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サヨナラ シャンパーニュ⑤

「この世に純愛なんてあるのかしら」
グラスを置いて、絵莉はつぶやいた
「なければそんな言葉はできやしない」
「ないから、作られたんじゃないの?」
「言葉の成り立ちなど知ったところで意味は変わらない」
「それもそうね」

「不純だとしても愛は愛のままという事実もある」シャンパーニュはキールを口に含んだ。
「下半身で物事を考える男の愛なんてたかが知れてるわ」
「そうだな、彼の愛はアニマルとしてのものだろう」
「猿と一緒ってこと?」
「さて、色んな種類の動物がいる」と
シャンパーニュは笑いながら言った。

「私の傷を癒すのは時間だけのようね」
「お酒だって、君を手伝ってくれるさ」
「そうね、それにしてもお酒って種類がいっぱいね」
「酒の種類の数だけ、味の違いがある」
「まるで、多様性がある人間みたいね」
「いい例えだ、いつの時代だって多様性はある」
「色んな人間がいるわね、それを認めていくのが今の時代みたい」

「多様性なんて、人間が生まれる遥か前からあるものだ。今更認めるとかどういう問題ではない。」
「気づくのが遅いってこと?」
「恐竜だって、大きくて首が長いのがいれば、小さいけれど凶暴なやつだっている。」
「今の人権が叫ばれる時代には恐竜の多様性に気づかなかったみたいね」

「ゲイやレズ、バイセクシャルなんて1000年以上も前からいただろうに」
「トランスジェンダーは仲間外れ?」
「平安時代に性転換の技術があるなんて、授業で習ったか?」
「中国だったら、宦官みたいなのがいたかもしれないわ」
「彼らの意志があってのことだったらいいかもな」

「認めるのではなく、最初からあるものだとして受け入れるってこと?」
「まず、認めるという行為自体が良くないな、上司のハンコを待つプロジェクトではあるまいし」
「世の中の常識から外れただけで社会が認めないなんて理不尽よね」絵莉はキールを飲んだ。
「常識が正しいわけではない、ましてや個性を縛るものなんて非常識だ」彼もキールを飲んだ。
「正論ね」彼女のグラスは空になった。
「ちょうど、私も飲み干したところだ。」

「次は何を頼むの?」
「それでは、私の名前の由来となったシャンパーニュ地方のワインを一本空けようか」
「それはおいしうそうね、その前に席を一旦外していいかしら」
「もちろん、君はこの席に帰ってくれるならね」
「その時には、あなたにお礼を心から言うわ」
「心からじゃ、私の耳元には届かないな」
「君がなんというと、この席で待ってるよ」
「それは助かるわ、それじゃあ」と絵莉は席から離れた。

「それじゃ、マスタータカサキあのシャンパーニュを頼む」というとマスターはしゃがんで、シャンパーニュ産のワインをテーブルにのせた。
「今日は本当に特別な日だよ」
シャンパーニュは憂いを含んだ笑みで笑っていた。

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