2020/10/11(日)本気でマインドマップをつくった1日。効果抜群だがとてつもなく疲れたその理由。
今日もマインドマップをつくっていました。
気合を入れてつくりました。
なぜ、気合を入れてつくっているかというと、取り組むテーマの規模が違うからです。
いままでにも「noteをはじめよう」「年末の予定とその準備」「立ち上げた企画を形にするためのタスク洗い出し」などといった目的でマインドマップをつくってきたのですが、これらはいわば「局地戦」です。
今回は「いまの自分まるごと全部」を紙の上にダウンロードしてみようという「総力戦」を試みています。
A3の紙に1テーマずつ書き出しているのですが、最初の1枚を書いた時点で8つのテーマが浮かび上がってきたため、今回は最初の1枚+各テーマ8枚の9枚を書くことになりそうです。
以下が、8つのテーマです。
「仕事・社会貢献」
「お金・モノ・財産」
「時間」
「家庭・人間関係」
「生活」
「心身の健康」
「学び・教養」
「趣味」
今日は「最初の1枚」と「家庭・人間関係」について書きました。
その効果は抜群で、A3の紙に自分の「見取り図」が一目瞭然となりました。
しかし、誤算もありました。
「わかる」ということは「頭のなかがスッキリする」ということなため、書き終えたあとにもっと爽快感があるかと思っていたのですが、今回は「うわぁ……」という「しんどさ」のほうが先立っているのです。
紙の上に広がっているのはまさに「いまの自分まるごと全部」であり、過大評価も希望的観測も差し挟む余地のない、ありのままの「自分の見取り図」。
「いまの自分ってこんなものか……しょぼいなー」「これが現実かぁ……きっついなー」と、スッキリするどころかガッカリションボリ。どちらかというと、見ていて気が滅入るものに仕上がってしまいました。
マインドマップではなく「GTD」の収集プロセス(頭の中をとにかく書き出しまくる)をやったときは、すごくスッキリして元気になったのですが、今回は真逆です。モヤモヤしますし、ションボリします。
しかし、思い返してみると、GTDの収集プロセスというのは「やった気」にはなりますが「その後、書き出したことを実際にやるか」となると8割方手つかずになっていました。
「書きまくる」というのは脳が作業興奮状態、いわば「ライティング・ハイ」になるわけですが、書きまくったものが一覧できる状態になっていないと「我にかえる」というプロセスを無視して「書きっぱなし」にできてしまうわけです。
一方、マインドマップは「紙(画面)いっぱいに広がる色とりどりの図」という、嫌でも全貌が一覧できる形になっているため、我にかえりやすいんですね。
この「我にかえる」というプロセスにより「やる気だけある」「やった気になっているだけ」という状態から脱し、現状の確認と今後の展望を冷静に行うことができるわけです。
とはいえ、夢や理想は甘く、現実は苦い。
妄想の翼で空を飛ぶのは易きことですが、地に足つけて歩くのは骨が折れます。
しかし、現実の向こう側にしか未来はないわけで、いまの自分の現実の見取り図ができた暁には「この現実を踏まえたうえで、これからやりたいこと、そして、それを実現するためにやるべきことと、いまできること」が見えると信じています。
あと、最後になりますが、今回はマインドマップに本気で取り組んで見た結果、GTD(収集プロセス)でうまくいかなかった部分が見えてきた、ということを書きましたが、これはGTDが劣っているということではありません。
手法によって守備範囲が違うし、使っている人(ぼくのことです)によってやり方や得手不得手・巧拙があるというこうことです。
今回はそれを踏まえた上で、複数の手法を同時並行で行っているため、うまくいかなかった部分がわかった、というのは、今回に関しては「成功・成果」とみなしています。
やはり、実際に手をたくさん動かして、たくさん失敗してガッカリションボリするのが大事ですね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?