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【前半】父親が嫌い、勉強も嫌い、人見知り!そんな人生から見つけた自分の天職とは

トマルバのパートナー紹介
京都市内に点在する町家の宿、宿ルKYOTO HANAREの田中健太郎さんから、お話を伺います。

英語に囲まれた環境

--ちょっと変わった経歴もあるようですが、今の職に至るまでの経緯をお聞かせください。

僕は兵庫県の田んぼがいっぱいあって映画館に行くにも電車で30分以上かかる田舎の生まれなんですけど、父親が英語教師だったので、小さい頃から家に外国人のお客様が頻繁に出入りする環境で育ちました。今考えたらある意味恵まれた環境だったんですが、父親が嫌い(泣)、勉強も嫌い(泣)、そして人見知りだから全然話せない子供でした。
でも物心ついた頃から父親への反発心で「父親を超えたい」と言うマインドが芽生えてきたので、高校に入るまではあまり勉強しない落ちこぼれでしたが、必死に勉強を頑張ってなんとか関関同立に進学しました。 父親の影響から外国人の方や海外への興味は持っていましたので、大学の専攻は国際関係を選んだつもりでしたが、実際は、地域コミュニティについてなどあまりグローバルな内容に触れる事がほとんどなく…(泣)
そんな中、何を目指していいかわからなくなり、休学して留学しようと決めて行動に移しました。周りのみんなも同じなのか留学やワーホリに行く人が多い学部でしたね。 オーストラリアに1年、現地の語学学校に通って一生懸命勉強したおかげで自身の英語力に自信がつきました。

単純な目標→実体験から導き出した自分の進むべき道

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--留学から帰ってきてから、語学力以外の変化はありましたか?

実は大学時代は、「就職してグローバルに活躍できる人間になってモテたい」しか頭になく(笑)
3回生の時に商社マンに憧れて英語力を高めたいと思い留学しましたが、実際就職活動をすると「商社はあんまり面白くないかも?」「やはり時代はI Tか!」と方向転換しました。
それで新卒で就職したのが東京にあるI Tのベンチャー。英語とは全く関係のない決済管理系BtoBの営業を担当していました。

--今とは全く違う分野ですね、そんな職業からなぜホテル業界に方向転換したんですか?

大学時代に留学から帰ってきて、英語力を落としたくないとアルバイトを始めたのがゲストハウスでの接客でした。あまりにも楽しすぎた結果、2軒掛け持ちでアルバイトをしていましたね。1軒は小さな一軒家に数部屋あるゲストハウスなんですが、全てをワンオペで回すので、運営に関する全てのことが自然と身につきました。
そこはワンオペなだけにあまりたくさんのシフトには入れなかったので、同時に別のゲストハウスでもアルバイトを始めたんです。大阪の中心部に新しくオープンする比較的大きなホステルで、これから色々と構築していくタイミングで入ったこともあり、バイトリーダーとしてBooking.comなどのOTAの登録からイベントの立案、運営全般においてやりたいことを任せてくれました。
前職に就職してからも、めちゃくちゃ楽しかったゲストハウスでのアルバイトの日々が忘れられず、楽しすぎた思い出が強すぎて結局この道に自然と戻って来ました。

--就職活動でホテルマンやそのままゲストハウスに残ることは考えなかったんですか?

実は卒業後に自分でやろう(経営から運営まで)と思っていたんです。民泊が流行っていた頃でもあり「ゲストハウスって簡単に儲けられるのでは?」という安易な考えもありましたが、「もう少し資金を貯めねば」と思い、まずは前職に入社しました。
しかし、副業として一緒に上京した大学の友人と東京で民泊を始めました。その友人は大学では一緒のサークルで、かつゲストハウスでも一緒に働いていていた気心のしれた親友、そしてすでにブロガーとして活動していました。彼も東京の繊維メーカーに就職をしたんですが、僕と一緒に副業で民泊を運営していました。 僕は運営が全てわかる、友人はブロガーとして文章力が長けており社交性があり僕が持っていないものを持っている。二人の力を合わせてairbnbブログをスタートしました。一時期はMAX5万PVくらいある時もありましたね。
彼が書くブログの発信力がずば抜けていたので、その分いい民泊用物件の話ももらったりもして、副業としてブログ収入と民泊の二本柱で結構稼げました。
副業を行う中で、大阪で旅館業をとれているゲストハウスの話がきたのもあり、大阪に戻ろうと1年で前職を退職しました。 ちょうど民泊に対しての規制が厳しくなってきていた時期でもあったので、僕はちゃんと営業許可があるゲストハウスをやりたかったのもあります。 自身も住みながらそのゲストハウス1軒を回しつつ、大阪の民泊の運営代行もやり始めました。でも....あれよあれよという間に、民泊規制で収入がほぼゼロになりました(笑)

--紆余曲折があったんですね。そんな中どんなきっかけがあってトマルバに入社したんですか?

大阪でゲストハウスをやっている時に当時のトマルバの役員に声をかけてもらったのが、トマルバに入るきっかけでした。 東京の会社員時代にその会社でやっていた交流会で知り合って、それからも情報交換したり交流は続いていたんです。ちょうどトマルバが京都に来たばかりで、町家の宿が出来るにあたりお客様対応やオペレーション回すスタッフを探しているんだけど、と声をかけてもらいました。実は詐欺師に騙されて150万円くらいなくなった時だったのもあり(苦笑)、お金を稼ぎたいし、京都の町家は楽しそうだし…とりあえず働かしてもらおうかなと。それで社長の芦野に面接してもらって、採用してもらいました。 当初トマルバの仕事は業務委託として週3、4日の勤務で、最近まで営業していた大阪の自分のゲストハウスもそのまま回していました。でもトマルバの仕事が楽しくなったので、入社後数ヶ月でフルタイムの正社員になりました。 それからもう二年半近く経ちますが、濃い毎日でしたね。

後半へ続く

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宿ルKYOTO HANARE/HANARE KYOTO/宿ルKYOTOなど様々なブランドのホテルを展開しております。 また、ホテルの運営事業のみではなく飲食店の運営事業、今までのホテル運営のノウハウを活かしホテル特化型SaaS事業など展開。
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