手のひらに世界を

iPhoneが登場したのが2007年。私がアップルストアで初期型iPhoneを手にしてから既に13年が経ちました。またGoogleが提供する検索と地図サービスは人々の生活と移動を快適なものに変化させました。そこからの人々の生活の変化は皆さんが実感しておられると思いますので説明は不要かと思います。

一般消費者としての生活の利便性は格段に良くなった一方で、大企業での仕事のやり方はなかなか変わりませんでした。インターネットは大企業にとってはチャンスよりも脅威に映ったからです。会社が支給するのはガラケーともいわれる旧式の携帯電話。社内システムはパソコンでしか動かないため、重たいパソコンの持ち歩きが必要。これでは辛さしかありません。

一昔前のスーパーコンピューターの数倍の処理能力を持つ高速な「UNIXマシン」を個人があたり前のように手のひらに所有している。

これが今のスマートフォンが広がった社会状況なのです。

かつてUNIXといえば、研究開発部門がシミュレーションやCAD用途で使う高価なワークステーション、もしくは情報システム部門が基幹システムを稼働するための大規模サーバーのためのOSでした。しかも現在のスマートフォンの処理能力は非常に高速です。一昔前のスーパーコンピューターを軽く凌ぐ性能なのです。このようなコンピューティングパワーを個人が手のひらに持っているにも関わらず、重たいパソコンを持つことを課すような仕打ちは、いったい何かの罰ゲームでしょうか。

会社のガラケーをスマートフォンに変更するケースも増えていますが、大企業で二年に一度会社支給のスマートフォンを最新機種に入れ替える会社はほとんど無いでしょう(もしそういう会社があれば素晴らしい!)。通常はより長い期間使うことになります。そうすると個人で常に最新のスマートフォンに買い替えている人から見れば、二世代、三世代前のスマートフォンを仕事では使う事になります。これも何かの罰ゲームなんでしょうか。

私としての理想は、BYOD(Bring Your Own Deviceの略)と呼ばれる個人のスマートフォンを第一で考える、BYODファーストです。現在多くの人が一日中スマートフォンを触っています。その使い慣れた道具で仕事が出来るならばそれが一番だと考えるからです。一方でこれは強制するものでなく、個人の裁量で選択するものだと考えています。会社としては仕事道具としてスマートフォンを提供するが、BYOD端末で仕事をしたい人はそれも許可する、というあり方です。仕事とプライベートは完全分離が基本だが、例外としてBYOD利用も個人の裁量で許可する、というあり方です。この二台どちらでも使えるメリットとしては、

・会社支給がアンドロイド機で個人所有がiPhone(もしくはその逆)だとすれば、使い勝手が異なる二台を使うよりも使い慣れた個人の道具を使う方が楽。

・個人の買い替えサイクルが早い人にとっては最速のマシンを快適に使える。遅いマシンを触り続ける苦痛はかなり精神をえぐられます。

・バッテリー充電を忘れたとしても二台あればしのげる。

・会社スマートフォンをポケットWiFiとして使い、BYOD端末からテザリングで通信すれば、個人の通信量制限や追加利用料負担を気にせずに使える。

・休日に二台持ち歩きたくない。個人のスマートフォンだけ持ち歩いて、緊急時には必要な連絡が取れるように出来る。

セキュリティを気にする人も多いとは思いますが、そういう問題を解決するためにこそテクノロジーを活用すべきです。紛失したときの対処や、個人と会社の使い分けのための仕組みを整備するのが情報システム部門の仕事だと思います。電話についてもソフトウェア化された電話サービスを使えば、BYOD端末上で個人の電話番号とは異なる会社費用負担の電話番号を持てます。それによりBYOD端末の業務利用における個人費用負担はゼロにできます。

色々と書きましたが現在の問題を一言でいえば、

個人のスマートフォンでの生活体験レベルに比べて、企業の情報システムが石器時代かと思うほど遅れている

ということです。またその事が情報システム部門への不満になり、ひいては情報システム部門不要論まで出る状況になっています。

セキュリティを盾にして、中世の城郭に閉じこもるように古い企業情報システムを守っていても、個人の手のひらの上にあるUNIXデバイスは、クラウドサービスに高速で繋がっているのです。有能な個人はそういったクラウドサービスをどんどん使うようになり、統制を強めた結果として、統制の取れない形でシャドーITが蔓延することになるでしょう。

従業員の幸福感や福利厚生という観点からも、IT利用におけるユーザー体験の向上とセキュリティの微妙なバランスでの舵取りが求められます。

本来ITは、人間の生活から「ナンセンス」を取り除くためにあります。一方で残念ながら多くの情報システム部門は自分たちで奇妙な「ナンセンス」を作り出しています。

自分たちが作り出している「カスタマーペイン(痛み)」を取り除き、「カスタマーサクセス」を描くことがCIOの重要な仕事だと考えます。




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