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おとな怪獣


いっしょに泥酔できる仲間っている?


僕はもとから、ひとりで娯楽を味わうことが苦手だ。映画とか外食とか。なんか、楽しいし美味しいんだけど、圧倒的にその瞬間の感情を共有する相手を求めちゃう。学校でも会うのに休みの日もたむろってる男子中学生みたいな。幼さというか、ヒトとの繋がりの中でしか喜怒哀楽をまともにキャッチできないでいた。

そんな性格は大して変わることもなく、成るべくして成人して、お酒を飲んだ。大学生で少し寒い日。たしかサークルの打ち上げだった。

生ビール飲んで目を白黒させた。美味しくない。匂いも変だ。こいつを人生初の体験からウマいと思える人はいるんだろうか。緑茶の苦みを丁寧に炭酸にしたような”それ”は、マズいし気分は悪くなるしで、味通り苦い思い出だった。

周りを見渡す。そうすると、こんな美味しくもない液体で、みんなハイになってる。悪魔の飲み物だ。きっと悪魔の血かなんか入ってるんだ。お酒で人を狂わせる理由が分かった。マズい悪魔の血で脳が壊れるんだ。

飲むか飲まないか。紙一重のくちづけをジョッキと繰り広げ、その会は終わった。みんな楽しそうだった。僕は耳だけが少し熱くて、これが酔っ払うってことなのだと知った。


☆☆☆


吐く苦しさも金属バットでフルスイングされたような頭痛も、このまま知らなくて済めばよかった。でも、とんでもない先輩ーータカシナに出会ってしまった。というか、僕が中学生の頃から知っている人間だったんだけど、大人になってから一緒に酒を飲んでしまった。これが、災厄だった。最悪じゃなくて、災厄。

タカシナは受験生にも関らず、地元の夏祭りを開催するためにアレコレ努力して、結果二浪した。アホだ。頭はいいけど、常人では理解できないこだわりが強すぎる。だが良い人だ。

仲間とでしか感情の起伏をうまく受け止められなかった僕は、タカシナとつるんだ。一緒に夏祭りを企画して、ファミレスで会議したりした。と、言っても僕は心の底から夏祭り文化を保存したいとかは思ってなくて、ゼミの予習をしながら聞き流していた。でも、そのくだらない時間こそが僕にとっては心地よかった。惰性だった。でも記憶に残しておきたい時間だった。

タカシナの頑張りもあって(というか9割はタカシナの力によって)、無くなる予定だった夏祭りは存続した。町の人はほどほどに喜んだ。でもタカシナや僕を感動して褒めちぎるほどでもなくて、ゴミ袋を片づけながら切なさを感じた。めでたし。


☆☆☆


後日、祭り事務局の大学生メンバーで、タカシナのアパートで打ち上げをすることになった。5人集まった。ちなみにこの時、タカシナは就職浪人中である。タカシナとセイユーに買い出しに行ったら、ウォッカやらジンやらの武骨なビンをカゴにぶち込んでた。「おれは飲まんぞ!」という恨みを込めた視線は無視されお買い上げ。タカシナが払ってくれたからラッキー。許そう。

この打ち上げがこそが災厄だ。後輩に囲まれて祭りの苦労を労われたタカシナは大泣きした。このサイズの大人が泣き喚いているのは初めて見た。怪獣みたいな迫力だ。カルーアの原液をショットで飲んでいた。マズそう。

タカシナは泣き上戸だった。そして、口から出る言葉全てが、感謝か自分への卑下だった。

ありがとうな。ほんと助かった。それに比べて俺は。ダメなリーダーだ。やっても誰も幸せにならないんじゃないかって。優しいなお前らは。もっとうまく出来たよな

8畳程度の部屋が揺れる。いつアパートの住人に警察を呼ばれるだろう。床を叩くなタカシナ。トイレはドアを閉めろ。

こんなに壊れたタカシナが面白くって、後輩達は余計におだてる。タカシナはもっと泣く。ウォッカやジンのボトルが、ゴロゴロと部屋に倒れている。

日が差し込んできたことを自覚した途端、僕も途端に具合が悪くなる。これが”飲み過ぎ”か。激しい後悔と共に、自分だけ這うようにロフトの上に避難する。

目を閉じると、ハシゴの下からうめき声やらいびきが聞こえてくる。

気絶するようなまどろみに襲われながら、何故か今日の楽しさを噛みしめていた。


☆☆☆


災厄が過ぎ去ってから、つまらない飲み会に行く度に考えた。なぜあの日は、あんなに悲惨で苦しかったのに、かけがえないんだろう。何が違うんだろう。

人ではなかった。タカシナがめっぽう面白いわけではないし、つまらない飲み会だとしても、メンバー全員がつまらない奴では無い。退屈な飲み会には、何かが欠けていた。


☆☆☆


答えが出ないまま忙しさに満ちた日常に戻される。大学のゼミは過酷で、僕は必要以上に何かを賭けていた。本気だった。あんな小さいコミュニティの中で一番になろうと、無い知恵を振り絞っていた。

3年生の夏休み。研究発表会があって、結局プレゼンで負けた。必死こいてやっただけに、しんどかった。この過程を誰かと労いたかった。

そこで気付いた。今の俺は、タカシナだ、タカシナもこうだったんだ。必死で、なんでそんなに?と言われる位にアツくなっていたんだ。でもその理由なんてどうでもいいんだ。こういう状態で欲しいのは、”労い合う仲間”なんだ。

僕は日を改めて、戦友とも呼べる同期のゼミ生で打ち上げをセッティングした。同じ時間だけ苦しんで一緒にもがいた仲間だ。僕は買い出しに行った。

あの日みたいに、ウォッカが入った瓶を買った。


☆☆☆


いっしょに泥酔できる仲間がいるって、しあわせだ。

僕はきっと、本気じゃなかったら、飲んだだけでは泣かない。つまらない飲み会の正体は単純で、「なんの過程も無い飲み会」だったんだ。


こうして、一緒に苦しんだ過程を共有できる仲間がいる幸せに酔いながら、僕は怪獣みたいに泣くのだった。





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