東京ハンドクラフトギターフェスの中止が残念すぎて去年を振り返ってみた
毎年楽しみにしている東京ハンドクラフトギターフェス。2020年は新型コロナウイルス感染症拡大阻止の観点から中止になりました。残念ですが、迅速な判断は正解だと思います。あまりにも残念なので一度blogにアップした昨年の模様をアップデートして掲載します。
今回取り上げているルシアー(個人製作家)さんは僕のお気に入りの面々ではありますが、参加している他のルシアーさんもみなさん、素晴らしい作品を製作なさっています。今、日本のギター製作家のレベルはものすごく上がっていると思います。本当はすべての作品を試奏したいのですが(実際結構な数を弾いてはいます)、会場内がかなりうるさくて、”ゴー”という騒音の中で集中して楽器をチェックしていると、疲労が激しく途中からワケ分からなくなってくるんです。楽器店で静かな状況弾いても10本を比べるのは簡単ではないですから、半日の参加で取り上げるのはこのくらいの本数が限界です。ワイン・フェスと似てますね。たくさん飲みすぎると酔って判断ができない。酔うといつの間にか散財していると(笑)。しかし、今年の一期一会が無くなってしまった事はちょっと埋めきれない寂しさと悔しさがあります。コロナよ、いい加減にしとけ。
荻野裕嗣さんと最新作OM3.0と拙者
TOKYOハンドクラフトギターフェス2019で考えた
昨年2019年は無事行われたTOKYOハンドクラフトギターフェス@すみだ産業会館。例年のごとく、多くの素敵な作品が並びました。今回はアメリカで実績を積み上げ成功されているMichi Matsudaこと松田倫宏さんの参加もあり、ショーはとても盛況でしたが、ちょっと思うところもありました。
藤井圭介さんの細密なクラフトワーク
音がわからなくて良いのか?
これだけ多くのルシアーの作品を弾けるというのはとても貴重な機会だと思います。思いますが、これが本当に”弾ける”だけで肝心の音が聞こえないんです。僕がこのイベントに顔をだすようになった頃に比べると、お客様もずいぶん増えました。マイナーな業界にとって盛況なことは何よりですが、騒々しくて弾いてもなんだか分からない(笑)。少しでも静かなうちにと開場と同時に入ったのですが、まともに音が聞けたのは15分位で、それ以降は何となくこんな感じなのかな?という感触で納得する感じ。会場の隅に試奏用の仮設ブースはあるのですが、そこも事務用の間仕切りで仕切ってあるだけなので騒音はほぼそのまま。
イベント終了後にお店に納品されるものがあるので、そういった作品に関してはお店に行けばきちんと確認できます。お店で弾くと結構印象が変わる場合もあって、会場との差に少し残念な気持ちになります。会場ではいまひとつの印象のものでも、静かな場所でしっかり聞いたら違うかもしれません。それでもお店で確認できるのは良いほうで、買い手が決まっていたり、東京以外のお店で販売されるものについては、当方では確認作業がほぼ不可能。そのあたりどうなんだろうなと思います。大阪楽器フェス・サウンドメッセではエレキギターが豪快に鳴り響いていたらしく、それよりはまだ良いと伺いましたが、もう少し広い会場で一つ一つの距離があいていれば、きちんと音が把握できるのではないでしょうか。もしくはきちんとした試奏ブースを入れるという手もあるので、ブースメーカーさんに出店していただけるよう働きかけられないものでしょうか。会場に来るお客様は高価なギターを買うような方たちが少なくないはずなので、営業につながるかもしれません(すでに働きかけて断られている可能性もありますが)。
貴重な機会を製作者もお客さまもいかしきっていない
会場に行くことは弾くことだけではなく、製作家さんと直接話せる貴重な機会ではありますが、会話するなら今はメールもありますし、肝心の作品の音がきちんと伝わらないことには、本末転倒な感があります。きちんとした試奏ができればより深い話が出来て、商談も進みやすいと思うのですが。。。例えばこれはこういうサウンドだけど、もう少しこんな感じの音に作れますか?なんて話は今の環境ではやりづらいと思うのです。
近年、ウクレレもたくさん出品されていて人気です
恒例とマンネリは紙一重
それといらしているお客様の層が毎年ほとんど同じような気がします。もう少し裾野がひろがっていかないものでしょうか。例えば告知映像をYouTubeで作成するとか。そこで出品者の作品のスペックや音が把握できてもいいと思います。むしろそこで聞きたいし見たい。いまや殆どのお店で動画が公開されているのに、このイベントになにもないというのはいかがなものかと。今のままだとほんとに一部のマニアな人たちにしか伝わらないです。土日開催ということで、週末はほぼLIVE現場という昨今のプロ・ミュージシャンは行けない方が多いと思います。そういうクライアントになる可能性があるのに、実際には行けない方にも興味を持っていただけるような試みが全く無いように思います。実際、僕の周りのプロ・ギタリストは日本人製作家のアコギはあまり知らないし、知っていても弾いたことがない方が多いです。そして、このフェスの存在を知っている方はごくわずかです。
木材の販売も。これはウクレレ用。何気にPayPayも使えます(笑)
なんのため、誰のためのフェスなのか?
売れてる!?と聞くと、その点で悩んでいる製作家さんは少なくないです。作品を弾かせていただくと、皆さん個性的でしっかりしたとても素敵な作品を作っているので”どうすればいいでしょうか?”と聞かれると、価格とデザインの問題は実際あるとして、あとはやっぱり知名度、プロモーションなんじゃないかと思うのですが、”個人”ですから広告宣伝にお金をかけるのも難しいと思います。そして今のままのフェスでは、そういう意味では力不足なんじゃないかと、ただの顔見知りの集会みたいになってないかなって思ってしまいました。女性も少ないし。関係者のご苦労・ご尽力には感謝していますし、当事者の苦労も知らずに勝手な発言だとは思いますが、少し停滞感を感じてしまったTOKYOハンドクラフトギターフェス2019でした。
Ryosuke Kobayashi Guitars
相模湖近くで凄く個性的なギターを製作している小林良輔さん(Ryosuke Kobayashi Guitars)。昨年の作品も個性的で素晴らしかったですが(なにしろそのうちの一本を購入してしまいましたから!)、今年の7弦ナイロンも凄いです。トップはジャーマンスプルースなので元の色は結構白いのですが、それが赤!サイドポートやエレベーテッド・フィンガーボードなどのモダンなオプションもてんこ盛り!音はアヴァンギャルドな見た目と違ってごく真っ当でとても扱いやすいと思いました。サイドポートとエレベーテッド・フィンガーボードはナイロン弦にはとても効果的だと思います。
ギターの下に鏡をおいてエンドのロゼッタも見えるようにしたり、虎目が浮き立つように照明をあてたりと作品同様細かい気配りがニクい、てか偉い。ただ並べるだけに終わっていないところが素晴らしい。
Keystone Stringed Instruments & Fujii Guitars & OGAWA INLAY CRAFT
前回も行われた3者のコラボレーション。今回もボディーシェープ、使用している材は全く同じである。しかし、当然ながら音は全く違う。繊細で粒がきめ細かくきらびやかに広がる藤井圭介さん(Fujii Guitars)のギター、骨太でパンチの効いたサウンドの西 恵介さん(Keystone Stringed Instruments)のギター。つなぐのは小川貴之さん(OGAWA INLAY CRAFT)の緻密で流麗なインレイ。日本人らしい細やかなコラボレーション。”どっちが良いか、投票しないといけないんですよ”と藤井さんたちに冗談で言われたけれど、実際やったら面白かったかも。音・ルックス・プレイアビリティーに10点方式で点つけるとか。そういう競争、イベント的な試みがあってもいいかもしれないですね。競争というか、エンターテインメント。楽器の良し悪しってこのレベルに来ると無いですから。盛り上げです。
Fujii Guitars
コラボモデル、ナイロン、スティール弦×2の4本を持ってきていた藤井圭介さん(Fujii Guitars)。このトップ材はシンカーレッドウッド。水の中に長い間沈んでいた木材を使っています。木材界では水中乾燥というらしいです。水中で乾燥?俺には理解できませんが、とにかく無酸素状態で木の変質が起こっていて、それが独特の木目・色・サウンドを作るようです。見た目には硬そうなのですが実際はとても暖かい音がします。結構好きです、シンカーレッドウッド。とここまで書いてこの楽器が昨年も展示されていたことを思い出しました。以前、某楽器店で弾いたジョージ吉田さん(Joji Yoshida Guitars & Ukuleles)製作のシンカーレッドウッド・モデルも購入を検討したほどのいい音だったけど、なかなか売れなかったし。人気ないのかな、シンカーレッドウッド。トーンウッドとしてのポテンシャルは高いと思うけど、見た目が日本人の嗜好とはあわないのかな。。
*水中乾燥には木の中の埃や塵が無くなるとか良い面が多々あるようですね。詳しくはこちらなど→水中乾燥について
Keystone Stringed Instruments
一見変わったバランスのこのギターはBaritone Guitar。個人オーダーモノだそうです。4弦の開放をAでチューニング。長い弦長、大きなボディ、ゆるいテンションでとてもゆったりとして朗々と鳴るギター。水牛のサドルがウッディーなサウンドキャラクターを引き立たせています。サイドバックはアフリカンブラックウッド。西恵介さん(Keystone Stringed Instruments)は材の個性を引き出すのがすごくうまい。このギターもブラックウッドらしい深い音がグッときた。ニクイ音作りの西さん。”弾かずに死ねるか”な楽器を作る製作家です。外国からのお客様が”これはキーストーン・ギターなのか?これもそうなのか?”と鼻息荒く聞いてきたから”これがそう、これは違う”と言ったらイノシシのようにキーストーン・ギターを弾き出しました。人気あるなぁ。
Echizen Guitars
周りのルシアーから”越前くんはうまくやってるから~”と妬まれてる(笑)売れっ子・越前亮平さん(Echizen Guitars)。Sergeiさんのお弟子さんは割とマイペースで我が道を行く人が多いように思います(先ほど取り上げた小林良輔さんもSergeiさんのお弟子さん)。越前さんは派手なところがなくただただいい音、好きな音楽、ミュージシャンのために楽器を作っている感じが強いです。今回のナイロンはネックの幅も広くブリッジもトラディショナルな本格的なナイロンモデル。スティール弦は新作が間に合わず、某店の展示品を貸してもらっての展示。マイペースだなぁ(笑)。
Matsuda Guitars
日本人ルシアーの憧れの人でもある松田倫宏(Matsuda Guitars)さん。今回、新作を持ってこられたそうですが、それは大阪のサウンドメッセで売れてしまい、楽器店に展示してあるものを借りて展示しているそうです。この複雑な構造はどうやって考えつくのでしょう?このナイロンモデルはそれでもずいぶんシンプルなモデルだと思います。最近の彼のモデルはもうからくり細工のようです。今回久しぶりに松田さんのギターを弾きましたが、ルックスに反してすごくトラディショナルな音だったので驚きました。以前は見た目に近い個性的な音だった記憶があります。松田さんには個人的な思い出があります。2005年にインターネットで西海岸の楽器屋Gryphonでアコギ(Ed Claxtonさんという古いヨットの修理とかもしてしまうベテラン・ルシアーの中古ギター)を買うことにしました。下手な英語でメールを打ったのですが、そのときに海外から音響ハウスの6stにいた自分に確認の電話をくれたのが松田さんでした。当時、松田さんはGryphonでリペアの仕事もしていて、お店のオーナーに頼まれ電話をしたらしいです。「Ed Claxtonさんのギター、素晴らしいですね。こちらに来たら、僕のショップ(工房)にもぜひ寄ってください」と言われ、その気さくさがすごく嬉しく今でも覚えています。今回はじめてお会いして、その時のお礼を言うことができました。複雑な構造のギターは構想から製作まで相当な時間がかかるのではと思い聞いてみると「1年で7本くらいしか作れない」とのこと。時は金なり。驚きのプライスも致し方がないところです。
OGINO GUITARS
荻野裕嗣さん(OGINO GUITARS)はOM3.0というモデルを作ってきました。荻野さんは巨匠 Ervin Somogyiさんの弟子。師匠のサウンドデータを数値化していて、今まではその数値をもとに、それこそソモジ直系な作品を作ってきました。しかし今回は師匠ではなく、Jeff Traugottさんのサウンドを目指してみたとのこと。TraugottさんはLAの数年待ちが当たり前の人気ルシアー。なんでも今や手に入れることが困難なJeff Traugottを2本も所有している方からそれを借り受け、研究して今回の作品を作ったとか。インスト曲をソモジで弾くと低音で1,2弦のサウンドがマスキングされているように感じられるので、もう少しメロディーが立つようなギターが作りたくなったということでできた新作だ。自分は今までTraugottは3本ほど弾いたことがあるけれど、その値段からは想像もつかない渋い音がする楽器で、中域が強く全くワイドレンジではない。ギュッと真ん中に詰まったようなBluesが似合うようなサウンドが好印象のギターでした。荻野さんの新作も以前の作品のようなワイドレンジなサウンドではなくなったけれど、バランスが良く一音一音がギュッ密度が詰まって線が太くなった印象です。パワー感が増した。ボディの形もロゼッタやヘッドとよりマッチした感がある。この路線は正解なのでは?今回はサイドバックの材がインディアン・ローズウッドだったので次はハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)で聞いてみたい。某店の方が弾いて”Traugottより良いんじゃないですか、音”と言ったので「じゃ、ショップ・オーダーでハカランダ、オーダーしてよ!」とリクエストしておきました(笑)。しかし、荻野くんは面白い。OM3.0ってネーミングはWeb2.0とかのビジネス用語から来ているからね(小池百合子じゃないよ)。彼はビジネスを考えるのが好きだから実に彼らしい発想だし、この会場でそんな考え方をするのは荻野くんだけだと思う。実にユニークな感覚!
他にも多くの製作家さんの作品を弾かせていただきましたが、繰り返しで恐縮ですが、騒音の中で何本も弾いているとわけがわからなくなってくるので、コメントは差し控えます。とにかくもう少しきちんと音が聞けて、製作家さんや演奏家やお店、お客さんの実益につながるようなショーにできないかな、ならないかなと思います。作品が充実している今だからこそ、もう少し何とかしないともったいないと感じました。海外のショーではよくやっている、ルシアーのパネルディスカッションとか、そういう基本的なところからやってみるのもとても興味深いと思う。以前専門誌でそれに近いことをやっていたけれど、せっかくなんで生でやろうよと思いますね。お店、プレイヤー、お客さんの質疑応答とかも入れて。その際はナビゲーターをやりたい。是非ともやらせてください。
古楽器工房などもあって楽しいイベントです。2021年に期待してます!
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