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「Masae」フィナーレ

〇ウェブスターホール(講演会翌日)
出番を待つ正恵が控室にいる。鏡の前で仕上げの口紅を差している。鏡に映った、メイクのし上がった自分の顔をぼうっとして見つめている。昨日、詩織の講演会の最中に感じた怒りの震えを思い出すかのように自分の手のひらを見つめる。少し震えている。
仲間の陽気なダンサーが背後から屈託なく声をかけてくる。
ダンサー「Hi, Masae!」
正恵、様子を気づかれまいと努めて笑顔を作ってこたえる。
正恵「Hi, Emily!」
出番を知らせるステージマネジャーの声が聞こえる。
正恵がステージに出ていく。
炎で照らされた正恵の顔。自分の心を落ち着けようとするかのように、最初は目を見開いて炎を見ているが、やがて目を細め、恍惚とした表情に変わっていく。
正恵の舞台。ポイを激しく振り回している。暴行されたときのことが頭をよぎる。まがまがしい記憶に抵抗するかのように、むきになって激しくポイを回す正恵。
正恵の心の声「負けてたまるか」
途中で手元が狂い、背中にポイが当たる。正恵の背中に一瞬火がつく。会場が一瞬ざわめく。正恵は痛みをこらえ、なんとか作り笑顔で幕の袖にいったん引っ込む。スタッフが駆け寄ってきて、火を消し、傷の応急処置をする。
共演のダンサーが駆け寄ってくる。
ダンサー「Oh my God!大丈夫?次の幕は私が一人でカバーするわ」
正恵、痛みで顔をゆがめながら応急処置を受けている。
正恵「大丈夫、私、続けたいの」
ダンサー「無理だって!ひどいやけどだよ」
正恵、鬼気迫る表情で、共演のダンサーの腕をつかむ。
正恵「お願い、やらせて」
共演のダンサーは心配そうに正恵のほうを見ながらも、正恵の強い意志を感じ取る。
ダンサー「OK…」
正恵がまた舞台に戻ると会場から拍手が起こる。正恵、茶目っ気たっぷりにより一層激しくポイを振り回し、観客を沸かせる。
 
パフォーマンスが終わり、カーテンの袖に引っ込むと、正恵は背中の痛みで気絶しそうになる。背中に大きなやけどが広がり、真っ赤になっている。スタッフがわきから抱えて支える。
スタッフ「誰か911を!」
 
〇病院の病室
ガブが病院のベッドの上に上半身裸でうつぶせになった正恵の背中に塗り薬をぬってガーゼを取り換えている。
正恵、苦痛に顔をゆがめ「いったぁ~」
ガブ「ちょっとしみると思うけどじっとして」
ガブ「Second Degreeのやけどだったんだよ!わかってる?」
正恵、黙っている。
ガブ「パフォーマンス続行するなんてどうかしてるよ、君は。無茶にもほどがある」
正恵、うつぶせになったまま黙っている。
ガブ「聞いてる?」
正恵、黙っている。
正恵「子供たちは大丈夫かな」
ガブ「エレンが見てくれてるから心配ない」
正恵「よかった。。。どうしても途中でやめたくなくて」
ガブ「え?」
正恵「私、今まで、ステージに立つことで自分のダメージを回復しようとしてたんだって気づいた。不完全な自分をもう一度修復したかったんだなって。。。」
ガブ「正恵。。。」
正恵「でも今日はさすがにやりすぎちゃった。無茶してごめん」
ガブ「そんなこといいさ」
正恵「私さ。。。」
ガブ「?」
正恵「これからもステージの上で自分を精一杯表現してさ。。。色々な経験してさ!この自分の人生をとことん、腹いっぱいどん欲に楽しんでやる!とことん生きてやるんだって決めた!」
ガブ「君らしい。いいじゃん!僕も仲間に入れてくれる?」
正恵「もちろん!もう優待席とってあるよ!」
ガブが笑う。正恵も笑うが、油断して体をねじってしまい、やけどの痛さで悲鳴を上げる。
ガブ「ほら、動かないで」
 
ガブに手当てしてもらいながら、正恵は20代前半にパリへの一人旅の間に暴行に遭いそうになった時のことを思い出す。
 
〇正恵の回想(パリ北部の移民街・夜 正恵20代前半)
正恵が泊まった場末の安宿。宿のチェックイン・カウンターのさえない小太りのジャマイカンの男と親しげに話している正恵。
正恵「あちこち歩いたけど、遅すぎてもうどこの店も開いてなかったわ。最終日にシャンパン飲みたかったのにぃ!」
男「パリは夜が早いから。僕、明日だったらオフだから、電車に乗る前に市内を案内してあげる。いい店をたくさん知ってるから連れて行ってあげる」
正恵、目を光らせる。
正恵「本当に?じゃあ、美味しいフォアグラ食べて、有名店でシャンパン飲みたい!」
男「いいとも!」
翌日、男性と一緒に凱旋門に行き、セーヌ川を下りながら船上でのランチを堪能する正恵。シャンペンを飲んでだいぶ酔っている。夕方になり時計を気にする正恵。
正恵「そろそろ駅に行かなきゃ」
男「電車って6時でしょ。まだ2時間もあるよ。電車に乗る前に家でもう一杯どう?駅まで送るし」
正恵、うーんと考えているが、だいぶ酔っているので考えるのがめんどくさくなり、同意する。
正恵「オッケー」
ホテルで住み込みで働いている男の古びた部屋のキッチン。シャンペンと、アペリティフ、焼くばかりになった魚が冷蔵庫の中に用意周到に準備されている。
男がシャンペンを開け、グラスに注ぐ。
男「君のパリ最後の夜に乾杯」
正恵「乾杯~!」
正恵、シャンペンを飲むと、たちまち意識が遠のいていく。気づくと、男の寝室のベッドの上に横たわっている。ベッドサイドの時計はすでに午前3時を回っている。電車を逃したことに青ざめる。さらに、自分が真っ裸であることに気づいて、一瞬パニックになる。正恵が目を覚ましたのに気づいて、ベッドの端に背を向けて座っていた男がいきなり正恵に覆いかぶさってくる。
男「起きたんだね、ベイビー。Let’s make love….」
正恵が抵抗する。
正恵「あんた飲み物に薬入れたでしょ!私に一体何した?!あんたは犯罪者だ!」
正恵の体を押し付けて男が迫ってくる。正恵は全身の力を振り絞って足をバタバタさせて抵抗する。
男「だましたのは悪かった。でも君もその気だっただろう?」(フランス語)
そういいながら正恵にキスをしようとする。正恵、悲鳴を上げて拒否する。
正恵「あんたなんか好きじゃないもん!」
男「君はとてもセクシーだ」
正恵「あんたとは寝たくない!」
男は意に介さず、正恵を力で押さえつけようとする。正恵は全力で抵抗し、押し問答がしばらく続く。
正恵「私には夢があるんだ!今子供を作る訳にはいかない!」
男性が抵抗する正恵を押さえつけようとする。
男性「コンドームならある」
正恵「フランス製のコンドームなんか信用できない。日本製しか信用しない!日本製がベストだ!」
男性が受けて少し笑う。危機を切り抜けるためにとにかく相手の気をそらそうとして脈絡もなく話し続ける正恵。
正恵「ところであんた、ジャマイカのどこの出身なの?」
男「キングストン」
正恵「兄弟は?もしかして長男?」
男「Yes」
正恵「私も。一番上ってしんどいよね。私も長女。気持ちわかるよ」
男が正恵を押さえつける力が弱くなる。
正恵「フランスには何年いるの?仕事で来たの?」
男「7年。語学留学で」
正恵「だからフランス語もうまいんだ!すごいね!」
男「大したことない」
正恵「そんなことないよ。フランス語って難しいじゃん」
男の力が弱まる。正恵、相手の様子を察知してすかさず言う。
正恵「あの。。。私、トイレに行きたいんだけど」
男、すっかり気持ちが萎え、つかんでいた正恵の腕から手を放して、あきらめた調子で、通路のほうを指さす。
男「この通路の反対側の奥」
正恵、服を持ってバスルームのほうへと長い廊下の反対側へ向かう。バスルーム手前にキッチンがあり、ゴミ箱の横でもう一人別の大きな黒人男性が酔いつぶれて大きないびきをかきながら寝ている。
正恵、ぎょっとして息をのみ、忍び足で急いでバスルームに入り、鍵を閉めてシャワーを浴びる。自分の体を手で触って確かめ、レイプされたのか確かめる。まだ何もことが起こっていないことに気づき、安堵から両手で自分の顔を覆う。しかしゆっくりしている時間はない。頬を両手で叩いて自分に喝を入れる。服を着てさっぱりして出てくる。
男もタンクトップを着てキッチンにいる。
男「水飲む?」
正恵「コーヒーが飲みたい」
男「オッケー」
男が珈琲を淹れる。
正恵、コーヒーを飲み干す。
正恵「ご馳走様。もう行くわ。明け方5時の電車があるはずよ。それでロンドンの友達のところに帰る」
男性「駅まで送る」
 
〇駅
5時ちょうど発の電車。フランス語と英語で構内放送が聞こえる。5時の電車が間もなく出ることをアナウンスしている。
正恵、後ろを振り向きながらすごい形相で男を怒鳴りつける「早く!」
男、正恵の大きなスーツケースと、買い物袋を両脇に抱えて正恵の後を早足でついてくる。正恵、ドアが閉まる直前に電車に飛び乗る。
正恵、目を見開いて顎をしゃくって男に指示する「はやく荷物を!」
男からスーツケースと荷物を奪い取り、にらみつける。男はうなだれて、心細そうな表情で正恵を見上げる。電車の扉が閉まり、電車が動き出す。男がどんどん小さくなっていく。
正恵、よろめきながら自分の席に座る。早朝で列車内はガラガラ。正恵、周りを見回すと、自分の席から3つほど後部に若いカップルが一組だけ座っていちゃついている。正恵、自分の席を見つけると安堵から脱力し、席に身を沈める。危機を脱出した安堵から震えが止まらない。両腕で自分を抱きしめ、手のひらで顔を覆う。やがて、果てしない地平線から太陽が少しずつ姿を現してくる。正恵は車窓の窓ガラスに顔をぴったりくっつけてその美しさに目を奪われる。燃えるようなオレンジ色の朝日が正恵の顔を真っ赤に染める。一歩間違えば襲われて殺されたかもしれないという恐怖と安堵が入りまじり、そのうち笑いがこみあげてくる。抑えようとしてもこらえきれない可笑しさで笑いが止まらなくなる。正恵の笑い声が車内にこだまする。いちゃついていたカップルが一瞬、いぶかしげに正恵の席のほうを見て、顔を見合わせて肩をすくめる。正恵は笑い続けている。電車は一路、ロンドンに向かう。
 
 
〇イーストビレッジのLa Plaza Garden(正恵たちのアパートの近所の公園)
ハロウィンのファイヤーダンス・イベントの夜。ガーデン内にあるシアター。ハロウィンのパフォーマンス・ステージに正恵が出演する。近所の子連れの家族も大勢集まっている。観客の中にShojoとAiriを連れたガブもいる。
生バンドの演奏が始まり、正恵がステージに上がる。
Shojo「あ、ママだ!」
人形役の正恵。手に持っているポイに火をつけてもらうことで人形に命が吹き込まれ、動き出して踊り出すというシナリオ。ポイに火がつくと、正恵の目がピカンと開く。手が動く。足が動く。立ち上がる。ピョンピョン飛ぶ。そして最後は自由に踊り出し、火を持ったまま走り出す。走りながらステージの上をぐるぐる回る。
Airi「ママ!!」
Airiが叫んで、ステージの下から正恵を見上げ、手を振りながら、正恵の後をついて走り出す。それにつられて近所の子供らも一緒についてくる。親たちも微笑んで拍手しながら見守っている。ガブとShojoも遠巻きに見ている。
Shojo「ねぇパパ?」
ガブ「Yes, Sweetie?」
Shojo「My mom is so colorful.」
ガブ、Shojoにウィンクして、「だってパパの大事な人だからね」
音楽が終わり、Airiが正恵とハグする。他の子どもたちも集まって来てみんなでハグ。ガブがShojoを連れて、正恵とAiriのところにやってくる。
正恵とガブが見つめ合う。
Airi「ママ、Airiもう一回やりたい!」
正恵「じゃあ、もう一回やろう!」
 

 

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