

お湯がシャンプー、つまり「シャンプーを使わない」ということだ。


福山雅治が湯シャンだという話は有名かもしれない。私の場合、はじめて湯シャンのことを知ったとき、シャンプーをすることが当たり前だと思っていたから衝撃を受けずにはいられなかった。

「福山雅治も湯シャンなんだよ」

その事実がなければ、もしかしたらスルーしていたかもしれないし、スルーどころではすまなかったかもしれない。

たとえば近所のおじちゃんが「わし、湯シャンしとるねん」なんて言ってきたとしたら「え!?ちゃんとシャンプーしなよ!臭くなるよ!」って注意しちゃってたかもしれない。



もしシャンプーをしなくていいのなら、その方が楽だし経済的だと思い、私は「湯シャン」を実践してみることにした。



結果は、数日間シャンプーをしなくても
問題はないけれど、3日〜4日後くらいにはなんだか油で前髪がテカテカ潤う、ということがわかった。


シャンプーを長年使い慣れている人は、過剰に頭皮の油を洗い流してしまっているので、
油がたくさん分泌されるようになってしまっているそう。この油っぽい時期をこらえて乗り越えれば、油が正常の量だけ分泌されるようになり、シャンプーを使わなくてもいいようになるらしい。

でも、そこまでがんばる気持ちにはなれなかった。ということは、今の私にとってシャンプーは、3日に一度くらい必要な存在だということだ。

言いかえれば、私は毎日シャンプーをしなくてもよかったのである。


そのとき、3歳の息子の場合はどうなんだろう?ってふと思った。まだ産まれてから3年くらい、シャンプーを使いはじめて1年くらいの息子は、シャンプーの必要な頭になっていないはず。興味と好奇心が湧いてきて、その日から息子の湯シャンを決行した。


結果は、特に問題なし。油もニオイも見受けられない。

そこから息子はシャンプーを使わなくなった。


その日から、私は2〜3日に1回、シャンプーをする。息子はシャンプーをしない。これがわが家の「当たり前」になった。重たいシャンプーを買う頻度も下がり、頭を洗う時間も短縮されて、すごく楽になった。




「湯シャン」を知ってから、自分が「当たり前」だと思っていることを疑ってみるブームが到来した。私はキレイ好きな母のもとで育ったので「やってもやらなくてもいいけれど、やっていること」が他にもあるんじゃないかと思ったからだ。


日常を過ごす中で「○○するべき」が多ければ多いほどしんどい。息子が産まれてからは特に「生きるためにやらなければならないことは、なんて多くて面倒なんだろう」と思っていたから、私はもっと「軽く」なりたかったのだ。



案の定たくさんあったので、私はどんどんそれらを手放していき、どんどん軽くなっていった。


たとえば

ボディーソープを使うのをやめた。

特別な日以外はファンデーションや日焼け止めを塗らなくなった。

だから、クレンジングを使わなくなった。

化粧水や乳液をやめて、ライスオイルだけを塗るようになった。

髪の毛を染めるのをやめた。

ブラジャーをやめてブラトップにして、しんどい思いをするのをやめた。

ヒールをはくのをやめた。

マニキュアを塗るのをやめた。

歯を磨くのは1日1回になった。



こんなにたくさんの「やるべき習慣」を
やめたのに、なんにも困ったことが起こらなかった。むしろ、これだけで生きるのが数倍楽になった。



一つ一つは小さなことだけれど、たくさん集まれば自分に重くのしかかってくる。誰に教えてもらったかなんて覚えてないけれど、まだまだきっと無限に存在する「自分にとっての当たり前」をこれからも疑っていきたいなと思う。


当たり前が少なければ少ないほど、自分にも人にもやさしくなれるような気がするし、自分にとっての当たり前が、人にとっての当たり前とは限らないことをただ知っているだけでも、いろんなことを受け入れやすくなるような気がするからだ。


そんなことを湯シャンを通して感じることができた。

湯シャン、そして福山雅治に感謝。








【その後】完全湯シャンになった話↓↓↓

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