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Souvenir

友人が店を畳んだ。

開店した矢先、新型コロナウイルスの騒動が起こった。友人の店はこの騒動の影響を真っ正面から受ける商売なので、見通しの立たないこの騒動のことを思えば、当然の選択だったのだろう。長い準備期間を経てようやく開店した店を閉めるという決断は本当に苦しいことだっただろう。店の内装は彼らしい、隅々までこだわりの行き届いた素晴らしい空間だった。

開店祝いの意味も込めて、彼の店の店内音楽を二月の始めくらいから書き始めた。店の要素に合わせた楽曲テーマを考え、三月末くらいまでに十数曲出来た。しかし、書き終わった頃には状況は悪化していて、僕の生活も不安定な状態だったので、録音する気持ちになれなかった。そのまま、状況はさらに不透明になり、次第に曖昧な時間の中に紛れ込んでいった。

僕の父はクラシックギターを弾く。身内贔屓かもしれないが、なかなかの腕前だ(総合的に見たら僕より上手い)。そんな父親はとっくに仕事を引退して隠遁生活をしている。おそらくこの騒動で暇を持て余しているだろうから、初めて自作曲を送ることにした。加えて、この先お互い無事かは分からないという気持ちもあった。

曲集の名は「Souvenir」だ。意味は「贈りもの」と捉えていたが、語源にラテン語の「思い浮かぶ subveniō」というものがある。旅と贈りものにまつわる僕の体験を楽曲に乗せた。父は旅好きなのでちょうど良かった。メールに楽譜を添付し、録音して送ってと強引なメッセージを送ったら、録音したファイルが送られてきた。こう弾くのか、ふむふむ。

昔、友人が僕の実家に来る機会があった。友人は壁に貼られた山のポスターについて父に何か尋ねた。父は表情には出さなかったが嬉しそうだった。

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