怪獣をつかう者 3章-3

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これまでのあらすじ:怪獣の謎を追って行き当たりばったりな夏休みを満喫する神白に、双子の弟トモルが追いつく。一方、同行していたはずの伊東はiCloudのログイン情報を書き置きして失踪。神白は「iPhoneをさがす」アプリで伊東のスマホを追跡し……


3.

「あれ?」助手席でうとうとしていたトモルが、神白から預かったスマホを見直して、急に言った。「止まった?」

「え?」神白も猛烈に眠かった。車体がいつのまにか中央線を越えかけていることに気づき、慌てて戻す。辺りは相変わらず両側が森林で、他の車は一台も見当たらない。小雨が降り始めており、夜明けの空はまたしても重たい灰色だった。

もうとっくに、休まなければならないタイミングだった。しかし、途中のコンビニでトモルをトイレに行かせたために相当引き離されてしまっており、これ以上遅れを取りたくなかった。伊東のスマホがいつまでも追跡できる保証はないのだ。電源が落ちるか、もしくは意図的に切られてしまったら、それまでだ。

「うん、やっぱ止まった」トモルは『iPhoneをさがす』アプリが示す地図を見ながら言った。「なんだろう。ここ、周り何も無さそうだけどな。自販機か何か見つけたんかな」

「スマホだけ捨てたとか……?」神白は昔見たスパイ映画を思い出して言った。

「え、だって伊東君があのメモを残したんだろ? アキちゃんがこの方法で追ってこれるように。それなのに、途中で振り切ったりする?」

「そもそも、追ってくるように仕向けたのが何らかの罠かもしれないし」

「なんでだよ」トモルは笑った。「お前ら友達じゃないのかよ……あっ、」
着信音が鳴り出し、トモルはすぐに電話に出た。
「伊東君? 無事なの? ……え、うん……」

相手は伊東に間違いないらしく、トモルは少しのあいだ相手の言葉を聞いてから、「わかった。今向かってる。2、30分は待ってもらうかも。道路から見えるところにいて。……うん、じゃあね」
そう言って電話を切った。

「トモ君。僕のふりして応対するなよ」と、神白は言った。

「別に、ふりなんかしてないよ。名乗るタイミングが無かっただけで」

「名乗ってください」

「要件が通じりゃいいだろう。伊東君、電源切れそうらしい」

「何が起きてるの?」

「知らないけど、車から降ろされたみたいだ。今、ひとりでこの道路沿いにいるらしい。当てずっぽうで30分って言っちゃったけど、着くかなあ」

「ちょっとさ……僕はほんとに眠いんだけど」

「アキちゃん、事故るなよ」

「お前がいなきゃとっくに追い付いてたんだよ」神白は大きな溜息をついた。「どうしてこう、どいつもこいつも、勝手なんだ」

「そりゃあ、みんなお前を見習ってるのさ」と、トモルは言った。

ともかく出来る限りスピードを上げ、それから20分ほど走ると、ガードレールの向こうの隙間のような歩道に、伊東の姿が見えた。
神白はハザードをたいて車を寄せ、助手席側の窓を下ろした。

「ちょっとさ! なんで馬鹿がふたりに増えてんの?」伊東は勢いよく言った。
小雨を浴びて、髪と肩が少し濡れていた。

「伊東君、素敵なご挨拶だね」と、トモルは言った。「久しぶり」

「トモ君、久しぶり。……アキちゃん、これどういうこと?」

「どういうことなのか聞きたいのはこっちだよ」神白は運転席を降りた。「とにかく、悪いけど運転代わって。僕は少し寝たい」

「ああ、腹立つ」伊東はガードレールを乗り越え、運転席側に回ってきた。「よりによって、運転できない人が仲間に加わるとは。君たちはマジで使えないな、ふたりとも」

「トモ君に追われてること、言ってくれれば良かったのに」と、神白は言った。

「いや、だってまさかここまで来ると思わないし。え、っていうかどうやって来たの?」伊東は乗り込みながら、助手席のトモルに尋ねた。

トモルが何か言っているのを聞き流し、神白は後部座席に入った。靴を脱ぎ、横向きに寝転ぶ。足を伸ばせるような幅は無いが、今は上半身を横にできるだけでありがたかった。
「僕は寝るからね。あとよろしく」神白は足を曲げて仰向けになり、目を閉じた。「事情もあとで聞く」

「アキちゃん、僕だって寝てないんだからね」伊東はクギを刺すように言いながら、車を出した。

「知るか。君が寝てないのは君の勝手だろうが」と、神白は言った。

「おっ。キレてる、キレてる」

「いったい君は何をしてるんですか」

ワニの飼い主が会場に来てたんだ。3人組で、仲間割れしてて。結構大声で言い争っててさ、内容聞いてすぐにワニの話だと分かったから、横からスマホで録音してたら……バレてスマホを取り上げられた」伊東はとても楽しそうだった。「で、録音は消されちゃって。口止めに応じる条件としてワニを見せろって頼んで車に乗せてもらったんだけど、さっきまた言い争いが始まって、結局僕だけ降ろされてしまった」

「何を、してるんですか」神白は寝転んだ姿勢で目の上に腕を乗せたまま、もう一度言った。「知らない人の車に乗っちゃいけないって、教わらなかった? 何かあったらどうする気だったの」

「だからアキちゃんにメモを残したじゃない? あいつら、また録音されちゃ困るからって、スマホ返してくれなくてさ……結局、車降りるときに返してもらえたけど。だから、こっちから連絡ができなくて、追ってきてもらうしかなくて」

「ワニって何の話?」トモルが口を挟んだ。

伊東は、怪獣の左足に見つけた傷跡からあの映像が「実写」だと推理した経緯や、専門家の見解などを手短に話した。

「そうそう、怪獣屋さんが僕に、地名を言ったよ」神白は口を挟んだ。「どうしてワニを映してるんですか、って鎌かけたら、なぜそれを知ってる、って言って、それから、ナナノミズに行ったのか、と……」

「七の水?」伊東は聞き返した。「それって地名なの?」

「地名のように聞こえたけど」

「どうなんだろうなあ。とにかく、今から向かうのは澤久間っていう村だ。澤久間村、牛引、字小川、52番。ここからあと20分ほどで着く」

「やけに、行先がピンポイントだね」

「だってあいつら僕の目の前でカーナビ使うんだもの。カーナビに登録されてた自宅住所が丸見え。こっちがガッカリするほどのヌケサクどもだよ」

「ヌケサクね……」

「ちょっとトモ君。寝る体勢に入らないで」伊東は助手席に声を掛けていた。「今言った地名を検索してよ。君は脚が使えないんだからせめて手を働かせろよ」

「おい、何様のつもりだよ」と、トモルは言い返した。

「大丈夫。頭を働かせろなんて無茶は言わないから」

「ああ。てめえが車を降ろされた理由がよく分かったぞ」

神白の意識がはっきりしていたのはその辺りまでで、その後は、耳に入る言葉が意味を成さなくなり、眠りに引きずり込まれていった。



どうにも重苦しく気の晴れない夢を見て、その終わり際に何度も名前を呼ばれた気がして目を開けた。

車はエンジンが掛かっていたが、進んではいなかった。

「でもさ、アキちゃんは……」

「そうではない、」トモルの声が、伊東の言いかけた言葉を遮った。「そうじゃなくて、それは言わなくても分かっていることだから」

「それは君がそう思っているだけかもしれないよ」

「違うよ。わかるんだ。アキちゃんがどんな気持ちで何を考えているか、僕には分かるんだ。たぶん彼本人よりも。これは直感というやつだよ」

神白は動けなくなった。

「だとしても会話は必要だよ」と、伊東は言った。「その分かりきったことを、もう一度聞いてみるしかないだろう」

「そうだろうけどさ……僕だって立ち直れてはいないわけだよ。僕は正直ほっとしている。自分ではもう、2階の、元は自分の部屋だった場所に、行くことができないわけだから。見ないで済むんだ。この身体のことを理由にできる。そのことを何度もありがたいと思ったね。それくらいには傷ついてはいるわけだよ」

「2階に何があるのさ」伊東は少し笑うような声で言った。「お父さんの形見? ふたりの思い出? バラバラ死体?」

「いや、まあ、全部だよ」と、トモルは言った。「おれたちの人生の前半がすべてあそこにあった」

「え、バラバラ死体も?」

「無いとは言い切れないだろ」トモルは笑った。「僕たち、母に見られたくないものは何でもあの部屋に持ち帰ってきたからな」

「急いで片付けないほうが良かったんじゃないの? 家に誰も住まなくなるとしても、思い出の物置としてしばらく残しておけば」

「まあな。そこは母ちゃんが無神経なんだよ。というか、このたびのことは、たいがい母ちゃんが無神経なんだよ。物言いが雑なんだ。雑というか、いや、あれは酷いよ。僕が言われても3時間くらいは凹んだと思うな」

「何て言ったのさ?」

「なんというか……まあ、お前は要らない子だったみたいなことをさ」

「ふーん。まあ、言われて当然だろうけど」と、伊東は言った。「と言うか、今までそう言われたことなかったんだ?」

「君はなあ、辛辣すぎるよ。君とは違ってアキちゃんは繊細なんだぜ」

「というより、大事に育てられ過ぎてんじゃないの?」

「そうかもな。まあ、そうなのかも知れないな」トモルはいつになく静かな口調で言った。「いずれにしろ諸々予定は決まっているから、どういうやり方であれ片付けはしなきゃいけない。僕が……」
そこでトモルは唐突に言葉を切って、急に片手を高く上げて振った。
「おい。アキちゃん起きてるな?」

「おはよう」神白は寝転んだまま言った。「なんで分かったの?」

「寝息が聞こえなくなった」

「え、何、」伊東は運転席から振り向いてすごく嫌そうな顔をした。「いつから聞いてたの?」

「え、さあ……」神白は思わず苦笑いした。「僕に聞かれちゃ困る事だったの?」

伊東は何も言わずに、車を降りてしまった。

神白は身体を起こした。道の駅の駐車場だった。
閑散としてほとんど車もない早朝の駐車場を、伊東の頼りなげな背中が遠ざかっていく。

「あまり伊東君を困らせるなよ」トモルが前を見たまま言った。

「え、何が」と、神白は言った。「どっちかって言うと、僕が伊東君に困らされてるんだけど。あとトモ君にも」

「今回、いつ帰る予定だったんだよ? 元々はさ」

「いつって……仕事が次の日曜だから、その前日までには」

「部屋片付ける気ゼロじゃねえかよ」

「いや……あのねえ、トモ君」寝起きの頭で言葉をまとめるのは難しかった。「僕は、なんて言うか……ごめん、トモ君があの部屋のことをそう気にしてるとは知らなくて。土曜日の夜に一気に片してしまおうと思って……僕は残したいものなんてほとんど無いし」

「全部捨てるのか?」

「だってたいがいゴミだよ。漫画とか絵本とか小学校の教科書とかだろ。あとプラモデルとさ……」

「写真がいっぱいある。父ちゃんが写ってる」

「大して無いって。壁に貼ってる2、3枚だよ」

「いや、もっとあるよ、窓際にもあった」

「いずれにしろ荷物になるような量じゃないって。お前は美化してるんだよ。何年もあの部屋に行ってないだろ」

「アキちゃんだってここ数年入ってないじゃないか」

神白は黙った。

「僕が知らないと思ったのか?」と、トモルは言った。「僕が絶対に2階に上がれないと思ってた? 時間さえかければ、そして見た目さえ気にしなければ、僕は何処へだって腕だけで行ける。甘く見るなよ」

「でも」

「母ちゃんがそろそろ何とかしろと言いたくなるのもわかるだろう? お前は布団だけ横の納戸に運び出して寝てた。僕たちふたりで使ってた部屋は閉め切って。そして放置して出て行きやがった。僕も身体のことを言い訳に2階へ行かない。そして来月うちを出て行く。あの部屋をどうにかしろって、そりゃ言われるだろう。持主がふたりとも死んだ部屋みたいになってるぞ、きっと」

「だから……」神白はためらいながら言った。「土曜日にやるよ。残したいものだけ取って、他は処分だ」

「アキちゃん。僕は確かに美化しているだろうけど、お前は逆に甘く見てると思うぞ。2、3時間でパパッとは済まないよ。もう少し長く時間を取ったほうがいい。そして僕も立ち会わせろ」

「時間をとりたいならお前だけ先にやっててよ」と、神白は言った。「僕はもうちょっと伊東君と遊んでから帰るから」

「こんなこともう最後なんだからひとりにしないでくれよ」
トモルは突然声を詰まらせて言った。
「お前はどうしてそう……いや、わかるよ。わかるけど……」

「ちょっと落ち着いて」神白は後部席から身を乗り出して、泣き出してしまった弟の腕をつかんだ。「そんなに……何をそんなに……もし、それなら、いったん貸し倉庫にでも全部運び出して、ゆっくりあとで分類すれば……」

「そしたらまたズルズル長引くだろうが」トモルは手を顔に当てたまま言った。

「じゃあどうしたいんだよ」

「とにかくもう、戻ってくれよ。さっきからそう言ってるじゃないか」

「分かったって。明日か明後日には帰るよ」神白は言った。「……それか、明々後日には」

「クッソ」トモルは目をこすりながら舌打ちした。「おれがまだ自由に動ければ。こんな好き勝手にはさせないのに!」

「自由に動いてるだろ、十分……」神白は溜息をついた。

伊東が戻ってきた。
運転席に入るなり、「あ!」と叫んだ。
「また、ウザい人たちがウザいことやってる! ふたりいると2倍以上だな、マジでウッザ」

「お前はうるさいよ」と、神白はこちらにも溜息をついた。

「飲み物」伊東は3本持ってきたペットボトルのうち1本を神白に差し出した。

「僕、コーヒーが良かったんだけど」受け取りながら神白は言った。

「あっそ」と伊東は言った。「トモ君は? ジュースいる?」

「いらん。トイレに行きたくなるから」トモルは拗ねたような態度で言った。

「あっそ」
伊東は勝手に助手席側のボトルホルダーを引き出してペットボトルを入れた。
「この後なんだけどね、この澤久間村をぐるっと回ろう。地図で見る限り『七の水』という地名は見当たらないけど、地元の人だけで呼ぶ通称かもしれない。状況見て聞き込みもできそうならしてみる。そもそもワニを飼えるような環境となると、冬の低温対策だけでもかなり大掛かりな設備が必要になるから、それを目安に探せるんじゃないかな……一周回ってみて見つからなければ、さっき言った住所に乗り込んで関係者を直接締め上げてみる。
いずれにしろワニは近い。あいつらの言ってた内容からすると、この近辺で長年飼われていることは間違いないんだ」

神白はぼんやりして黙っていた。トモルも無言だった。

「あ、ご賛同いただけない場合は、車を降りて構わないよ」

「いや、伊東君、これ僕の車……」
神白は言い返したが、

「だから、僕が降りても構わない、って言ってる」伊東は爽やかに微笑んだ。「僕にはいくらでも『足』のアテはある。君たちの車に乗ってあげてるのは、こちら側の情けだってことを忘れないように」

「ああ……お前らふたりとも、来年あたり不幸になればいいのに」トモルは俯いたまますごく大真面目な口調で言った。



(つづく)


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アラサーのママです。#小説 タグを無差別に読みます。長編小説「ゾンビつかいの弟子」をよろしくお願いします。目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c 現在は続編「怪獣をつかう者」連載中。
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