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松ちゃんと僕らの物語 その2 出会い

 松ちゃんと出会ったのは2003年頃。炊き出しパトロールの終盤、日付が変わった頃に小倉駅辺りでひょっこり現れる。最初は気難しい人だなと感じていたが、話し始めるとすぐに打ち解けた。夜の街で会う時はだいたい「一杯元気」で陽気な人。たまに昼間に会うと物静かで論理的な話しをする人。どっちが本当の松ちゃんなのか。いずれにせよ、そのギャップ自体が「この人はすごい」という印象が僕の中に深く刻まれた。でも、やはり陽気な方が良いので「松井さん」ではなく、「松ちゃん」と呼ぶようになった。
 炊き出しの夜、路上のどこかでお会いする。そんな日々が数年続いた。その間、松ちゃんと同じく野宿していた人々が路上を脱し新たな道を歩み始めておられた。抱樸では、北九州市と協働で6カ月の自立のためのプログラムを「自立支援センター」で実施し、高齢者には「自立支援住宅」という支援付きのアパートを準備している(抱樸が主体で2002年開所)。松ちゃんもそれは承知で、「あいつセンター入ったんやろ」とか「その人は自立支援住宅やろ。あはは、みんな大変や」と他人事のように笑っていた。
 松ちゃんにも自立の一歩を踏み出してほしいというが僕の本音。だが、本人が「その気」にならないと何もできない。松ちゃんが「自立」と言わないまま5年以上が経過した。僕らは、それでも毎週のようにお弁当を渡し一声かけ続けた。一杯元気の松ちゃんは、陽気にいろいろな話しをしてくれるので僕らもそれが楽しみになっていた。
 人には「時」というものがある。風が吹くそんな時が。実際に風が吹くということではない。「何かが動く」そんな気配を感じる「時」ということだ。いずれ松ちゃんにも風が吹く時が来る。問題は、その日、松ちゃんの隣りに誰がいるかだ。それを逃さないためにつかず離れず、つながり続ける。つまり伴走型支援ということだ。
 自慢じゃないが(という人は大体自慢する)僕はこれまで「風を感じた」ことが何度かあった。ある時、支援をしていたMさんが突如姿を消した。皆で探し回ったが見つからない。捜索願を出し、もう待つしかないとなった。一週間経っても何ら音沙汰もなかった。そして一カ月が経過したある日、風が吹いた。「博多駅、今日」と心に浮び直ぐに福岡に向った。博多駅周辺を探し回る。周辺の野宿の方々にも聞いて回る。「ああ、北九州から来た人やろ。この間、炊き出しに並んでたよ」。「おおお、近づいているぞ」。夕方炊き出しがあるというので待ってみたが、その列にMさんの姿はなかった。最初に回った博多駅のバスターミナルをもう一度見て、ダメならあきらめて帰ろうと思い駅に向かう。そこでMさんを見つけた。「やっぱり今日だ」。
 いつもの使っている杖を持ったMさん。間違いない。でも、すぐに声をかけない。隣に座って様子を伺う。Mさんは目を閉じたまま杖を握っていた。寝ているわけではないようだ。そもそも大柄の人ではないが、肩を落としてしょんぼり座るMさんが一層小さく見えた。30分ほどして、ようやく隣りが僕だということに気付いたようで「ええええ理事長」と叫ぶMさん。そして、また下を向かれた。涙を浮かべながらMさんは「ああ助かった」と一言。僕も「よかった」と一言。その後、Mさんはひたすら謝っておられた。いろいろと言いたいこともあったが、あああ生きててよかった。結果、オーライ」。それでいいのだ。二人で駅の地下でかつ丼を食べて帰途についた。そんな時が確かにあるのだ。
 出会って6年目のある日、ついに松ちゃんに風が吹いた。その日もいつも通りお弁当を渡し「松ちゃん、そろそろ自立支援住宅に入ろうや」と声をかけた。いつもは笑ってごまかす松ちゃんが、その日は「自立か。俺はまだ元気やからええわ。どうしようもなくなったら助けてもらうわ」と答えてきた。今から思えばあれは確かに風だった。そして僕もその風にあたられ食い下がる。「あかん、あかん。あかんで松ちゃん。自分で頑張るっていうのは悪いことではないけど、どうしようもなくなったら助けてっていうのでは遅い。元気なうちに入居すべきや。なんでかわかる、松ちゃん。自立するということは自分だけの問題やない。自立するというのは、誰かを助ける人になるということや。元気なうちに自立して、多くの人のために松ちゃんは生きるんよ。それが筋やと思う。どうしようもなくなってからって、それはあかんで松ちゃん」。松ちゃんは、はじめてしかもまともに反論されて少々驚いた様子だった。笑わず真顔で「考えとくわ」とひとこと残して夜の街に消えていった。
 そして二週間後。松ちゃんは「奥田さん、わしにもできることあるやろか。入居したいと思うけど」と言ってきた。2008年5月。松ちゃんは自立支援住宅第一五期の入居者となった。遂に、松ちゃんは、自立の道を踏み出したのだった。良かった。本当に良かった、とみんなが思った、のだが・・。

つづく

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