怪獣をつかう者 2章-3

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【登場人(?)物紹介】
神白 明 (25):イベント運営の会社に勤める。現在は休暇中。じっとしていられないタイプ。
伊東 龍一 (21):大学生。偏差値と顔面偏差値は高い。口は悪い。基本的に、神白の誘いは断らない。
谷中先生:伊東の指導教官。情に厚いマッドサイエンティスト。
怪獣:さいきん東北地方によく出現する3D映像の怪獣。SNS上でカルト的な人気を集め、『チェイサー』と呼ばれる追っかけファンが生まれている。


3.


「これ知ってる。こないだ『白石』に出たやつだろう」と、谷中は言った。

「昨日、秋田だったんです。僕たちそれ見てきたんです」伊東は言った。

「え、ほんと? ずるい!」谷中は半笑いで叫んだ。「俺も見に行きたいのに。ずるくない? なんで勝手に行ってるの。俺も誘ってよ」

「あんなもの見てどうするんですか?」

「どうするも何もないよ。崇めるんだよ」

「はあ。ああいうのはやっぱり『神』なんですかね……」

「うん、だって山の中に出るんだろう」谷中は本気とも冗談ともつかない口調で、「山の神なんじゃない? なんだっけ、『もののけ姫』に出てくる、デ……デイ……なんだっけ。なんかでっかいやつ

「なんでもいいですよ」伊東は冷たく返した。「探し物は見つかったんですか? 何探してたんです?」

「だから、レーザーポインタだって」と谷中は言った。「伊東君知らない? 緑色の」

「さあ。この部屋で使ってたのは赤いやつだと思いますが」

「やだなあ、ほんと、どこなんだろう。あれ、高いのに。……ともかく、これ、神白君」
谷中は茶色い紙袋のようなものを差し出した。持ち手のない、簡素な袋だ。しかも、だいぶ皺ができていた。
「神白君が何が好きか分からないから、迷ったんだけど。ずっと、会ったらお礼を渡そうと思ってたんだ」

「そんな、申し訳ないです」神白は紙袋を受け取りながら、思わず頭を下げた。

「あ、100円」と、伊東が横からすかさず言った。「今、謝ったね?」

「ちょっと君、うるさいよ」
神白は言い返しながら、紙袋の中を覗いた。何か小さな模型のようなものが入っていた。
取り出すと、手のひらに乗るほどのサイズの、タイプライターだった。
文字のボタンが「Y」「N」「?」の3つだけ。

「これね、ほんとに打てるよ」谷中は言った。「レシートか何か、小さい紙をここに入れて。ちゃんと紙送りもするんだ。芸が細かいだろう。……ごめんね、俺の趣味で。ほんとは無難に食べ物とかにしたかったんだけど、いつ会えるか分からないしさ」

「いえ……ありがとうございます」
神白は手の中の小さな機械から目を離せず、ほとんど生返事のような言い方をしてしまった。

「これどうしたんです?」伊東が聞いた。

「ドイツのお土産」

「ドイツ? いつの間に……ていうか、いいなそれ」伊東はけっこう羨ましそうな声で言った。「ねえ、もし興味無いんなら僕が欲しい」

「いや、僕のだ」神白は微笑んで言った。「あげないよ」

「何か打ってみようよ」伊東は財布を出した。「レシートって言っても……入るのと入らないのがありそうだな」

「僕のだよ」神白はおもちゃを紙袋に戻した。

「え、何だよ、独り占め?」

「貸さない」

「ガキかよ」

「気に入ってくれたんなら良かった」谷中は笑って言った。

「ありがとうございます」神白はもう一度言った。

「あとさ伊東君」谷中は急に口調を変えて、「研修の課題なんだけど、候補出した?」

「出しましたよ。小野さんに」

「小野君のところで止まってるな。俺にも転送して」

「わかりました」

「どれにしたいの? 自分では」

「短ければ何でもいいです」

「じゃあ一番長いのにしとくわ」

「はい」伊東は苦笑いを返した。

「とにかく送って。小野君を待ってるとキリがない」

「わかりました」

「レーザーポインタ、もし見つけたら教えてね。じゃ、神白君、ゆっくりしてってね」谷中は忙しない足取りでまた部屋を出て行った。

伊東は谷中の姿が完全に見えなくなるのを見届けてから、短く強い溜息をついた。

「忙しそうだね。こんなことしてる場合なの?」神白は画面の怪獣を見やって言った。

「いや、全然、暇なほうだよ。それに、課題が溜まってるときほど、積極的にサボらないとな」

「ちょっとさ、僕が連れ回したせいで君が留年したら先生に申し訳が立たないんだけど」

「え、そしたらまた1年遊べるよ?」伊東はニヤニヤ笑った。「細かいこと気にすんな。大抵の課題は前の日の夜に始めれば十分だよ」

「ほんとにしっかりしてくださいよ。僕みたいな大人になりたくないでしょう?」

「ええ?」伊東は笑った。「お前みたいな大人ってなんだよ。どうやったらなれるの? ていうか、お前は自分が大人だと思ってるんだ? 自己評価高いなあ」

「伊東君……、」

「ごめん、言い過ぎた」伊東は後ろの壁の時計を振り返った。「ここには長居したくないな。先輩たちが来るとウザい。どっか移動しよう」

「どっか、って?」

「そうだ、一応、ゴジラだった場合のことを考えて、TSUTAYAに行っとこうか。どこか、8時から開いてるところあったはず……」

「ゴジラだった場合って何」

「怪獣映画の一部をトレースして上映してる可能性だよ。なんか権利関係が面倒くさくなりそうだけど、あり得ないとは言い切れないし」

「うん……あ、つまり、TSUTAYAまで運転しろってこと?」

「うん。駄目?」

「いいけどさ……」

建物を出ると、先ほどよりも明らかに気温が上がっていた。来た道を引き返し、車に戻るまでの間に、汗だくになってしまった。

伊東は助手席に乗り込むと、怪獣の絵と一緒に持ち帰ってきた英語の教材のほうを開いた。

「勉強?」神白はエンジンをかけながら聞いた。

「ああ。まあ、これは急ぎではないんだけど」

「勉強に急ぎとか急ぎでないとかあるの」

「そりゃ、あるよ。それぞれ締切が違うし、分量も違うし」

「うーん、仕事と同じか」

最寄り、と言っても車で15分ほどは離れた地区に、早朝営業をしているレンタルショップがあった。駐車場には「旧作ずっと100円」の旗が立てられ、8時を回ったばかりなのに結構な数の客が入っていた。若者が多い。ほとんどは大学生か、高校生に見えた。

「思ったより沢山あるな」伊東は特撮映画のコーナーまで来ると、考え込むような顔で首を傾げた。

「借りたところで、どこで観るの」と、神白は聞いた。「僕の車はDVDかからないよ」

「そもそも観てる暇もないし。やるとしたら、誰かに外注する」

「外注?」

「僕たちで借りて、誰かに丸投げしてチェックしてもらうんだ。左足に傷のある怪獣が出てくる場面が無いかどうか」

「え、そんなこと引き受けてくれる人、いる?」

「清水先輩は乗ってくれると思うな。ただ、ちょっと本数が多すぎて、清水先輩ひとりじゃ回らなそうだ」

「そもそも、もはやゴジラとは限らないよね、それを言い出したら。なんかそれっぽい生き物が出てくる映画を全部、ってことになるよね」

「だよなあ。ああ、こういうのこそAIで全部チェックできたらいいのに」

結局何も借りず、車に戻った。

「ゴジラ、今も新作上映してるよね」神白はふと思い出して言った。

「え、ほんと? まだ作ってるんだ」

「アメリカ版。の、何作目だったか」

「あんなの何がウケるんだろうね」と、伊東は言った。「アメリカ人にとって何が面白いのかな?」

「別に、なに人でも関係なくない?」

「いやいや、あるよ。あれはすごく日本人的な題材だよ」

エンジンをかけてから、神白は時計を見て計算した。「今から行っても開園までだいぶ待つよ。どこか、モーニングやってる店でも探して、お茶でも飲む?」

「金がもったいない」と、伊東は意外にも現実的なことを言った。「いいよ、ここで時間を潰そう。僕は勉強してる。君はYouTubeで古いゴジラでも見てるといい」

それから30分間、エンジンをかけっぱなしの車内でエアコンの風を浴びながら、神白はスマホで漫画を読んだ。隣の席で、伊東はずっと英語の勉強をしていた。教科書風に見えるその本に、伊東は当たり前のようにボールペンであれこれびっしりと書き込んでいた。和訳を書いているのかと思ったが、よく見るとそうでもないようで、滑らかな筆記体で英単語や文章のようなものを書き込んだり、そこから矢印を引いて「あとでしらべる」と書いたりしている。

本は分厚く、偏った位置に折り癖がついていて開きづらそうだった。机の代わりとなるものも無いので、伊東は膝の上にそれを置いて左手で押し付けるように広げ、斜めに見下ろすような妙な姿勢で読みながら、書いていた。

車を停めた方向が悪く、伊東の座る助手席側だけに強い日差しが差し込んでいる。額に汗が浮かび、今にも雫となって落ちて行きそうになっていたが、彼は自分ではまったく気づかないようだった。

席を代わろうか、と声を掛けようとして、神白はためらってしまった。こういうときの彼は不思議な表情をしている。嬉しそう、楽しそうといった様子は欠片も無くて、どちらかといえば、すごく悲惨なものか、もしくは、遠く寂しいものを眺めるような顔をしている。ここには無いものを見ている。だから、そういうときに話しかけるのは、熟睡しているところを起こすような後ろめたさがあった。

「何?」伊東は急に普段の表情を取り戻しながら、振り向いた。

「いや、暑くない?」神白はすこしほっとしたような気持ちで、言った。「そっちの席だけ暑そうだよ。代わろうか」

「別にいいよ」伊東はまた、本に目を戻した。

「好きだねえ」と、神白は言った。

「……ん、あ、何?」伊東は遅れて顔をまた上げた。

「いや、ごめん。邪魔した」

「100円ね」伊東は本に目を戻して言った。

神白は黙って車を降りた。レンタルショップの入口脇に自販機が数台並んでいた。そこで飲み物を2本買い、引き返す。それだけでまた全身がだるくなるほど熱くなってしまい、汗が流れ落ちた。

どう考えても、生半可な夏ではない。こんなふうに朝の早い時間帯から激しい熱気に襲われるようなことは、この地方ではほとんどあり得なかった。いつも、畑を見ながら祖父が心配していることといえば、「夏が寒くないかどうか」だ。そんな土地だ。

車に戻ると、伊東はスマホを見ていた。神白は黙ってスポーツドリンクの片方を渡した。
伊東も黙って受け取り、開けて一口飲んでから「あのさ、予定を変えていい?」と言った。

「え?」

「動物園と水族館、無しにしよう。飽きた」

「は?」

「福島へ行きたい」

「福島? さっきも言ったね。何かあるの?」

「無いけど、海でも見たいな」

「そう? 海なら、別に福島じゃなくても……」

「とにかくもうここは飽きた。考えてみたら、せっかくの長期休みなのに、なんで地元をうろうろしなきゃいけないの。どうせなら北海道とか沖縄に行きたいよ」

神白は笑えばいいのかどうか、迷ってしまった。

伊東はすごく真剣な目で、神白をじっと見すえた。「僕が、運転するよ。もう疲れただろ」

「いや……まだ大丈夫だよ。ただ……」神白は必死で頭を巡らせたが、伊東の唐突な心変わりのきっかけがどこにあるのか、まったく思い当たらなかった。
それに、「なぜ」と気軽に聞ける雰囲気でもない。伊東は少しも笑っていなかった。
かといって、機嫌を損ねたという様子でもなく、どちらかといえば伊東自身が何か不安を含んだ目をしていた。

「動物園は、もういいの」一応、神白は形だけ尋ねた。

「うん」伊東は短く言った。「ごめん。もういいや。飽きた」

「怪獣は? もし、今夜また秋田だったら、福島から間に合うかどうかわからないよ」

「あ、じゃあ、秋田でもいいよ。日本海を見ようか」

「いや、秋田という保証もないよ。何がしたいの?」

「うん」伊東はまったくの無表情になって首を傾げ、窓の外を見た。「とにかく、遠くへ行きたい」

「遠く、ねえ……」

神白はどちらかといえば、無駄に動き回りたくはなかった。予算が限られているからだ。だいたい、この調子ではどこに向かったところで、また「もういいや。帰りたい」とか言われかねない。

「じゃあ、秋田にしようか」神白は少し考えてから言った。「あの人たちは事前に会場の確認をしてると言ったね。だから結局は、秋田で何ヶ所か上映場所をピックアップしてるはずだ。もう何回かは秋田での上映があるんじゃないかと思う」

「そうだね。じゃあそれで」と、伊東は言った。

「伊東君、一応、聞くけどさ」神白は発進して、道路に出てから口を開いた。
「僕を……」
試してないよね、と聞きそうになって、神白は言葉を飲み込んだ。

そんなことを聞いてどうなる?

もし伊東がわざと無理難題を繰り返してこちらを試すつもりなら、それを指摘したところでまともな返答はしないだろう。
それに、単に何か理由があって「遠くへ行きたく」なっただけだとしたら、妙な勘繰りをされるのはやはり腹立たしいはずだ。

「何?」と、伊東は聞き返した。

「……伊東君はさ、なんで机にヤマザキパンのシール集めてるの?」

「ああ」伊東は笑った。「あれは先輩たちが勝手に貼るんだよ。研究室全員で貼ってくから、凄い勢いで集まるよ」

「え、何それ。後輩いじり?」

「ああ、イジリなのかなあ?」伊東は笑いながら首を傾げた。「いや、単に面白いからみんなで集めてるだけだと思うよ」

「だってそれなら伊東君の机である必要ないでしょ。僕なら、隣の席に全部貼り直してやるけど」

「え、そしたら隣の先輩は『いいの? くれるのこれ?』って言うだけだと思うな。あ、逆隣の人は滅多に研究室に来ないから、いない間にシール貼りまくったら確かにいじめっぽいな。そういう意味じゃ、一応相手は選んでるわけか」

「ノリがわからんなあ……君が気にしてないんなら、それでいいんだろうけど」

「気にするも何も、僕も率先して貼ってるし。結局、皿とは交換しないんだけどね」

「うん……やっぱり変わってますね」

伊東が神白自身に対して何か屈託がある様子ではなかったので、ひとまず神白はほっとした。

市街地の混雑を避けながら国道へ出るルートを、素早く考える。一昨日に来たときは夜中だったから、どこを通ってもスムーズだったが、この時間帯だとそうは行かない。
「まさか二往復することになるとは」神白は思わず呟いた。

「ごめん。手間とらせたね」伊東はごく普通に、真面目な調子で言った。「運転、替わるから」

「君の運転は不安なんだよ」神白は言い返した。「あとさ、君が謝った場合は僕が100円取り返せるんだよね」

「違うよ。そんなルールないよ」

「なんで。おかしくない?」

「神白、お前もう7回謝ってるからな。前払い分はあと3回だ」

「数えてるの。馬鹿じゃないの?」

「うーん。馬鹿に言われると殊更に腹立つなあ」

「机にパンのシール貼ってる人に言われたくないんですが」

まもなく、渋滞に捕まってしまった。
けれども、気にはならなかった。結局のところ、夏休みがまだ続いている。

神白にとってはそのことが何よりも重要だった。


(つづく)


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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。

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