5年後の夜泣き。
「おなかいたい」
どこか遠くのほうで娘の声が聞こえた気がした。
「パパ、おなかいたい」
声が段々近づいてくる。頭の片隅にすこしだけ嫌な予感がする。
突然。
バシっと、肩を叩かれてぼくは目を覚ました。辺りは真っ暗でなにも見えない。叩かれた左肩に娘が乗っかっているのを感じた。そして、しきりにぼくの肩を叩き続けている。
手をのばして頭上に置いてあるスマホを取る。
時間は2時30分。真夜中の2時30分だった。
昨日は久しぶりの幼稚園。
一日中駆けずり回り遊び疲れた娘は帰路の車内でごはんも食べずに眠ってしまったのだ。そしてそのまま、深くグッスリと眠り続けていた。
真っ暗でなにも見えないなか、娘を抱き抱えてベットから抜けだした。
このステイホームですこしぷっくりした娘。シャキッとしない身体にはズッシリと重たい。
そっと階段を降り、娘をトイレへ連れていく。
娘はこくこくと船をこぎながらトイレをすませると、そのまま眠りこけてしまった。
ズボンをはかせ、再びよいしょと抱き上げると階段をのぼり、ベットへと連れていった。
※※※
「ねえ、のどかわいた」
遠くのほうで娘の声が聞こえる。ムクムクと嫌な予感がした。
「パパ、のどかわいた」
再び時計を見ると、3時過ぎ。ちょうど二度目の眠りにつきかけたタイミングだった。
同じように階下まで連れていき、麦茶をコップにそそぐ。奪い取るようにコップをつかむと、娘はゴクゴクと喉をならしながらうまそうに飲みほした。
ぼくも麦茶をコップにそそぐと、ゆっくりと飲んだ。そしてトイレに行って戻ってくると、娘はソファの上で眠っていた。
※※※
「パパ。わたしおなかすいた」
遠くのほうで娘の声が聞こえる。さすがに無視してやりたい気持ちが、イラつきとともに胸の中に広がる。
「パパ、ごめんやけど、なんか食べたい」
娘なりに僕を起こすかどうか悩んだのだろう。「ごめんやけど」のひとことで、ぼくは起きる気になってしまった。
時間は4時過ぎ。
あたりはまだ真っ暗だった。でも、たまに聞こえる鳥の声が夜中から明け方へと時間が移り変わっていくのだと感じさせた。
娘の分にとってあった晩ごはんのオカズを温めて出す。
「パパ、眠たいのにありがと」
5歳のくせに、こんなときはちゃんと気をつかう。
「パパはちょっとソファで寝てるから食べててね」
いつもなら「ひとりじゃさみしいから見てて!」と言う娘も「わかった」とひとりごはんを食べはじめた。
娘が産まれたばかりのころ。
夜中になんども起きて、ミルクをあげたりオムツを替えたり、抱っこをしながら寝かしつけをしたりしたのを思い出す。
あの頃は。
娘は毎晩泣くばかりで、どれだけこっちが辛い思いをしても一言の労いの言葉もなかった。うん、笑いかけてくれることすら、夜泣きの最中はなかった。
でも、あれから5年経ったいま。
「眠いのにごめんな」
「パパ、ありがと」
だってさ。
なんだ、親だからって何でもしてくれるのが当たり前だなんて思ってないじゃん。
もしかしたら、あの頃も。言葉にできなかっただけで、「夜泣きしてごめんな」「ミルクくれてありがとな」って思ってくれてたのかもしれないな。
では、また明日。
—-📻stand.fm📻——
少しずつ、スマホに向かって話しかけることに慣れてきたかなぁ。