怪獣をつかう者 画像版オリジナルシーン(Bルート)まとめ

画像版121話~155話のまとめです。画像版オリジナルシーンは134話あたりから。(リンクをつなげる都合上、この記事には121話から収録してます)
テキスト版ではTSUTAYAの駐車場にいたふたりが予定変更し秋田へ出発しているのに対し(Aルート)、画像版オリジナルでは予定通り動物園へ行き、その後、青森を目指して出発(Bルート)。どちらにしろその日の午後に「秋田で怪獣が見られる」という情報が入り、3章の冒頭へ繋がります。
Bルートのほう、繋ぎ方が若干乱暴ですが、まあ、後で直すかも、直さないかも。


2章-2-2 から続くシーン)

3.

「これ知ってる。こないだ『白石』に出たやつだろう」と、谷中は言った。

「昨日、秋田だったんです。僕たちそれ見てきたんです」伊東は言った。

「え、ほんと? ずるい!」谷中は半笑いで叫んだ。「俺も見に行きたいのに。ずるくない? なんで勝手に行ってるの。俺も誘ってよ」

「あんなもの見てどうするんですか?」

「どうするも何もないよ。崇めるんだよ」

「はあ。ああいうのはやっぱり『神』なんですかね……」

「うん、だって山の中に出るんだろう」谷中は本気とも冗談ともつかない口調で、「山の神なんじゃない? なんだっけ、『もののけ姫』に出てくる、デ……デイ……なんだっけ。なんかでっかいやつ

「なんでもいいですよ」伊東は冷たく返した。「探し物は見つかったんですか? 何探してたんです?」

「だから、レーザーポインタだって」と谷中は言った。「伊東君知らない? 緑色の」

「さあ。この部屋で使ってたのは赤いやつだと思いますが」

「やだなあ、ほんと、どこなんだろう。あれ、高いのに。……ともかく、これ、神白君」
谷中は茶色い紙袋のようなものを差し出した。持ち手のない、簡素な袋だ。しかも、だいぶ皺ができていた。
「神白君が何が好きか分からないから、迷ったんだけど。ずっと、会ったらお礼を渡そうと思ってたんだ」

「そんな、申し訳ないです」神白は紙袋を受け取りながら、思わず頭を下げた。

「あ、100円」と、伊東が横からすかさず言った。「今、謝ったね?」

「ちょっと君、うるさいよ」
神白は言い返しながら、紙袋の中を覗いた。何か小さな模型のようなものが入っていた。
取り出すと、手のひらに乗るほどのサイズの、タイプライターだった。
文字のボタンが「Y」「N」「?」の3つだけ。

「これね、ほんとに打てるよ」谷中は言った。「レシートか何か、小さい紙をここに入れて。ちゃんと紙送りもするんだ。芸が細かいだろう。……ごめんね、俺の趣味で。ほんとは無難に食べ物とかにしたかったんだけど、いつ会えるか分からないしさ」

「いえ……ありがとうございます」
神白は手の中の小さな機械から目を離せず、ほとんど生返事のような言い方をしてしまった。

「これどうしたんです?」伊東が聞いた。

「ドイツのお土産」

「ドイツ? いつの間に……ていうか、いいなそれ」伊東はけっこう羨ましそうな声で言った。「ねえ、もし興味無いんなら僕が欲しい」

「いや、僕のだ」神白は微笑んで言った。「あげないよ」

「何か打ってみようよ」伊東は財布を出した。「レシートって言っても……入るのと入らないのがありそうだな」

「僕のだよ」神白はおもちゃを紙袋に戻した。

「え、何だよ、独り占め?」

「貸さない」

「ガキかよ」

「気に入ってくれたんなら良かった」谷中は笑って言った。

「ありがとうございます」神白はもう一度言った。

「あとさ伊東君」谷中は急に口調を変えて、「研修の課題なんだけど、候補出した?」

「出しましたよ。小野さんに」

「小野君のところで止まってるな。俺にも転送して」

「わかりました」

「どれにしたいの? 自分では」

「短ければ何でもいいです」

「じゃあ一番長いのにしとくわ」

「はい」伊東は苦笑いを返した。

「とにかく送って。小野君を待ってるとキリがない」

「わかりました」

「レーザーポインタ、もし見つけたら教えてね。じゃ、神白君、ゆっくりしてってね」谷中は忙しない足取りでまた部屋を出て行った。

伊東は谷中の姿が完全に見えなくなるのを見届けてから、短く強い溜息をついた。

「忙しそうだね。こんなことしてる場合なの?」神白は画面の怪獣を見やって言った。

「いや、全然、暇なほうだよ。それに、課題が溜まってるときほど、積極的にサボらないとな」

「ちょっとさ、僕が連れ回したせいで君が留年したら先生に申し訳が立たないんだけど」

「え、そしたらまた1年遊べるよ?」伊東はニヤニヤ笑った。「細かいこと気にすんな。大抵の課題は前の日の夜に始めれば十分だよ」

「ほんとにしっかりしてくださいよ。僕みたいな大人になりたくないでしょう?」

「ええ?」伊東は笑った。「お前みたいな大人ってなんだよ。どうやったらなれるの? ていうか、お前は自分が大人だと思ってるんだ? 自己評価高いなあ」

「伊東君……、」

「ごめん、言い過ぎた」伊東は後ろの壁の時計を振り返った。「ここには長居したくないな。先輩たちが来るとウザい。どっか移動しよう」

「どっか、って?」

「そうだ、一応、ゴジラだった場合のことを考えて、TSUTAYAに行っとこうか。どこか、8時から開いてるところあったはず……」

「ゴジラだった場合って何」

「怪獣映画の一部をトレースして上映してる可能性だよ。なんか権利関係が面倒くさくなりそうだけど、あり得ないとは言い切れないし」

「うん……あ、つまり、TSUTAYAまで運転しろってこと?」

「うん。駄目?」

「いいけどさ……」

建物を出ると、先ほどよりも明らかに気温が上がっていた。来た道を引き返し、車に戻るまでの間に、汗だくになってしまった。

伊東は助手席に乗り込むと、怪獣の絵と一緒に持ち帰ってきた英語の教材のほうを開いた。

「勉強?」神白はエンジンをかけながら聞いた。

「ああ。まあ、これは急ぎではないんだけど」

「勉強に急ぎとか急ぎでないとかあるの」

「そりゃ、あるよ。それぞれ締切が違うし、分量も違うし」

「うーん、仕事と同じか」

最寄り、と言っても車で15分ほどは離れた地区に、早朝営業をしているレンタルショップがあった。駐車場には「旧作ずっと100円」の旗が立てられ、8時を回ったばかりなのに結構な数の客が入っていた。若者が多い。ほとんどは大学生か、高校生に見えた。

「思ったより沢山あるな」伊東は特撮映画のコーナーまで来ると、考え込むような顔で首を傾げた。

「借りたところで、どこで観るの」と、神白は聞いた。「僕の車はDVDかからないよ」

「そもそも観てる暇もないし。やるとしたら、誰かに外注する」

「外注?」

「僕たちで借りて、誰かに丸投げしてチェックしてもらうんだ。左足に傷のある怪獣が出てくる場面が無いかどうか」

「え、そんなこと引き受けてくれる人、いる?」

「清水先輩は乗ってくれると思うな。ただ、ちょっと本数が多すぎて、清水先輩ひとりじゃ回らなそうだ」

「そもそも、もはやゴジラとは限らないよね、それを言い出したら。なんかそれっぽい生き物が出てくる映画を全部、ってことになるよね」

「だよなあ。ああ、こういうのこそAIで全部チェックできたらいいのに」

結局何も借りず、車に戻った。

「ゴジラ、今も新作上映してるよね」神白はふと思い出して言った。

「え、ほんと? まだ作ってるんだ」

「アメリカ版。の、何作目だったか」

「あんなの何がウケるんだろうね」と、伊東は言った。「アメリカ人にとって何が面白いのかな?」

「別に、なに人でも関係なくない?」

「いやいや、あるよ。あれはすごく日本人的な題材だよ」

エンジンをかけてから、神白は時計を見て計算した。「今から行っても開園までだいぶ待つよ。どこか、モーニングやってる店でも探して、お茶でも飲む?」

「金がもったいない」と、伊東は意外にも現実的なことを言った。「いいよ、ここで時間を潰そう。僕は勉強してる。君はYouTubeで古いゴジラでも見てるといい」

それから30分間、エンジンをかけっぱなしの車内でエアコンの風を浴びながら、神白はスマホで漫画を読んだ。隣の席で、伊東はずっと英語の勉強をしていた。教科書風に見えるその本に、伊東は当たり前のようにボールペンであれこれびっしりと書き込んでいた。和訳を書いているのかと思ったが、よく見るとそうでもないようで、滑らかな筆記体で英単語や文章のようなものを書き込んだり、そこから矢印を引いて「あとでしらべる」と書いたりしている。

本は分厚く、偏った位置に折り癖がついていて開きづらそうだった。机の代わりとなるものも無いので、伊東は膝の上にそれを置いて左手で押し付けるように広げ、斜めに見下ろすような妙な姿勢で読みながら、書いていた。

車を停めた方向が悪く、伊東の座る助手席側だけに強い日差しが差し込んでいる。額に汗が浮かび、今にも雫となって落ちて行きそうになっていたが、彼は自分ではまったく気づかないようだった。

席を代わろうか、と声を掛けようとして、神白はためらってしまった。こういうときの彼は不思議な表情をしている。嬉しそう、楽しそうといった様子は欠片も無くて、どちらかといえば、すごく悲惨なものか、もしくは、遠く寂しいものを眺めるような顔をしている。ここには無いものを見ている。だから、そういうときに話しかけるのは、熟睡しているところを起こすような後ろめたさがあった。

「何?」伊東は急に普段の表情を取り戻しながら、振り向いた。

「いや、暑くない?」神白はすこしほっとしたような気持ちで、言った。「そっちの席だけ暑そうだよ。代わろうか」

「別にいいよ」伊東はまた、本に目を戻した。

「好きだねえ」と、神白は言った。

「……ん、あ、何?」伊東は遅れて顔をまた上げた。

「いや、ごめん。邪魔した」

「100円ね」伊東は本に目を戻して言った。

神白は黙って車を降りた。レンタルショップの入口脇に自販機が数台並んでいた。そこで飲み物を2本買い、引き返す。それだけでまた全身がだるくなるほど熱くなってしまい、汗が流れ落ちた。
どう考えても、生半可な夏ではない。こんなふうに朝の早い時間帯から激しい熱気に襲われるようなことは、この地方ではほとんどあり得なかった。いつも、畑を見ながら祖父が心配していることといえば、「夏が寒くないかどうか」だ。そんな土地だ。

車に戻ると、伊東はスマホを見ていた。神白は黙ってスポーツドリンクの片方を渡した。

(ここからBルート)

伊東も黙って受け取り、開けて一口飲んでから「なんか暑くなりそうだね」と言った。「熱中症の警報が出てる。行楽日和とは言えないな」

「動物園って、だいたい屋外だよね……」これ以上暑くなるのかと思うと、行く前から疲労感をおぼえた。

「爬虫類は爬虫類館だよ。あそこは涼しいはずだ。だから真っすぐそこに向かって、そこだけ見てすぐ帰ろう。30分くらいで終わらせたいな」

「けどさ、そんな回り方する人、他にいないと思うよ。爬虫類を見ないで帰る人はいそうだけど、『爬虫類だけ』見て帰る人っていなくない?」

「いや、意外といるんじゃない?」伊東は笑った。「爬虫類って熱狂的なファンがいるよ。爬虫類専門の動物園とか、爬虫類専門のペットショップとかあるし」

「ペットねえ……全然懐かないイメージだけどな」

あまりにも手持ち無沙汰なので、早めに移動することにした。開園時間前に着いたらまた駐車場で待つつもりだったが、渋滞につかまって思ったよりも時間を取られ、結局は丁度良い時間に到着した。

チケット売り場前はそれなりに混雑しており、半数は家族連れやカップル、もう半数は中国人のツアー客だった。
小学校の行事で来たきりだったので、どうしても「子供が行く場所」というイメージだったが、意外とそういうものでもないらしい。ツアー客のほうは全員が大人だった。

夏休みシーズンだからなのか、チケットを購入すると「スタンプラリー」の台紙を渡された。園内の7箇所のチェックポイントを回るとプレゼントがもらえる、というような説明書きがあり、全ての漢字にルビが振られていた。

「それはやらないからね」伊東は釘を刺すように言ってきた。「爬虫類館だけ見て帰るよ」

「いや、分かってるけど、この『すてきなプレゼント』って何だと思う?」

「え、クリアファイルとかじゃないの?」

「クリアファイルか……だったらいらないな」

「こういうのって、スタンプ押すのが楽しいんでしょ、たぶんだけど」伊東は言いながら、オウムやテナガザルやリスの檻の前を、目もくれずに素通りしていった。

ほとんどの客が檻の前で写真を撮ったり、見えやすい位置が空くのを待っていたりする中、これほど速足で移動しているのは自分たちだけだった。

「ねえ、ほんとに爬虫類だけ見て帰るの?」神白は半歩遅れて並びながら、改めて聞いた。「入場料払ってるんだし、別にそんなに広くもないんだから、いちおう一周してみない?」

「やだよ。僕ほんとに興味ないし」と、伊東は言った。「動物なんて見て何が楽しいの?」

「いや、わかんないけど、怪獣を見る楽しさと一緒じゃない?」

「そうなんだ。へえー」伊東はわざとっぽく頷いた。「まあ、どうしても見たきゃ、君ひとりで一周してくればいい。僕は休んでるから」

「君は興味の方向性がおかしいって、絶対に。ねえ、ほら、あっちカピバラさんだよ。可愛くない?」

「可愛くはないなあ。カピバラってカバだよね?」

「違う違う。ネズミ……いや、ネズミじゃないけど、たぶんその仲間」

「うん。いや、絶対ね、言うほど可愛くないって。キャラクターのイメージがあるから可愛いと思い込んでるだけで。実際よく見ると全然可愛くないって。ペンギンとかも、怖い顔してるよ」

「そんなこと無いって」

爬虫類館はだいぶ奥まった場所にあった。コンクリート造りの、やや不規則な形の建物で、トンネルのように一方から入ってもう一方から出るような順路が設定されているようだった。
自動ドアをくぐるとすぐにひんやりと肌に張り付くような空気が出迎えた。照明が弱いせいか、なんとなく洞窟のような雰囲気でもある。丁度、最初のカメの水槽の前にツアー客が集まっており、コンダクターが中国語で何かを説明していた。

「ここは後回しにしよう」と言って、伊東はその人だかりの後ろを回り込んだ。「カメは甲羅が邪魔だからなあ。どっちかというと、トカゲのほうが可能性は高そうだよね。トカゲいるかな?」
そう言って彼はズボンのポケットから折り畳んだ紙を取り出した。
今朝印刷した「怪獣」の絵だった。

神白も横から覗き込んだ。「何とも言えないよねえ、これだと。けっこう、ぼやけているというか。まあ、トカゲっぽいと言えばそうだけど」

「どう?」伊東はカメレオンの水槽の前で立ち止まり、丸太の陰に半分隠れた姿勢で微動だにしないその生き物と、持ってきた怪獣の絵を並べるようにかざして、見比べた。

「だいぶ違うね」神白は言った。「少なくともカメレオンではないね」

「よし、次行こう」

「このやり方で見つかるのかなあ」

「どうだろうな。まあここは、手っ取り早く近いというだけの理由で来てるからな。いきなり当たりが出るとは期待してない……どう?」
伊東はニシキヘビの水槽の前でまた立ち止まった。

「いや、これはわからないよ。絶対違うとは言い切れなくない?」と、神白は言った。「けど、足が無いからね……」

「次」

思ったよりも爬虫類の数は多かった。そして、どの生き物もほとんど動かない。寝ているというわけでもなさそうで、ただ、止まっている。置物のように見える。あちこちの水槽に、ガラスを叩かないように、と注意書きが貼ってあった。確かに、叩きたくもなる。動いていない生き物を眺めるのは、どうにも味気なかった。

「これは近くない?」
伊東は『トカゲモドキ』の水槽の前で言った。

「さあねえ」神白は曖昧に頷いた。「体形は確かにそうだね……左足に怪我をしていれば、間違いないわけだよね」

「そうそう」伊東は左足を覗き込もうとしてガラスにぐっと近づき、身体をひねった。ちょうど位置が悪く、左前足が腹に隠れてしまっている。「見えないな……」

「どうしました?」急に横から、作業着風のシャツを着た男が話しかけてきた。胸ポケットに『橋本』と書かれたネームプレートを付けており、ここのスタッフのようだった。
四十前後だろうか。面長の顔に快活な笑顔を浮かべていて、全体的に若々しく見える。また、半袖のシャツからのぞく腕が妙にたくましく、力仕事に慣れていそうだった。

「この絵の生き物を探してるんですが」と、伊東は怪獣の絵を見せて言った。

「ああ」と飼育員は言った。「ワニね。うちにもいますよ」

「ワニ?」

「ワニはあそこ」飼育員は振り返って、人だかりができている大きな水槽を指した。「うちは『メガネカイマン』と『ブラジルカイマン』の2種がいます。この絵のは……うーん、メガネカイマン、ではなさそうだけど、いずれにしろアリゲーターの仲間でしょうね。わかります? メガネカイマンは目頭にこう、独特の形があって。メガネのようになってるんです」男は伊東の持つ絵の、目のあたりを指さして、指先でくるくると円を描いた。「これ、イラストですか?」

「いえ……たぶん、動画撮影したものを加工したものだと思うんですが。元の動画がどんなものだったのかは分からないんです。本当にワニですか?」

「うん。アリゲーターですね。ちょっと種類までは何とも断定しがたいですけど」

「……どうやらここに来た甲斐はあったな?」伊東は神白を振り返って、微笑みながらそう言った。


4.

「ワニにしては口が短くないですか?」神白は聞いた。

「そこは加工をしているかも知れないし」と、伊東は言った。

「いえ、アリゲーターはこんなもんですよ。確かに短めかも知れないけど、そういう子なんじゃないかな? 口よりも、首がちょっと、ワニにしては短いかな、という気もしますが」橋本という飼育員は伊東の持つ絵を見ながら小さく何度か頷いた。「でもまあ、それぞれ個性がありますから。短い子もいます。同じワニでも、クロコダイルはもうちょっと細長いというかな、ややとんがった感じの口ですが」

「ワニって1種類じゃないんですね」伊東は急に興味をそそられた様子で、「怪獣」の絵を見ながら考え込むような目になった。

「種類は多いですよ。大きな分類がアリゲーター、クロコダイル、ガビアル、の3つあって。『ワニ目』全体では、確か20種以上いるはずです」

橋本は人だかりが途切れるのを待って、ワニの水槽の前まで案内してくれた。

「メガネカイマン」は体の大半を水中に沈めたまま、やはりほとんど動いていなかった。水中に立ち上がって鼻先だけを水面に出しているようなポーズで、その姿勢は確かに怪獣の立ち姿によく似ていた。

一方、隣の「ブラジルカイマン」は小柄で、大きなトカゲといった雰囲気だった。詰まれた石の隙間に身を潜めて、微動だにせず外の様子をうかがっていた。

伊東はそれぞれを手元の怪獣の絵と見比べ、「どちらにしろここじゃないな」と言った。

「何を探されてるんです? 学校の調べ物?」と、橋本が聞いた。

「これ、知りません?」伊東はスマホを出し、怪獣の動画を橋本に見せた。

「ええ、何これ? 花火? ……じゃないね」橋本は目を見開いて見入った。「え、これ、どこ。日本ですか?」

「秋田です」

「こんなのやってるんだ。これは何です?」

「なんだかわかりません」伊東は薄く笑った。「場所と日時だけ予告されて、急に始まって急に終わります。主催者は目的を明かしていないんです。素性もわからない」

「ああ、それで、この光る生き物の絵がそれというわけですね」橋本はモノクロに印刷された絵のほうを改めて見やった。「うーん、ああ、こうして見るとワニにしか見えないけど、この動画だと違って見えますね……うん、ワニの動きではないですね」

「じゃあ、動きはCGなんでしょうね。形のモデルだけ、ワニをスキャンしたのか」

「なるほど」橋本は口元を押さえるように手を当てた。「うん、面白い。面白いこと考える人がいますね」

「この怪獣は左足に怪我をした跡があるんですよ」伊東は絵を指しながら言った。「これ、怪我ですよね?」

「ああ……ほんとですね。そうかも知れません」

「モデルに心当たりはありませんか?」

「どうでしょうね。いえ、うちの子じゃないことは間違いないけど。そうだねえ……この絵ではスケールが分からないので、何とも言えないですが、何となくすごく大きい子なんじゃないかな、って気がする。この、目の大きさとか、背中の感じとか……小さい子を拡大して映してるんじゃなくて、実際にモデルの子もかなり大きな子なんじゃないかな。顔の感じからしても、可能性が高いのは『黒カイマン』なんですが」

「黒カイマンとは?」

「アリゲーターの種類のひとつですね。育つと4、5メートルとかになります。カイマンというのは、ワニっていう意味です」

「なるほど」

「ワニは人間に懐くんですか?」と、神白は聞いた。

「懐いてる……かどうかは分かりませんが」橋本ははにかんだような笑みを浮かべた。「ちゃんと、餌をくれる人のことは認識してますよ。けっこう賢いです。爬虫類はね、コミュニケーションが取りづらいんで獰猛なイメージを持たれるでしょうけど、実際はおとなしい性格の子が多いですし、みんな思ったよりも賢いですよ」

結局、参考のためにと伊東がスマホでそれぞれのワニを何枚か撮影し、そこを出た。

「飼ってみたくなっただろう」自動ドアをくぐるとき、ふと伊東が振り向いて聞いた。

「ああ、うん、ちょっとね」

「あれは金持ちの道楽だな。暖房代がめちゃくちゃかかる」

「だろうねえ。そういえば昔、熱帯魚を飼いたかったな。小学生のときね。だいぶ頑張って貯金したんだけど、魚自体はともかく装備の方が買えなくて、結局駄目だった」

「わりと生き物好きなんだ?」伊東は面白がるような顔で聞いた。

「うーん。今はもう何か飼いたいとは思わないけど。見るのは好きだよ」

「そうか。まあそれじゃ、残念だろうけど、このまま次へ向かおう」伊東は建物を回り込み、来た道を引き返し始めた。

屋外は暑さだけでなく、湿気も高まっているように感じられた。蒸し風呂にいるような気分だ。服が汗で湿っていくのがわかる。
気付くと他の来園客も皆、木陰やケージの軒下など、少しでも日差しを避けられる場所に寄り集まっていた。

ゲートを出る直前、伊東は軒先が屋台のようになっている土産物屋に立ち寄り、その隅で販売していたソフトクリームを買った。どこにでもよくあるような、バニラのソフトクリームだ。
彼は何の説明もなくそれを神白に押し付けてきた。「はい」

「はいって何?」神白は受け取り、すぐに一口食べた。「君が食べるんじゃないの?」

「え、もう食べてるじゃん」

「いや、うん。くれるんなら食べるよ、そりゃ。君ね……」神白は言い返しながら、どんどん食べ進めた。「双子の兄弟がいるような人間に、食べ物を渡して、返してもらえるとは思わないほうがいい。あるな、と思った次の瞬間には、無くなっている、それが日常だからね」

「まあ兄弟がいる者の宿命だな」伊東は先にゲートへと向かった。

「伊東君、これ僕がもらって良かったの?」神白はコーンをかじりながら追った。

「どうぞ。でも普通は、食べる前にそう聞くもんじゃない?」

「え、あれ、これ、何かのお礼? 取引? あ、お詫び?

「何のだよ」伊東は笑った。「ただ、暑いから買ったんだけど」

「じゃあ伊東君が食べれば良かったんじゃない? あ、これはもう返さないけど。もう一個買ってきたら?」

「別にいいよ」

「えっと、もしかしてお金無くなった? 僕が買いましょうか?」

「大丈夫。お前ほど貧しくないよ」

「ひとくち、あげようか」

「いらない」

車に戻ると、ドアを開ける前から中が恐ろしい温度になっているのがわかった。乗れる温度になるまで、しばらく待たなければならなかった。

園の駐車場を出て走り出すと、伊東はまた助手席で英語のテキストを開いて勉強を始めたが、間もなくそのままの姿勢で居眠りを始めた。
やはりカラオケボックスではあまり質の良い睡眠は取れなかったのだろう。
信号待ちで止まったとき、ふと伊東の寝顔を見るとすごく寝苦しそうな表情だったので、神白はやはり申し訳なく思ってしまった。

きちんとした宿をとってやれれば良かった。

神白は伊東の膝から滑り落ちようとしている本とボールペンを取って、ダッシュボード下の物入れに押し込んだ。

伊東は夢を見ているようだった。眠っているが、目を閉じたまま何かを「見て」いる様子なのがわかる。しかもどうやら、それは心地の良い夢とはいえないようだった。
神白は長く悩んだ末に、次の次の信号待ちで伊東を揺り起した。
目を開けた伊東は少しの間何も言わず、不思議そうな顔で神白を見返した。

「うなされてた」神白は言った。

「あ、うん」と伊東は言った。「……ありがとう」

「何の夢?」

「うん」伊東はぼんやりとした感じで流してから、やっといつもの表情を取り戻し、ふと顔を背けて窓の外を見た。
「君は、知ってるだろ」と、伊東は言った。

知ってる……もちろん知っている。
ただ、神白が想像する「伊東の悪夢」は複数あった。そのどれも、もちろんよく知っているが、実際にどの悪夢が伊東を今一番悩ませているのかは、神白には分からなかった。

「もう終わったよ」と、神白は言った。「大丈夫だ。終わったよ」

「うん」伊東は神白に半ば背を向けるような姿勢のまま言った。

長引かなければ良いが、と神白は思った。彼は塞ぎ込み始めると長い。2時間3時間なんてことはザラで、2日3日とか、下手すると2週間3週間なんていう単位でひとつのことを思いつめていたりする。その集中力が彼の能力の源泉でもあるのだろうが……

「飽きたな」渋滞に捕まった途端、伊東がぽつりと言った。彼はぼんやりとした目で、手元のスマホを弄りながら、「アキちゃんさあ、どうしても水族館へ行きたい?」

「え、いや……? 行きたいって言ったのは伊東君だよ?」

「じゃあさ、予定変えてもいい?」伊東は急に顔を上げて、どこか不安そうな目で神白をじっと見すえた。

「ああ、うん……いいんじゃない?」と、神白は言った。「なに。どこ行きたいの?」

「どこでも……、どこか、遠くへ行きたい。だってさ、おかしくない? 今朝から知った風景ばかりだ。なぜわざわざお前と地元をうろうろしなきゃいけないんだ。夏休みだよね?」

「まあ、うん」神白は笑った。「だから、伊東君が言ったことだって」

「運転を替わる」伊東は言った。「今から、青森へ行こう」

「青森? うん、まあ、いいけど、……いや、今から? 着くかな?」

「今日中に着かなくたって別にいいよ。とにかくね、ここは飽きた」

「わかりましたよ」神白は前方の道路案内を見た。「そしたらね、その先で6号線に……いや、これ長そうだな」
渋滞は、全く動かないほどのものではなかったが、長くダラダラと続きそうだった。
「次で曲がってしまおう。どこかで繋がってるよね? 地図を見てもらっていい?」

「そこは繋がってる」伊東は道を知っているようだった。「信号で左折すると、少し回り込むけど道なりに行けば6号へ出る」

「よし」神白はウィンカーを出した。

「替わるよ」と、伊東は言った。

「結構です。君の運転は危なっかしいから」

「疲れないの?」

「大丈夫。たださあ、伊東君さ……」神白は、何かを伊東に聞きたかったが、的確な言葉を決められなかった。

「何?」と、伊東が聞き返した。

「……これだけは譲れない点なんだけどね。今夜もし怪獣がまた出るとなったら、行先はそっちに変えるよ。それがどこであってもだよ」

「そりゃそうだ。もちろんだよ」

「青森で何を見たいの?」

「うん、何でもいいよ。どうせリンゴ味のクッキーとか売ってるんでしょ。それでいいよ」

「どうせって何だよ。行きたがってるの君だよね?」

「やっぱり怒ってるよね?」伊東は微笑んだ。「アキちゃん、イルカ見たかったでしょう」

「うん、まあ、少しはね……少しだけね」

「後でまた来ればいい。別にイルカはいつでも見れるだろ? ね?」

「うん……だからさ、なんで伊東君が僕の我儘を説得する感じになってるの? 逆だよね?」

「ほら、ほらほら、キレ始めたぞ。もうすぐキレるぞ、これ」

「からかうの、やめなさい」

「リンゴを奢ってあげるから」

「リンゴって1個100円くらいだよね? 安く見られたもんだ……」

左折しても、結局渋滞だった。皆、考えることは同じなのだ。
けれども気にはならなかった。結局のところ、夏休みが続いている。

神白にとってはその事が何よりも重要だった。


3章-1 につづく)


「水族館へ行った場合」については、各自で妄想していただくことにして!(笑)

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アラサーのママです。#小説 タグを無差別に読みます。長編小説「ゾンビつかいの弟子」をよろしくお願いします。目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c 現在は続編「怪獣をつかう者」連載中。
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