見出し画像

『ライオン・キング』(94年)―未だ見ぬ映画

 恥ずかしながら、ディズニーアニメの『ライオン・キング』を未見でした。

 お腹が空くと、大西ライオンの「ハーーラへったーーー!」と叫びたくなるのですが、そのくらいしか『ライオン・キング』の印象が無く、今夏の超実写版が公開されるまで、観るのに時間を要していましたが、、、

 最高でした。もっと早く、観ておけばよかった。

 すげえ当たり前のこと言いますけど、アニメーションの動きが気持ちいいですよね!現実をなるべくトレースして、動くところは全部動かして見せるディズニーのアニメの気持ちよさは、「ホビット」のハイフレームレートが癖になるみたいに別格。特にヌーが暴走するシーンは『風立ちぬ』で街行く群集の動きを一つ一つ描いて4秒のカットにめっちゃ時間かけたみたいなの思い出しましたが、もちろんそれより圧巻というか、ここだけでレンタル代400円元取れる。
 貴種流離譚として観ながら、『バーフバリ』は常に頭にありましたが、『ライオン・キング』はよりストレートな不遇闊達型貴種流離譚です。バーフバリでは父の死と子の責任につながりがないというか、マヘンドラはアマレンドラの最期を後追いで知ります。思えば『アクアマン』もジェイソン・モモアはアトランティスから逃げて地上で暮らしていたわけではありませんでした。
 実は先に超実写版、すなわち3DCG版で『ライオン・キング』を観て来ていました。ハッピーことジョン・ファブローが監督した本作、ぼくはすごい好きです!超実写版は、原作アニメの印象的なシーンはカット割りベースでトレースしつつ、正直アニメ版ではヤクザな地主のパパとそのドラ息子的な印象があったムサファが、スカーに対して比較的やさしく接したり、「奪うのではなく与えるのだ」言っていて、穏やかになっていたり。スカーの謀略が露見するロジックに一ひねり加えたり。あと「サークル・オブ・ライフ」の概念を、人生は一本の直線であり、何者ともつながらないとする「ライン」の概念と対比させてより説得力を出したりしていましたね。原作アニメより30分伸びているので、クライマックスにザズーが活躍できていたり、サラビの役回りが大きくなり、ライオン社会における女性の重要さもしっかりと描かれたりもしています。あと顔色悪くて禿散らかしたスカーがすげえ好きです。顔にスカリフィケーション的な傷跡があったりして、たまらん。
 ただ、シンバの回想で、崖の上のスカーは死角にいて、ムサファが落ちるとこしか見えなかった、みたいなシンバ視点のカットを入れると、よりシンバの罪悪感が強調できたのでは、と思います。ムサファの死ぬシーンは印象的で、超実写版もアニメ版を完コピしていましたが、例えば『ちはやふる上の句』で千早が駒野に手を差し出す場面を、最初は千早寄りの視点、クライマックスは駒野の視点で見せたように、シンバ視点のカットを入れるとより効果的になったのでは。
 吹替版での鑑賞でしたが、大和田伸也は貫禄がちがいますね。大和田伸也の声で囁かれたら、何言われても正しく聞こえる気がする。超実写版は、大人シンバの賀来賢人とブンバァの佐藤二郎はうまかったと思います。やさぐれ江口洋介は最近だと『コンフィデンスマンJP』みたいに実写で観たほうが怖いかな。

 ミュージカル版やテレビアニメ版も観てみたい。人々を虜にするライオン・キングの世界に足を踏み入れて、よかったです。

この夏は恥を捨てて、未だ観ていない名作、傑作映画を赤裸々に語っていきたいと思います。「映画史において重要な作品なのは知ってるけど実はまだ観てなくて、でも観てますみたいな体で生きてる」なんてこと誰しもありますよね。そんな普遍性を信じながら、この「未だ見ぬ映画」シリーズをはじめました。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

10
大学生の自由研究ノート。 最新映画についてよく書きます
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。