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「足りない」は魅力的だ

ドMの私は足りない方が楽しいと思った

彼は、私の耳元で優しく話しかける。
「唇が乾燥しているから、リップクリームぬっておくね」
彼は自分の指先にクリームをつけ、私の唇を優しくなぞりながらクリームをぬる。照れた気持ちになっている私に、彼は次々と質問を投げかけてくる。

「大丈夫?」
「痛かったかな?」

私の口は、思ったように動かない。
うなずくのが精一杯だ。
彼と会った後は、いつもこう思う。
「他の女性にも同じように話しかけているのかな?」

彼は自宅から徒歩5分の場所にある歯科医院のドクター。治療中の私に、やたら声をかけてくれます。患者である私は、ドクターに身をゆだねているため、ドクターの言葉に拘束力を感じます。ドクターへの恋愛感情は全くありませんが、ドMな私の妄想はぐんぐん広がってしまいます。ドクターの声掛けが、治療での不安を軽減するための気遣いとわかっているものの、耳元でささやかれるとドキッとしてしまう…… 。

私は情報が足りない方が楽しいタイプ。

目を閉じて治療を受けている間だけ、ドクターに違った印象をいだく。音だけの世界はとても自由で楽しいと思う。私のように、目を閉じて音だけの世界で妄想を楽しむ人は、少なくないのではないだろうか。

足りないことで想像が膨らむ

私はコミュニティラジオのパーソナリティをしているため、声だけのコミュニケーションをする機会が多くあります。声を電波にのせて、会ったことのない人とコミュニケーションをする。とても想像が膨らむ時間です。

話し手である私は、聴いているかた(リスナー)の状況を想像して、必要な情報や伝わる方法をチョイスして番組を進行します。目の前にいないリスナーの心や行動を想像することは、容易ではありませんがとても楽しい作業。オンエアー中は、リスナーからのメッセージで互いの人となりを知ることができ、イベントでは会って話をすることもできます。

「ラジオネーム〇〇です」
「あー!いつもメッセージありがとうございます。あの時の話は面白かったですね!」
初対面でも自然と会話が膨らむうれしい瞬間です。そして声だけの私を知っているリスナーのかたは、対面した私の第一印象を教えてくれます。

「もっと落ち着ついた感じの人かと思っていた」
「声の印象より、ずいぶん若いね」
対面した時の私と声だけの私を比較したギャップは、会話を弾ませてくれます。

いろいろなメディアがある中で、ラジオは「音だけ」という限られた情報のため、話し手もリスナーも想像力が刺激されます。「音だけ」のため、情報としては足りないのかもしれませんが、足りないことで研ぎ澄まされることもあると思います。

あえて「足りない」をつくる
目を閉じて、耳を澄ましてみる。
目を閉じて、香りに意識を向けてみる
耳を閉じて、相手の表情や動きだけを見てみる。
口を閉じて、相手の声に耳を傾けてみる。
目と耳を閉じて、風を感じてみる。

遠くまで広がる世界をつかもうとする自分がいる。
新しい何かとの出会いを想像するだけで心が躍る。

普段当たり前にある情報がないことで、日常のあたりまえが少しだけ特別な時に感じられた。

そういえば、徒歩5分の歯科医院に行く予約日が近づいてきた。
どんな妄想ができるか楽しみだ。
目を閉じて感じる音だけの世界で、少しだけ特別な時を過ごしたいと思う。

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