怪獣をつかう者 1章 3-1

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3.

シャワー付きのネットカフェがあれば良かったのだが、あいにくそんな気の利いたものがあるような町ではなかった。国道と県道沿いをだいぶ迷走してから、結局はコンビニに入り、トイレで着替え、朝食を買って車の中で食べることになった。

伊東が何も持ってきていないので、神白は2セット持ってきていた着替えの片方を提供した。
自分の服を友達が着ている状況はあまり愉快ではない、とわかった。ことに、相手のほうが自分よりも着こなせている場合には。

伊東は先ほどから、片手でサンドイッチを食べながら、空いた手では神白から奪ったスマホをいじっていた。
ときどき彼は、神白の手に一瞬だけスマホを差し戻し、「パスコードを打て」とか「指紋認証しろ」とか、理不尽な命令を飛ばした。

「伊東君、自分のスマホは?」

「忘れてきた」伊東は短く言った。「まあともかく、どこかで寝ないとな。30分くらい走ればネカフェがありそうだけど。まだ運転できる?」

「正直もうきついです」
眠気が強すぎて、おにぎりが喉を通っていかない。

「軟弱者だなあ。ほんとに営業マンなの?」

「別に僕、営業がメインじゃないよ」

「僕が代わるよ」伊東は運転席を目で示して言った。

「伊東君、運転できるの?」

「うーん。得意じゃないけどね」

不安がいっぱいだったが、これ以上自分が運転するのはもっと不安なので、神白は素直に助手席に回った。
雨はほとんどやんで、空は三分の一ほどが晴れていた。この後、暑くなりそうだった。

「あ、フットブレーキ。最悪」伊東は運転席に着いた途端に文句を言った。

「ブレーキ? あ、パーキングのほう?」

「使いづらくない? 足踏み式って」

「あんまり感じないけど」

伊東はあれこれ文句を言いながらバックして路上に出た。
「秋田駅に出ちゃうよ。いいね。それとも他に行きたいところある?」

「寝られれば何でもいいです」神白はシートの背もたれを倒して目を閉じた。「今までのパターンなら2、3日は怪獣は出ないだろうから、適当に観光していようか」

「そんなに暇にはならないと思うよ」と伊東は言った。

「え、そう?」

「僕は今日中にはあの怪獣屋さんの根城を突き止めるつもりだよ」

「へえ」神白は目を閉じたまま考えた。「どうやって」

「僕のスマホを使う」

「忘れてきたんじゃなかったの?」

「それが重要な点だ」伊東はよく分からないことを言った。

車が走り出すと、振動が心地良くなって、神白はすぐに眠ってしまった。


目を覚ましたとき、車はどこかの立体駐車場に停まっていた。運転席に伊東の姿はなく、車内は静まり返っている。時刻を確かめたかったが、エンジンを切った車のディスプレイには何も表示されておらず、スマホも伊東に持ち去られていた。

シートの背もたれを起こしてみるが、その他にすることがない。車のキーが無いと、施錠できないのでここを離れられない。まあ、わざわざ荒らすほどの価値がある車でもないのだが。

窓枠にもたれてまた少しうとうとしていると、紙袋を抱えた伊東が戻ってきた。服を着替えている。

「起きてたの」伊東は運転席に戻り、紙袋を神白に押し付けてきた。
中には、伊東に貸した服が丁寧に畳まれて入っていた。
「これ、ありがとう」

「服買ったの? もうそんな時間?」

「11時」

「ごめん、寝すぎた」

「いいじゃないの」伊東は笑った。「君は謝ることが多くて大変だな」

「ここ、どこ?」

「秋田駅。ご飯食べようか」

「伊東君は、寝なくて大丈夫?」

「あとで昼寝するよ。今は目が冴えちゃって」

秋田駅の駅ビルはショッピングモールと複合になっていた。
土地の名物らしい、地鶏をつかった親子丼の店に入った。

伊東は漆塗りの小さいレンゲで勢いよく食べながら、左手でずっと、テーブルの上に置いたスマホをいじっていた。

「伊東君さあ、それが僕のスマホだってこと覚えてる?」

「ここでゴールではないかと思う」伊東は急にスマホの向きを変えて、神白のほうへ押しやった。

地図が表示されていた。
中央に緑色の丸いアイコンがある。

「これは何?」

「僕のスマホはここにある」伊東は地図を示した。「この場所を覚えていて。あとで、ここに乗り込もう」

「どういうこと?」

「あいつらの機材に僕のスマホを紛れ込ませてきた」伊東は平然とした顔で言った。「気付かれて電源を切られない限りは、こうして別なデバイスで追跡できる……これ、宮城県だよ。結局戻ることになるな」
伊東は地図に示されている県南の地名を指して言った。

神白はどういう反応を返せばいいのか数秒考えてしまった。

「あれ、理解できてない?」伊東は顔を上げてじっと神白を見つめた。

「……いや、随分と思い切ったことをするなと」

「まあこれくらいは常識だ」伊東はずるそうな笑みを浮かべた。

「常識って、スパイの?」

「やだな、置き忘れたスマホを追跡するのは犯罪じゃないだろう?」

「伊東君がこんな、……不埒な人だとは」

「お、難しい言葉を使ったね」伊東はレンゲを持ち上げて微笑んだ。「ね、これ美味しいね。神白が奢ってくれるの?」

「え、ああ、そのつもりだったけど」

「じゃあおかわりしてもいい?」

「え、足りないの?」神白はまだ半分は残っている自分の丼を見て、「こっちあげようか?」と言った。

食べかけじゃ嫌だと言われるかと思ったが、伊東は「あ、いいの?」と言って屈託無く受け取った。
どうやら本当にお腹が空いているらしかった。

「濡れたほうの服、どこかで乾かさないとね」神白は思い出して言った。

「もう乾かしたよ」伊東は食べながら言った。

「乾かした?」

「うん、途中のコインランドリーで。神白が爆睡してる間に。お前のその、靴もだよ」伊東はテーブルの下を見やって、神白の足元を示した。「靴用の乾燥機あったからさ。気づかなかった?」

また謝ってしまいそうになって、神白は言葉を選び直した。「……ありがとう」

「君さ、少し性格変わったよね」伊東は面白がるような目で言った。

「そうかな」

「なんか卑屈というか、自信なさそうな顔になったね。仕事よっぽどつらいんだ?」

「いや、そんなことはないよ。仕事のせいじゃなく」神白は、思い切って言った。「元カノなんだ。色々あって、だいぶ引きずってる」

「へえ」伊東は一瞬だけ笑ったが、すぐ真面目な顔になって、「何か、あったの」と聞いた。

「いや、うーん」
劇的なことは何も無かった。それがかえって悪かったのかもしれない。
「……まあ、相性が良くなかったんだよ」

「そりゃ、大抵はそうだろうね元カノなら。相性が良ければ別れてないよね」

「いつも怒られていた。最後のほうは、とにかく、全部のことで怒られてた。それで、さすがにおかしくない? と思って」

伊東は吹き出すように笑った。「ベタなことやってたんだねえ。面白い」

「面白くないって。おちょくるなよ。真剣にダメージが大きいんだよ」

「わかったよ」伊東は頷いた。

「伊東君はどうなのさ」と、神白は聞いた。

「どうって何が?」

「なんで別れちゃったの?」

「うーん、さあ、大した理由はない。飽きちゃったんじゃないかな」

イケメンの言うことは流石に違うな、と神白は思った。

「ひと通り、カップルで行くところ行き尽くしたら、することなくなっちゃったんだよね。向こうも飽きてるみたいだったから、もう飽きたよね? って聞いたら、うん飽きた、って。で、それっきり」

聞かなきゃよかった、と神白は思った。価値観が違いすぎる。なんでこんな奴と友達なんだろう。

「あ、すごい、いま軽蔑の目を感じた」伊東は笑った。「そのあともうひとり、一瞬いたんだけど、そっちは修羅場だったよ。聞きたければそのうち話すね」

「あ、当分いいです」と、神白は言った。
修羅場ってなんだ。絶対に聞きたくない。

そのとき、スマホの画面上部に通知が入った。
<有名人みたいだな?>
という文字が見えた。

(つづく)


→次回

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アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。

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