見出し画像

ベンチで獲った1点

高校時代、僕はバレーボール部のマネージャーだった。選手として入部したけど、”エースでキャプテンやってます”みたいな人たちが結集している高校だったから、弱小チーム出身の僕なんてほとんど無価値だった。

加えて、僕は特筆して下手クソだった。入部した当時の3年生が引退するまで、僕は校舎の周りをぐるぐる走ってるだけの有象無象でしかなかった。

あっという間にバレーボールが嫌いになった。というか、部活のほとんどの時間を走ってるだけで、バレーボールをしていなかった。
でも、実力差は歴然としていたから、どうしようもなかった。今思い返せば、自分の実力に対してミスマッチ以外の何物でもなかった。

自分の選択を呪った。紅白戦の点数板をめくりながら、ずっと「場違い」とか「分不相応」って言葉が頭の中を巡っていた。皆が僕を見えなくなったのかと思うくらい、自分の存在感は無かった。
朝が来たら体育館に行き、夜が来たら帰った。食事が喉を通らなくなり、半年で10キロ弱痩せた。7年ぶりに県大会を制してインターハイ出場を決めた試合。スタンドから録画していた僕は、全身で喜びを表現する選手と、狂喜乱舞する応援席の仲間を、小さな小さなビデオカメラ越しに見ていた。


2年生になって、僕はマネージャーに任命された。何故か日付も覚えていて、2011年の6月25日だった。監督は女子マネージャーを取らない主義で、毎年選手の1人をマネージャーに任命する伝統だった。

断る気はなかった。僕は選手としては無価値だったから。その一方で、審判くらいは下手クソでもできるし、スケジュール管理や選手のサポートをするのは好きだったから、むしろラッキーと思っていた節もある。


マネージャーにしかなれないし。

マネージャーにでもなるか。

こうして、甘えきった、「でもしかマネージャー」が出来上がった。


マネージャーになってからは楽だった。この記事を読んだ当時の仲間や先輩にはめちゃくちゃ怒られるかもしれないが、正直かなり解放された。僕にとって、「選手になれない有象無象のひとり」で居るくらいなら、いっそ白旗を上げてマネージャーになってしまう方が楽だったのだ。

そうして、なんにもしないまま、時間が過ぎた。


高校3年になった。信じられないことに、女子マネージャーが2人入部した。部員が減っていることもあって、監督が方針を変えたのだ。

2人の女子マネージャーは働き者だった。多くの部員は女子マネージャーが入部して本当に喜んだ。野郎同士なら気が利かない放り投げたままのジャージを畳んだり、不衛生になりがちなドリンクのボトルを自主的に洗剤で洗ったりしてくれた。


こうして、僕の存在感はまた皆無になった。


彼女たちを責める気には全くならなかった。事実、彼女たちの方が能動的に行動していたからだ。僕は、ただ何もせずに漫然と日々を送っていた自分が情けなくて腹立たしくて、極度のストレスで髪が抜けるようになった。


ある日、僕は監督のいる教官室で、ほんっとに小さな子供みたいに泣いて喚いた。なんで僕の代わりに女子マネージャーを取るのか。僕は必要ないじゃないか。僕は無価値じゃないか、と。
日々の練習の緊張感、怠惰な自分への嫌悪、優秀な後輩への嫉妬。鬱積した感情が、訥々と溢れ出して止まらなくなった。

今、思えばとんでもないことを言っている。普通、もう辞めた方がいいと思うだろう。でも、監督は違った。


「自分に矢印を向けろ」


指導の際、決まって監督はこの言葉を口にした。この時も同じだった。誰かの・環境にせいにするのではなく、自分自身へ意識を向けて、何が出来るのかを考えなさい、という想いが込められていた。

僕はそんな醜態を晒してから、何かが吹っ切れた。聞き流してきた監督のフレーズが、何度も何度も頭をよぎるようになった。


僕はその後、僅かなことでも行動に移すようになった。

試合前に選手がアップをしている間、僕はコートに立ち、会場を見回して少しでも不審な点がないか探した。例えば、東北学院高校の体育館は、入口と対角のカーテンが僅かに外れていた。ボールと重なって眩しくなる可能性を考慮し、反対側のコートを陣取った。僕がそんなことをしているなんて、誰も気付く人はいなかった。


そうこうしているうちに、高校最後の夏の大会が訪れた。
3回戦、岩ケ崎高校との試合の時だった。


前日の夜、岩ケ崎高校のデータを入念に取った。順当に行けば勝てる相手だけど、これをやらなかったら僕の存在価値は今度こそ無くなる気がした。

録画したビデオから、相手が必ず反則をするローテーションは分かっていた。僕はその場面を待ち、一切躊躇せずに、「副審!ローテおかしい!」と叫んだ。審判は、こちらを一瞥すらしなかった。


味方のサーブが放たれた途端、副審は大きな音で笛を吹き、相手の反則を取った。こちらの点数板がめくられ、副審はチラッとこちらを見て直ぐに目線を戻した。


その刹那、ベンチの片隅で僕が小さくガッツポーズをしたことに気がついたのは、間違いなく隣に座っているコーチだけだった。


「お前が獲った1点だ」


コーチの言葉に身震いした。マネージャーが獲った1点だなんて、この体育館に居る誰も気がつかない。でも、間違いなく僕が獲った。
聞いてくれ!これは、俺がベンチで獲った1点だ!!


この時から僕は、決定的にバレーボールを愛するようになった。


ベンチから見る滲んだ景色も、コーチに叩かれた左肩の痛みも、ぜんぶぜんぶ、僕の大好きな高校バレーになった。


いただいたサポートは、プレゼントで誰かを爽快な気分にするために使います。