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親が理想と考える「最高」を与えるより、大切にしたいこと。

親として娘と接していると、いろんな選択肢を提供することになります。
どのお菓子を選ぶか(100円まで? 1個まで?)から、習い事(テニスやる? プール習う?)、はたまた学校(オルタナティブ教育? 公教育? 私立?)まで。

その範囲はとても広くて、その都度、それぞれに対して真剣に迷います。

お菓子ならお菓子なりに。
学校選びなら、学校選びなりに。

先日、ある素敵な学校についての話を聞く機会がありました。
ぼくはわりと「こうした学校に娘を通わせるのもいいよな」と思ったのですが、その話を妻にしたところ「自分はそうは思わない」とバッサリ。

色々と話しをしたのですが、最終的な結論としては「娘がどうしてもそこに行きたいって言うんならいいんじゃない?」でした。

ついつい親は「子どもをできる限り自分たちが思ういい環境に入れてあげたい」と思ってしまう。とくに素敵な教育理念や教育環境を見たときに「ここに入れてあげられたら、この子にとってきっとプラスになるはず」と目を輝かせてしまう。

でも、じつは目を輝かせているのは親だったりします。

問題なのは、目を輝かせているのが子ども自身じゃないってこと。

通うのは子どもなのに。

「こっちのお菓子の方が身体にいいんだよ」
「この習い事は将来役に立つよ」
「この学校に通えば勉強ができるようになるよ」

食べるのも、習うのも、通うのも、親じゃない。

でも、子どもは自分で選択肢を見つけたり判断したりがまだ難しいこともあります。お菓子くらいは自分で選べても、(小中)学校はまだ難しいかもしれません。

何がいいかは、本人だってわからない。

妻と話をしていて、そんなときに大事にしなくちゃいけない軸を思い出した気がしたのです。

ひとつは娘自身が「面白い!」と思うような選択肢を与えられているかどうか。

幼稚園を選んだときも、外で遊びまわるのが大好きだった娘がもっとのびのびと遊べるようにというのが最初の基準でした。

もちろん、予算や場所などの現実的な問題もあります。でも、まず最初の”ふるい”は「娘が楽しそうに過ごせるかどうか」でした。

今通っているスクールもそうでした。体験入学をして、娘が「通いたい」と思えるかどうか。それはとても大切な基準になりました。

そしてもうひとつは、娘が「もう無理」となったときに、心置きなく引ける覚悟を持つこと。親としては、選択肢を提示する以上にこっちの覚悟の方が難しくて、かつ重要な気がしています。

何かを選ぶのは難しい。
どれが正解ってこともないし。だからこそ、引く覚悟は常に持っていなければなと思うのです。

では、また明日。

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