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真っ白なジグソーパズル

もよ

「ママ、パズルのピースが1つ足りないの。」

小学校1年生の娘は、悲しそうにそう言った。

娘はジグソーパズルが異様に好きだ。キャラクターもののジグソーパズル、30ピースからはじめ、65ピース、80ピース、100ピースとどんどん難易度の高いジグソーパズルに挑んでいった。出来上がっては壊し、出来上がっては壊し、何度もそれらのパズルをくりかえす娘の姿を見て「何がおもしろいんだろう?」と私は疑問を感じていた。

そして、今娘がやっている300ピースのジグソーパズルは、「真っ白」だった。

娘が新しいパズルをしたいと言い出したので、休日にショッピングモールへ出かけた。娘が好きなプリンセスやキャラクターもののジグソーパズルがたくさんある中で、娘は商品棚の下の方にひっそりと置いてある真っ白のパズルを手にとった。


「真っ白なジグソーパズルを完成させて、そこに自分で絵を描くの。そしてそれを壊して、自分で描いた絵のパズルをやってみたい。ママ、私これがいい!」

娘のそのキラキラした目に押され、私は真っ白のジグソーパズルを持ってレジに並んだ。


300ピースというピース数の多さと、真っ白だということもあって、娘は苦戦していた。日曜日の夕方からやりはじめたけれど、その日中に完成させることはできなかった。次の日から放課後少しずつ少しずつピースをはめ込み、水曜日の今日、あと1ピースをはめこんだら完成する。


その真っ白なジグソーパズルをやり始める前に300ピースがちゃんと箱の中に入っているかを確認していたので、必ず家のどこかにあるはずだ。娘は家中を探し回っていた。おもちゃ箱の中から引き出しの中からランドセルの中からゴミ箱の中まで。でも見つからなかった。

「捨ててはいないし、絶対どこかにあるよ。ママも探してみるね」

私は落ち込む娘にそう言った。


あと1ピースはめこめば完成する、真っ白なジグソーパズルが机の上に置かれている。

それをぼんやりと見つめていると、なんだかまるで私みたいだなと思った。立派な家に住み、旦那と娘に恵まれ、気の合う友達が近くにいて、やりがいのある仕事をして、不自由なく生活できるお金もある。

私の生きる環境は完璧だ。

そう思っているのに、何かが足りない。あともう一歩なんだけれど、何かが足りないのだ。その1ピースを求めて、私は日々生きている。これだろうか?あれだろうか?とその穴にぴったりとハマる何かを探し続けているのに、その「何か」は今だに何なのかわからない。

そして、もしその「何か」が見つかったとしても、完成するのは真っ白なジグソーパズル。完成したという少しの達成感はあるだろうけれど、その完成した真っ白な世界で私は、果たして満たされるのだろうか。

夢とか目標とか、そんな濃い色のついたジグソーパズルを持っている人がうらやましい。完成を楽しみにしながらピースをはめ込んでいく毎日はどんなに楽しいだろう。そして、自分の大好きな絵が描かれているパズルが完成したときには、どんなに満たされるだろう。


そんなことを思っていると、旦那が帰ってきた。

娘はパパが大好きだ。娘はパパが帰ってくると、かばんを置いたり服を着替えたり手を洗ったり夜ご飯を食べたりするパパを追いかけながら、今日1日のことをしゃべる。旦那もその話を楽しそうに聞いている。

娘はもちろん、真っ白なパズルがあと1ピースで完成するのに、その1ピースがどうしても見つからないんだという話もしていた。それを聞いた旦那は「画用紙と何か描くものを持ってきて」と娘に言った。そして、画用紙と色鉛筆を持ってきた娘に「まずはその画用紙に好きな絵を描いてみて」と言った。

娘が絵を描いている間に、旦那は夜ごはんを黙々と食べた。旦那が夜ごはんを食べ終わるのと、娘が絵を描き終わるのはちょうど一緒くらいだった。

「パパがお仕事しているところを描いたよ」

娘の絵には、スーツを着てカバンを持って、「銀行」と書かれた建物の前に立っているパパが描かれていた。小学生の娘には、パパがその建物の中で何をしているのかはまだよく想像できないのだろう。

旦那は「ありがとう」と言って娘の頭をなでてから「ハサミをかして」と娘に頼んだ。娘がハサミをわたすと旦那はそのハサミでその絵をザクザク切り始めた。「せっかく描いたのに!」と怒る娘の横で、旦那は「いいからいいから」と笑いながらその絵を切り続けた。



切り刻まれた絵。

旦那はその切れ端を全部集めて、小さなビニール袋の中に入れて娘に渡した。


「手作りパズル完成!」

旦那のその言葉を聞いた娘の表情は、一気に明るくなった。ビニール袋の中から絵の切れ端を一つ一つ出して並べて、娘はあっという間にその手作りパズルを完成させた。

「パパ、これ簡単すぎる!ぜんぜんおもしろくなーい!」

娘がそう言って笑うと、旦那も笑った。



おやすみ、という娘に、私と旦那はおやすみ、と返した。娘が廊下を歩く音が響き、部屋のドアがバタンと閉まると、リビングは一気にシンっと静まり返った。私は洗い物を終え、今は洗濯物を干している。

旦那の方をちらっと見ると、机の上に置かれている完成した手作りパズルを、両手でシャッフルしてからビニール袋の中に戻していた。そしてなぜか自分でそのパズルをやり始めた。5分もしないうちに完成すると、旦那はため息をつきながらつぶやいた。

「簡単すぎておもしろくない、か。」

旦那も私と同じように、パズルと自分を重ね合わせているようだった。


旦那は、銀行員の父親と専業主婦の母親に厳しく育てられ、放課後は毎日塾や習い事に通うような子供時代を過ごしたそうだ。両親の希望する高校、大学に進学し、両親が一番認めてくれるでだろう「銀行員」という職業に就いた。

旦那と付き合っている頃、会社帰りに寄った居酒屋で飲み過ぎてしまって、彼がすごく酔っ払ってしまった時があった。帰り道の橋の上で、川に向かって彼が大声で叫んだときはびっくりした。

「どうだー!これで満足かー!」

父親と母親に言っているのであろうその言葉。父親と母親のために書いた絵を、まるでパズルのように完成させるためだけに生きてきたであろう彼の闇をほんの少し垣間見たような気がした。父親と母親は「息子を立派に育て上げた」と満足し、今の状態を維持している限り何も言ってこないだろう。でもそのパズルは面白くないからと壊そうとすれば、またすぐに飛んできて全力で阻止するのだろう。だから旦那はそのパズルを壊さないように壊さないようにただ生きている。それはとても楽で簡単なことだけど、退屈でおもしろくないであろうことは容易に想像できる。


絵のないパズルをなんとか完成させようと生きている女と、すでに完成させたパズルを壊さないように壊さないようにただ生きている男。

私たちはなんてデコボコなんだろう。

娘が生まれてから、私たちの会話や交わりは減り、そのデコボコを埋める時間は限りなく少なくなってしまった。これ以上デコとボコが大きくなってしまうともう一緒にいられない、そのギリギリのところまできているような気がしている。

私たちは誰だってデコボコだから、それ自体はそれでいい。でも最近は「あなたはなんでそんなにデコなの!?」とか「おまえはなんでそんなにボコなんだ!?」とただデコとボコを責め合うだけ。お互いにデコとボコをなんとかはめ込もうとする気持ちがなくなってしまえば、その2人はもう交わることができないとわかっているのに。

最近の私たちは、家という箱の中に入れられたピースのようにバラバラで、そのピースを少しづつでも繋いでいこうという気持ちの源である「愛情」のようなものをお互いに感じられなくなっていることを、お互いに見ないふりをしている、そんな感じだった。



失くしていたピースが見つかったのは、その日から1ヶ月ほどたった頃だった。

その日は土曜日で、旦那も家にいた。娘と旦那が公園に行くというので、私は家でたまりにたまった掃除をしていた。久しぶりにソファを動かして掃除機をかけていると、ソファの下からそのピースが見つかったのだ。公園から帰ってきた娘と旦那にそのことを伝えると、娘は飛び上がって喜んだ。

娘はこの日のために大切に保管しておいた1つだけ穴のあいた真っ白なジグソーパズルに、その見つかったピースをピタッとはめ込んだ。そして「秘密で絵を描きたいから、いいよって言うまで2人とも部屋に入ってこないでね」と言われ、私たちは娘の部屋から追い出されてしまった。


1時間後、娘は部屋から出てきて、私たちに箱を渡した。

「このパズル、パパとママにプレゼントすることにした。2人で一緒にやってくれる?」

娘の描き上がった絵はバラバラにされて、その箱の中に入っていた。娘がどんな絵を描いたのかは私たちにはわからない。


せっかく娘がプレゼントしてくれたので、私と旦那は300ピースもある、しかもどんな絵なのかわからないそのジグソーパズルを一緒にやり始めた。

「むずかしい・・・」

やり始めて10分後くらいには、旦那がそう言葉を漏らした。ピースの数は多いし、そもそもどんな絵が完成するのかを知らないということは、ほとんど真っ白なジグソーパズルをしているのと変わらないくらいにむずかしかった。

でも気がつくと、私たちは夢中になっていた。少しずつ現れていく娘の描いた絵、そしてピタッとはまったときの気持ちいい感覚と、その時に生まれる私たちの会話。久しぶりに何も考えずに、私と旦那は同じことを一緒にやって、ただそれを楽しんでいるような気がした。


どのくらい時間がたっただろうか。とても長くて濃ゆい時間が過ぎていった。


完成したジグソーパズルには、家族3人で手を繋いで笑っている絵が描かれていた。

娘はちょっとだけ照れながらえへへへと笑った。娘は私のことが大好きで、旦那のことも大好きで、だから3人で笑いながら手を繋ぐ絵を、ただ描いたのだろう。普通なら「わー!ありがとう!」とただ喜び、そのパズルを額に入れて家の壁に飾ればいいのだけれど、今の私と旦那にはその娘からプレゼントされたジグソーパズルはとてもとても重たくて意味のあるもののように感じた。


私と旦那は今、この絵のように3人で手を繋いで、心の底から笑えるだろうか。私が旦那に感じていることや、旦那が私に感じていること、そして2人のデコボコが邪魔をして、この絵にできるだけ近づくように自ら口角をキュッと上げることしかできないにちがいない。

でも娘が心の底から描いた絵は、私たちの心をほんの少し繋いだ。
娘が心の底から思い描いている未来は、私たちの未来をほんの少し明るくした。


このジグソーパズルは本当に本当に時間がかかったし、本当に本当にむずかしかったけれど、2人で一緒に完成させたというその事実を、私たちはまた自分たちに重ね合わせた。






真っ白なジグソーパズルの穴が埋まった。
そして、その真っ白なジグソーパズルが色づいた。

私は完成したパズルを、心の中でもう一度壊した。

大変だけど、むずかしいけれど、私は今この瞬間からそのパズルを、もう一度やり直す。


そのパズルをやめて他のパズルを始めることももちろんできる。でも、やめなければいつかパズルは完成する。それなら私は、目の前に大きく立ちはだかるデコとボコから逃げずに、毎日コツコツとピースを合わせて、その先にあるあの完成した絵を眺めたいなと思った。


「ジグソーパズル、むずかしかったね」

私は旦那にそう話しかけた。


「むずかしかったけど、なんか楽しかったな」

旦那はいつもより柔らかい口調でそう答えた。


「簡単すぎたら面白くないから、でしょ?」


私がそう言うと、旦那はフッと笑った。


〜おわり〜



このnoteをLilyさんに贈ります。
Lilyさん、楽しい時間をありがとうございました♪




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もよ

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