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EdTechが変える教育の未来

コロナ禍において学校が何か月も休校になり、オンライン授業というものが世間でも大きく取りざたされました。手前味噌になりますが、私が勤務している学校は全国的にもICT教育の先進校とされており、4月中にいち早くオンライン授業を導入して、平常授業とほぼそん色ない形で教育活動を進めてきました。

ちなみに、私は10数年前より板書をほぼしておりません。授業で使用する教材はすべてPowerpointやKeynoteなどのプレゼンテーションソフトで準備をしておき、映像や音声を駆使して、英語の授業を行っています。小テストなどもGoogle Formsで実施し、成績管理も他の教員とクラウド上で行っています。プリント類も数年前からすべてオンラインで共有し、印刷に割く時間も圧倒的に減りました。そんな感じなので、オンライン授業に移行したときも、普段やっている授業をZOOMを使った授業にバージョンチェンジしただけで、そこまで戸惑いはありませんでした。

このようなご時世なので、オンライン授業という言葉は誰もが耳にしたことがあると思いますが、EdTech(エドテック)という言葉はおそらくほとんどの人は聞いたことがないと思われます。EdTechとは文字通り、EducationとTechnologyを掛け合わせた言葉で、決して「江戸テック」ではありません(笑)エドテックは広義の意味で教育にテクノロジーを取り入れることを指し、スマホで見れるオンラインの映像授業や英会話教室等も含みます。加えて、上記のオンライン授業とも関連しますが、Learning Management System(LMS)と呼ばれる学習管理ソフト(Classi、ロイロノート、Google Classroom、スクールタクトなど)やKhan Academy、MOOCS(アメリカ)、スタディサプリなどの学習動画サイト、うちの子供たち(小学生)も使っているAIを利用したAdaptive Learning(学習者のレベルによって問題の難度が変わっていくタイプ)ソフト、など本当にいろいろなものがあります。

ここで一つ大事な点を明示しておきたいのですが、日本は欧米に比べて教育現場でのテクノロジーの導入が圧倒的に遅れています。私が常々「日本の教育は問題だらけ」と言っている一つの理由はこのICT教育の非普及率にあります。いまだに日本のほとんどの学校ではチョークに黒板という150年前と同じ方法で授業をしている先生たちがほとんどです。一方欧米はというと、私が20年前に現地の学校で教えていた時ですら、小学校低学年の授業でパソコンの授業があり、中学年になると家庭でパソコンを使って行う宿題が出ていました。ちなみに私の学校には多くの外国人教員がいますが、彼らはみな日本はテクノロジー先進国だと思ってきたのに、教育現場ではいまだにチョークと黒板で授業をしていることに驚いた、と口をそろえて言います。

常々思っていますが、日本の教育の大きな問題点は実社会との隔絶が激しいことです。昨今日本でもテクノロジーの波は社会を席巻しています。言うまでもなく、今の時代はインターネットが普及した情報化社会であり、新しいテクノロジーが社会を大きく動かす第4次産業革命の真っただ中にあります。日本も「Society 5.0」と銘打ち、AI, IoT, ブロックチェーンなどを基盤にした新しい社会を構築しようとしていますが、教育界はまだまだそこから取り残された状態です。

ちなみに↓はよく生徒に見せる動画です。

本書では、なぜエドテックが必要なのかを明示しながら、エドテックがもたらすものやその弊害などをわかりやすく教えてくれます。加えて、エドテック先進国であるアメリカをはじめとした海外のエドテックの事例を取り上げることで、今後日本が進めべき道を教示しています。

前述のとおり日本は間違いなくエドテック後進国です。お隣中国と比べてもかなり遅れを取っています。中国は国の急速な発展に伴い、2015年から医療、物流、金融などあらゆる産業とインターネットの連携を進める「インターネットプラス行動計画」という政策を国を挙げて進めています。その中にエドテックも含まれており、4兆円規模の予算が組まれています。教育にお金をかけない我が国とは大きな違いがあります。

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ただし、日本でも着実に現場レベルではエドテックが進んでいます。例えば5年前は私の勤務校のように生徒全員がタブレットを持っており、全教室にホワイトボード、プロジェクター、スピーカーが完備、Wifiが学校中に飛んでいる学校というのはほとんどなかったので、うちの学校のICT教育はかなり話題になっていましたが、今は都市部の私立校であれば上記のような設備は珍しくなくなりました。しかしながら、地方の学校や全国の公立校は国や地方自治体の予算によってICT教育の導入が委ねられるため、遅々としてテクノロジーの導入が進まないのが現状です。私の娘たちが通う公立の小学校では、国の緊急事態宣言以降完全に休校となり、それまで一度たりともオンラインの教育活動はありませんでした。大量の課題(紙)を投げて、「〇日までにやっておいてね!」というのはあまりにも無責任かつ情けないと思いました。(東京に次ぐ人口の多さを誇る政令指定都市なのですが、コロナ禍の子供への対応は地方と何ら変わりありませんでした・・・)

勘違いしてほしくないのですが、現場の先生を批判しているわけではありません。むしろ公立の先生方も試行錯誤しながらテクノロジーを現場に導入しようとしている先生がたくさんいますし、私自身そのような先生方をたくさん知っています。これは個人の問題ではなく、学校、地方自治体、そして国という組織の問題です。以下の記事は本当に悲しい内容ですが、日本の教育界の厳しい現状をよく表しています。

繰り返しになりますが、社会は驚くべきスピードで変化を続けています。日本の教育業界もこの変化についていくために教育のテクノロジー化を進めなければいけないのは自明の理です。

今年度より小学校でのプログラミング教育必修化もスタートしていますが、教える側の問題など課題は山積しています。プログラミング教育必修化の背景にはIT人材の不足が世界的な問題になっていることがあります。わが国でも「理系離れ」や「コンピュータ離れ」は大きな問題であり、このままだと2030年には最大79万人のIT人材が不足すると言われています。ただでさえ、世界の経済大国という地位を失いつつある中で、このままだと世界経済における存在感をますます失うことになってしまいます。そうならないためにも教育現場でのICTの活用が強く望まれます。

今回のコロナ禍は文科省が掲げる「GIGAスクール構想」を前倒しして、学校のIT化を進める絶好のチャンスだったのですが、とても日本らしいスピード感のない政策のせいで、結局体制に変化はありませんでした。私としては自分の学校だけが良ければなどという発想はみじんもなく、日本全国の学校で子供たちがより良い教育を受けてほしいと切に願っています。だからこそ、このGIGAスクール構想を絶対に実現してほしいと思っています。(予定では2023年までに子供一人にPC/タブレット1台ですが、特別予算を組んで、もっと早く実現してほしいです)

本書では最後に「10年後に必要とされる人材」について書かれています。これは私がnoteで言い続けていることなのですが、今の世の中は社会の前提が崩れ、過去の成功体験が通用しない産業構造に変化していっています。日本においては、人口減少、地域格差、超高齢化社会など様々な課題を同時に乗り越えていかなければならず、その解決のカギがデジタルテクノロジーを活用するSociety 5.0であり、その新しい仕組みを生み出す人材を教育現場が育成していかなくてはなりません。そのキーファクターが「チェンジ・メーカーの育成」と「テクノロジーの活用」です。

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今回のコロナ禍の中で我々教員に求められるものが変わってきたと言われています。学校という学ぶ「場所」がなくても、子供たちはICTを駆使して学ぶことが可能なことに世界中が気づいたのです。今までは先生は生徒たちに「教える」ことが仕事とされてきましたが、これからの学校教育では、「教える」こと自体をある程度ICTの力を借りることよってより効率的に行い、生徒に寄り添う「伴走者」「支援者」、または生徒たちの想像力・創造力を引き出す「ファシリテーター」のような役割が求められていきます。私自身もこの数年でそのような変化を実感していますし、『良い先生』のイメージが変わってきているのも感じます。

これからは「テクノロジーが得意なこと」「学校でしか学べないこと」「人間にしかできないこと」などをしっかりと区別し、学習者にとって最適なものを選んでそのモチベーションを高める存在になっていきたいと思います。

長文を最後まで読んでいただきありがとうございました(^^♪


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