高校吹奏楽部のアニバーサリー公演…?
30周年記念のイベントとして、2000人キャパの大ホールでコンサートを開くこととなった。
そこにはかつての同期たちや、たくさんの先輩、後輩たちが一堂に集う、一大イベントだった。
僕も急遽参加することになったが、練習には参加できなかったため、合わせシンバルで応戦していた。
そこで指揮を振っていたのは、今にも圧をかけてきそうな強面の老人。
なんでも、指揮の世界では名を馳せている名指揮者とのこと。
僕の出番が近づくにつれて、指揮者がこっちをチラチラと見てくる。
「おい、お前。失敗したら承知しないぞ。」
そう言わんばかりの目つきだったが、
臆することなく、僕は堂々と仕事をやり遂げた。
一部の演奏が終わり十分間の休憩へと入った。
僕は懐かしい仲間たちと、高校時代の話や、これからの将来の話に花を咲かせていた。
休憩も終わりに差し掛かっていたその時、
「土屋先輩、指揮者の先生が呼んでますよ!」
後輩がそう言いながら、僕のところに駆け寄ってきた。
何だろう?と思いながら、指揮者の楽屋に向かった。
ドアの前に立ち、
「失礼します。」
ノックをして楽屋に入った。
「お前がこの曲のドラムを叩け。」
そう言うと、譜面を僕に渡してきた。
その曲は二部の始めに演奏する予定の曲で、イベントの雰囲気を作り出す一番大事な曲だった。
「え?」
僕はあまりの急な出来事に戸惑いを隠しきれなかった。
練習にも参加できていなかったため、どうしようかと思ったが、悩めば悩むほど怖気付いてしまう性格であるため、
「任せて下さい。」
そう言い放ち、譜面を手に取り楽屋を後にした。
残り少ない休憩時間の中、急いで僕はspotifyを起動し、曲を流しながら譜面を何度も何度も確認した。
曲の出だしは、ドラムからのアウフタクトで始まっていた。
つまり、ドラムのフィルが入ってバンド全体が入ってくる構成であり、ドラムがかなり重要な場面であることを意味していた。
その直後、ブザーがホール全体に鳴り響き、いよいよ二部が始まろうとしていた。
急いで上手(かみて)に向かい、息を整えてステージに出ていった。
すると、目の前に強い大きな光源が広がる。
どうやら、スポットライトの光りを僕に当ててくれたようだ。
「土屋先生ー!!」
「土屋さーん!!!」
会場からは大きな拍手と共に、温かい声援に包まれた。
「ああ、こんなにも応援してくれる人たちがいるんだ。」
そう思うと、僕はこの上ない幸福感でいっぱいになった。
ドラムの椅子に座り、一呼吸をし、
「いつでも来いよ」
と指揮者に目で合図を送った。
指揮棒が上がり、いよいよ演奏が始まる。
「いくぞ!」
気合を入れて、最初のフィルインのタイミングでスティックを振り下ろした。
ところが、思うように体が動かない。
「ん?なぜだ?なぜ動かない!?」
そうこうしているうちに、自分が入るべきタイミングを逃し、小節の頭だけでもと思い、シンバルを叩いた。
その後もなぜか8ビートがうまく叩けない。
「なぜだ?なぜなんだ!?」
焦りが僕を支配していく。
ふと手元に視線を送ると、ありえないぐらいの太さで、脇に抱えないと持てないほどの重量級のスティックで叩いていた。
「そんなバカな。」
必死になって、代わりとなるスティックを探すと、足元に一本転がっていた。
一部の演奏中に後輩が落としていたものだった。
演奏を止めないようにしながら、手を伸ばし、何とか拾い上げた。
ところが、そのスティックは大きく反っており、打面を叩くとまっすぐ跳ね返ってこない。
「くそ!!よりによって!!」
その間、曲はどんどん進んでいく。
仕方なく、拾い上げたスティックで演奏を続行する。
すると、今度はドラムがどんどん移動していく。
なぜか、ドラムにローラーがついており、キックを踏むたびに移動する仕掛けになっていた。
それでも僕は必死に食らいついた。
曲も後半部分に差し掛かっており、譜面に視線を向けると、5/4や1/4などの変拍子のオンパレードの場面になっていた。
先程の短い休憩時間の中では確認できておらず、ついに僕は演奏の手を止めてしまい、挙げ句の果てにバンド全体が止まってしまった。
「78小節目ーー!!!」
鬼のような形相で指揮者が僕に向かって叫んでいた。
あんなに大きな声援を送ってくれた2000人のお客さんも、冷たい眼差しで僕を見ていた。
「終わった…。」
僕は絶望に浸っていた。
あまりのショックに目眩がし、僕はその場に倒れ込んでしまった。
それから、どれくらいの時間が経ったかは定かではない。
ハッと目が覚めると、そこには毎朝見ている天井の壁が広がっていた。
さて、今日も一日頑張りましょ。
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