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ゾンビつかいの弟子 8(最終)章-3

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関連リンク: 8章-1 8章-2  8章-4 エピローグ


3.

新幹線の駅まで戻ったときには、昼時はとっくに過ぎていた。
駅ビルに入っているよくわからない名前のハンバーガー屋で、僕はほぼ2人前ぶんのメニューを頼んだ。
谷中先生はバニラシェイクしか頼まなかった。

「よく食うな」谷中先生はちびちびとシェイクをすすりながら、僕を眺めた。

未成年ですから」と、僕は言った。

「そうだよな。ごめんな」谷中先生はすごく真面目な口調で言った。「ごめんな」

「あいつに向かって何を話しかけたんです?」僕は聞いた。

「わからん」と、谷中先生は言った。

「わからん?」

「俺は意味を知らないんだ。意味を知らせないでほしいと頼んだ。ブラジルにいる友達に、ポルトガル語で聖書の有名な部分を朗読して、送ってくれって頼んだ。なるべく有名な部分を拾って、2分くらいで、と頼んだ。で、俺はそれを丸暗記してきた。意味は知らん。知ってて言ってたら罰当たりだろう?」

「罰当たりの基準がよくわかりませんけど。……じゃあ、きっとかれはキリスト教徒だったんでしょうね」

「まあその可能性がいちばん高いと思った。それに、このアプローチが最も有効だと結論した。つまり、俺みたいな不信心ものにとっては『ロボットが喋った』ということに過ぎないが、キリスト教の信者にとってはこれはもっと重大な意味を持つ。かれは聖書の言葉を聞いて、俺の言葉を継いで暗唱してみせた。キリスト教徒だ。そしてキリスト教徒だということは、すなわち、人間だということなんだ。これは理屈でなく、彼らの教義に照らし合わせたとき、そうでなければならない」

「科学者の世界でも、ですか?」

「科学者は熱心な宗教家であることが多いよ」

「先生は違いますよね」

「もちろん俺はゴリゴリの仏教徒だよ。しかも葬式のときにしか寺に行かないタイプの。だから意味なんか知りたくない。しかし意味の知れない文章を丸暗記するのは苦行だったな。この歳になるとこういうのは本当にキツイんだ。赤ちゃんなら3日で覚えるのに」

また、大袈裟なこと言っている。
僕は無言でポテトの残りを口に詰め込んだ。

「俺たちの研究は終わりだな」谷中先生は言った。「連中がどう出るにしろ、少なくとも俺たちは外されるな。て言うより、そもそも、これが公になって世間が騒げば、プロジェクト自体がまもなく中止だろうけども」

「じゃ、ゼミもこれで終わりですか。前回のが最後だったんですね」

「いや、来週からAIのほうでやるから」谷中先生は当然のように言った。「伊東君、来週も来てくれるだろ?」

冗談じゃない、と言いたかったが、谷中先生の目は至極真面目で、僕を真っ直ぐに見つめていた。

「……余力があれば、うかがいます」と、僕は言った。

谷中先生は笑った。それから、ふと店の入口のほうに目を移して、「おお」と片手をあげた。「来たか」

30代半ばほどと見える精悍な顔立ちの男が、大股で近付いてきた。
「痩せ過ぎじゃない?」と、彼は谷中先生に向かって叫んだ。「別人じゃないの! 普通の体型になってる!」

「おい、もう少し違う褒め方ないのかよ」谷中先生は苦笑して、「伊東君、こちら俺の友達の倉川だ。生体ロボットの寿命を測ってる先生」

谷中先生の友人にしては、若過ぎるように見えた。
それに、背が高く筋肉質で、健康的に日焼けしている。研究者というより、テニスかゴルフの選手とでも言ったほうが通りそうな風貌だ。服装もそんな感じに近い。

「谷中センセイ、なんでこんな若い人を連れてるんだ?」倉川は勢いよく僕の隣に座った。

「俺が連れてきたんじゃない」と、谷中先生は言った。

「勝手に付いてきたって言うのか? そんな無責任な話は無いだろう。え、じゃあ、さっきの動画に入ってた男の子の声は君なのか」
倉川は振り向いて僕を見た。

「動画?」

「これ」倉川はスマホを出して画面を操作し、僕に見せた。

『57』が映っていた。

「メールで貰ったよ。うっかり電車の中で開けちゃったじゃん? 絶対、周りの人にも見られたよ。ドン引きだよ、ほんと、こんなのよく撮れたなあ」

僕は思わず目を逸らして飲み物を取った。

『57』はあの後どうなったのだろう。どうなるのだろうか。

かれの目には、谷中先生と僕こそが、人の言葉を話す化け物に見えたに違いない。

「あ、ごめん」倉川はスマホの画面スイッチを切った。「食べてるときに見たいもんじゃなかったな」

「食べていない時も同じです」と、僕は言った。「谷中先生は前は太っていたんですか?」

「ああ! 知らないの?」

「僕、学部1年です」

「あ、なんだ、道理で。若いと思った。いや、なに、言っていいの、これは」倉川は朗らかに笑って谷中先生を見た。「この先生、もともと100キロ超えてたんだよ?」

「100は超えてない」谷中先生はすぐに言い返した。「あれは体調が悪かったときだけ」

「まず普通の人は体調が悪いときに太らないんだよ」倉川はそれから谷中先生の手元のシェイクを指して、「まさか、昼それだけ?」

「今日はもう十分、胃を酷使したよ」と、谷中先生は言った。

「このひと、カメラを飲んだんですよ」と、僕は倉川に言った。

「は? なに、胃カメラ?」

「ちげえよ」谷中先生は笑った。

「その動画を撮ったカメラです」僕は倉川がテーブルの上に置いたスマホを示した。「身体検査が厳しくて。胃の中に入れたもの以外は全部没収されたんです」

「刑務所か」倉川は芸人みたいなテンポで突っ込んだ。「谷中センセイ、何やってんすか。え、じゃあ何、結局、対立しちゃったんだ? この動画は隠し撮りなのね?」

「まあ色々ひどかった」と、谷中先生は言った。「俺は今後あそこに出禁なのは間違いない。本当にひどかった。権力を甘く見た。しかし肩の荷が下りたよ。2度とあそこに行かなくて済むなんて、感慨深いなあ」

「いやいや、まだこれからなんじゃないんすか?」倉川はニヤニヤ笑った。「こういうのって、後始末が長いものだよ。ひと仕事終えた気でいないほうがいいよ、センセイ」

「君が言うと重みが違うな」谷中先生は苦々しく言いながらストローをくわえた。

それからしばらく、ふたりは僕には意味不明な専門用語を交わしながら互いの研究生活の愚痴などを語り合っていた。

「これ、俺、なんか食わないと駄目だよな」倉川はふと、カウンターのほうを振り返って言った。

「別にいいんじゃないの?」と谷中先生は言った。

「いや、まあ、タダ乗りは行儀がよろしくない。君、伊東君、まだ何か食べる?」

「じゃあ、ナゲットを」と、僕は言った。

「若いなあ。よく食うなあ」と、谷中先生が言った。

倉川はナゲットの箱を3つ買って戻って来た。
「ひとり1個ずつね。これはノルマだからな、センセイ」倉川は谷中先生の前にもひとつ無理やり置いた。

「うーむ」谷中先生は嬉しくなさそうな顔で蓋を持ち上げ、凄くゆっくりとナゲットを取って、一口食べた。

僕と倉川が全部食べ終わっても、谷中先生はまだ一口目を飲み込んでいないようだった。

「嫌だな、ほんとに線が細いんだからさ、センセイは」倉川は笑った。「激太りと激ヤセを繰り返すわけだ。ストレスに弱いと体重が一定しないんだよ」

「うん」谷中先生は、見ているこちらが気分悪くなるほど嫌な顔をして、やっと口の中のものを飲み込んだ。「だってさ、あいつ喋ったんだぜ? 俺に話し掛けてきたんだぜ?」

「いいじゃんか、羨ましい」と、倉川は言った。「話し掛けられてみたいよ。あいつらと話せたらって、何度思ったか」

「てめえみたいな変態じゃないんだよ、こっちは」

「おい、なんだよセンセイ、センセイの実験のほうがよっぽどじゃないかよ」
倉川は笑いながら、急に僕を見て、
「俺が何してるか知ってる? 君。センセイに聞いた?」

「生体ロボットの寿命を測ってると……」

「測ってる? まあ、それは結果論だよ」倉川はスマホを取って、写真のフォルダを僕に見せた。

「おい、伊東君に何を見せる気だ?」谷中先生が嫌そうな顔で言った。

「別にそんな怖くはないよ。あいつらシャイだからアップで写らないしな」
倉川は僕に画面を見せながら、次々とスライドさせて写真を切り替えて行った。
「ほら。見えてる? わかる?」

それは一見、どこか山の中の、牧場かキャンプ用の広場を写したような、風景写真に見えた。芝生の広がる丘の向こうの、森の入口。写真ごとに、角度が変わるが、それは大体いつも同じ森の前の、同じ広場を写していた。
写真が切り替わるにつれ、少しずつ季節が遡っていく。梅雨。新緑。桜。雪解け……
ほとんどの写真に、だれかが写っていた。かなり離れた場所に、背を向けて佇んでいる。あるいは座り込んでいたり、空を振り仰いでいたり、木や草むらの陰に入ってこちらを窺っていたりした。

「これ……ロボット、ですか?」と、僕は聞いた。

「うん。古いタイプだな。俺はこの野っぱらの手前側に住んでる。野っぱらの手前側が俺の陣地で、向こう側、この森があいつらの陣地だ。野っぱらは停戦地帯だ。ここはお互い、気が向けば入ってもいいし、もし出会っても互いにやり合わない。そういう約束だ」

「約束って……かれらと、ですか?」

「以心伝心だ。長く近くに住めばわかる。俺が何をしたいかかれらは知ってる。かれらがどうする気なのかも、俺にはわかる」

「共存している、ということですか」

「なんと言えばいいのかな。よく分からん。止む無く殺すこともある。お互いにな。俺は今んとこ負け知らずだから、死んでないけど」

「伊東君、そいつはゴリラだから」と、谷中先生が言った。「人語を解するケダモノだから、話を真に受けないでよろしい」

「話したなんて羨ましすぎるぜ」倉川は写真を繰りながら不思議な笑みを浮かべていた。「あいつら何て言ってたんだよ? 何を話したんだよ?」

「聖書を暗唱したそうです」と、僕は言った。

「セイショをアンショウ? ああ、バイブルか。そうか、昔のことを覚えてるんだなあ。そうだろうな。可哀想になあ……」

「かれらは大脳を破壊されているのに、なぜ喋れるんでしょう?」

「伊東君、脳はフレキシブルなんだよ」と、倉川は言った。「特定の場所だけ選択的にオンオフなどできないんだ。生き物は、というか、自然界というものは皆、そうなっている」

「倉川先生は怖くないんですか?」と、僕は聞いた。

「怖い? あいつらがか? あまりそう感じたことはないなあ。だって結局のところ、俺たちだってああして最後は死ぬんだ。苦しんでバタバタ暴れて死ぬだろ。話すことも考えることもできなくなって、訳わかんないまま死んでいくんだ。かれらはそのプロセスが極端に長いということに過ぎない。だから、人が死んでいくところを見るのが怖いかっていう質問だよな、それは。俺は、辛いとは思うが、怖くはないよ。あいつらを作り出して利用しようとした人間のことは、心底怖いと思うけど」

「……何人、いるんですか」まだ延々と続くらしい写真のコレクションを見ながら、僕は聞いた。

「今、生存確認できているのは17人だ」倉川はいったん、写真を遡るのをやめて、今までよりも少しゆっくりのペースで反対向きに、つまり、時系列順に繰り始めた。

「これが『不穏』」倉川は背を向けて森の入口に立っているかれの写真を示して言った。それから一枚一枚、写真を送りながら、「……かれが、『無謀』。こっちが、『拒絶』。……このひとは『病的』だ。病的は先月、寿命を迎えた」

「それ、名前ですか?」

「ああ。ごめんな、キラキラネームにしてるんだ。人間の名前と被ってると、申し訳ないんでね」

申し訳ないって、どちらに対してのことなのだろう。

「いずれ全滅するんですね」と、僕は言った。「何もしなくても……あと3年以内に」

「そうだな。まあ特に、政府が確保してるやつは2年と持たんだろうな。かれらは飯が食えないから、『電池切れ』になったときが寿命だ。働かせれば当然、電池の減りは早くなる。死因としては、餓死に近い」

「じゃあ収容センターで寝ているものがいちばん長生きするんですか」

「ああ、ベッドに縛り付けてるやつな? あんなの論外だよ」倉川はあっさりと言った。「たぶんもうそろそろ限界はくるはずだ。相当、気を使って管理しても、絶対に褥瘡ができる。床擦れで肉が腐るんだ。そこから感染症を起こして、病死するはずだ」

初めから、すべてが無茶なことだったというわけか。
いや、つまり、これは敵方に対するパフォーマンスなのだろう。これ以上この国に生体ロボットを送らせないために、「全部を捕まえてこちらの持駒にできる」という、見せしめをしたということだ。

「ここにいるロボットたちは、遠隔でクラッキングをされて急にまたテロを起こしたりはしないですか」僕は倉川のスマホを見ながら聞いた。

「それも多分ないだろうな。初期型はもう全部、埋め込まれたパーツが劣化していて、プログラムの書換えは無理なんだ。錆びてしまってる、ってことだな。血の通った身体に異物を埋め込むってのはなかなか繊細な技術なんだ。普通にしてるとあっという間に腐食されるか、さもなければ剥がれ落ちてしまう。それが血液の重要な役割、免疫というやつだからな」

「伊東君、」谷中先生が、ナゲットの箱を僕のほうへ押した。「あげるわ。もう無理」

「いいんですか。いただきます」僕は冷め切った肉を箱から取った。

「谷中センセイ、まだダイエットする気なの?」倉川は茶化すような口調で言った。

「と言うか、俺こそ、このあと餓死するかもしれん。今日、朝から実質何も食ってないけど、夕飯も食べられる気がしない」

「断食は癖になるからな。気をつけたほうがいいよ、センセイ。真面目に食べる努力したほうがいいよ? 奥さんは協力してくれないの?」

「奥さん? ああ、まあ、黙ってご飯出すだけだな。リクエストなどは受け付けない」

「先生、奥さんいるんですか」僕はナゲットをどんどん食べながら、「じゃ、こんなことしてる場合なんですか? 奥さんに怒られません?」

「言うねえ、君は」谷中先生はニヤニヤ笑った。

「T大生って感じだな」と、倉川も笑った。「将来が楽しみだ。いいですねえ、センセイ。毎年毎年、フレッシュな若者を誑かしては……」

「誑かしてはないぞ」

「教え子を持てるというのは羨ましいな。日々、刺激があるだろう?」

「まあ刺激には事欠かないな」と、谷中先生は言った。

それはこっちのセリフだ、と、僕は思った。



→8章-4 


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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。
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