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【ボーナストラック】数田家のルール

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「もともとの連載」の続きは 次の投稿(4章1-1)  、
「一気読み版」の続きは 4章前半 です。
(なお、どっちに進んでも内容は同じです。)

この投稿は本編ではないので、読まなくても大丈夫です。数田家が面白くてダラダラ書いてたらいつまでも話が進まないことに気づいたので、こちらはボーナストラックとして切り分けました。4章の冒頭数行でサラッとまとめた数田家での滞在について、詳細を描いたものになります。

** (時系列では、3章のつづき) **

「夕飯!」
ビィの声が耳元で怒鳴った。

目を開けて頭を持ち上げると、ヨシオが枕元から見下ろしていた。

「こら、人の家でヤラシイことしてるんじゃない」ヨシオは面白そうに言った。「うちの敷地内ではエッチとオナニーは禁止だよ」

「してないよ」
僕は身体を起こした。

「うちに泊まるからにはルールはきっちり守ってもらうよ。ゴミは可燃と不燃に分けて、飲み物の容器は洗ってね。トイレは使ったあと便器と便座と床をすべて拭いてから出ること。『流せる除菌シート』置いてあるからね。あと、寝る前に風呂掃除してもらうので悪しからず。それから終日全面禁煙だし、禁酒。煙草は家の外でも駄目だよ。どうしても吸いたきゃ、コンビニまで歩いて。夜12時から朝6時までは消灯、私語も禁止。部屋のドア、戸棚、箪笥、引き出し、そのほか全て、勝手に開けるのは禁止。基本的に、入っていい部屋のドアは開け放しておくから、寝室とトイレと風呂場以外のドアには触れないように。それから、割れ物を破損したら弁償してもらう。障子や襖を破ったら自分達で張り替えてもらうよ。道具は貸すから、シワなく貼れるまでやり直しさせるからね。あと、どのような事情があっても10日以上は滞在させない。10泊したあと、午後になっても敷地内にいたら警察を呼ぶから、そのつもりで」

僕とビィは並んで布団に座ったまま、立て板に水の勢いで喋るヨシオをぽかんと見上げていた。

「わかった?」とヨシオは言った。

「わかったけど、なんでそんなに沢山ルールがあるの?」と僕は言った。

「障子を破るような人を泊めたことがあるの?」とビィが聞いた。

「ああ、あるよ」ヨシオは済ました感じで言った。「スーちゃんのお客さまは色んなのが来るからね。君達は賢そうだからさほど心配してないけど、エロいことはマジでやめてくれよ」

「ウケる」とビィは言った。

「今までに何人も泊めてるの? ここ、民泊?」と僕は聞いた。

「民泊じゃないよ。民泊にしたほうがマシかもな」
ヨシオは部屋を出ながら言った。

その日の夕飯は出前のラーメンだった。

「ごめん、勝手に全員分、チャーシュー麺にしたから」
とヨシオは言い、5人前のラーメンが並んだ食卓に案内した。

なんとなく、割烹着を着たお母さんでも出てくるんじゃないかと思っていたので、拍子抜けした。

「数田さんちは、親とかいないの?」

「いるけど、こっちには来ない」とヨシオは答えた。

「どういうこと?」

「離れに住んでる。出入口が完全に別だから、会わないと思うよ」

「ウケる」とビィはもう一度言った。

麺が伸びるから、ということで座った順にさっそく食べ始めたが、麺が完全に伸び切っても数田と神白は起きて来なかった。
どうやら完全にダウンしてしまったらしい。

そして、次の朝にはビィがダウンした。

起きて階下に降りると、食卓には食パンと『切れてるバター』とポップアップ式のトースター、そして袋に入ったままの紙皿の束が並んでいた。

ヨシオがひとりで、新聞を読みながら紙皿で食パンを食べており、
「おはよ。朝食はセルフね」
と言った。

「皿を出さないのは、割られるから?」

「いや、洗いたくないから」

裕福な家なのに貧しい食卓だ。そんなこと気にしないのが本当の金持ちってことなのか。

僕のセットしたパンが焼ける頃に、神白が降りてきた。
「おはようございます。すみません、昨日起きれなくて……」

「ああ、風邪は大丈夫?」

「おかげさまで」

「朝食はセルフだからね。飲み物は、冷蔵庫に缶コーヒーとペットボトル何種類かあるので、好きなのどうぞ。あ、飲み終えたら容器は洗ってね」

「ありがとうございます。あの、本当に申し訳ありません」神白はきちんとヨシオの座る席の横まで行って、折り目正しく頭を下げた。「このたびは僕のミスで遭難しかけまして。ご迷惑をお掛けします」

「いや、別に俺は迷惑でないよ。見ての通り、なんのおもてなしもしないから。あ、トイレを使ったら流せる除菌シートで便器と便座と床を全部拭いてね」

「あとオナ禁、禁煙、禁酒、夜12時以降は喋るなだってさ」と僕は付け足す。

「はあ」神白は分かっていなさそうな返事をした。

そこへ数田が来た。なんともだらしなく伸び切ったシャツを着て、かなり眠そうな顔だった。

「あ、おはようございます」神白は数田の前まで行ってこちらにもきちんと頭を下げた。「数田さん、申し訳ありませんでした。助けていただいてありがとうございます」

「え、何、気持ち悪い」と数田は言った。それから僕を見て、「伊東君、おはよう」

「おはよう数田」

「具合はどう?」

「まあまあだよ」

「以外と平気そうだな。若いな」
数田は空いた椅子に座って、慣れた手つきでパンをトースターに入れた。

神白はゆっくりとその向かいに座りながら、「あのね……まだ怒ってます?」

「スーちゃん、また男の子いじめてるのかよ」とヨシオが割り込んだ。

「人聞き悪いこと言うな。『また』ってなんだ」

「この前来たやつも何かぺこぺこ謝ってたよね」

「そりゃ、障子破ったからだろ、それでお前がすごいキレたから、俺じゃなくてお前に謝ってたんだろ」

「あ、そうか。でもさ、その前の奴も土下座してたじゃん」

「あれは酔ってたんだよ。そのときも、廊下に吐かれたからお前がキレたんじゃないか。まあ俺もキレたけど」

「何、もしかしてこの家って旅館なんですか?」と神白は聞いた。

「まあ、事実上はそうなりつつあるよね。金取ったほうがいいのかな」

「もちろんお金はお支払いします」

「え、僕は払わないから」僕は急いで言った。「むしろ、今まで数田に払ったぶんを返して欲しいんだけど」

「ああ、いいよ」と数田は言った。

「スーちゃん、こんな若い子をカツアゲしてたのか」
ヨシオはまた楽しそうに言った。

「カツアゲじゃないよ」
数田は面倒になったのか、それ以上説明せず、焼けたパンを取った。

神白が何か料理を作ると申し出たが、「台所が汚れる」という理由で却下された。

実際、ヨシオは相当な潔癖のようで、先に食べ終わると隣の居間に入り、さっそく掃除を始めた。

ダイニングとの仕切りは障子のような枠組みに磨りガラスのはまった引戸で、それが開け放してあったので僕も居間に入ってみた。

居間の隅にはレースのカバーがかかったピアノがあった。それと、アンティーク調の赤いソファ、ステンドグラスのような模様のラグ、一応という感じで片隅に追いやられたテレビ。
テレビが誰にも使われていないように見えるのは、ソファの向く方向とテレビ画面の向く方向がまったく同じだからだ。

天井の明かりはシャンデリア風のデザインで、手が届くほどの高さにあった。ヨシオは埃を吸着する特殊繊維のブラシを持って、その傘のひとつひとつを拭いていた。

「ソファに座ってもいい?」

「どうぞ」

座ると想像以上にふかふかだった。ものすごく柔らかいというわけではないが、身体の沈み方がしっとりとしていて、そのまま眠くなりそうだった。

「座る前に聞いてくれた人は君が初めてだよ」と、ヨシオは言った。

「あんまりこんなこと言う立場じゃないけど、泊める人は選んだほうがいいよ」

「そう、しかし友達は選べても兄は選べないからな」

「確かにね……お気の毒」

ソファの背中側は出窓になっていて、レースのカーテンと洒落た格子窓の間に物を置けそうなスペースがあった。ヨシオは「ちょっとごめん」と僕の横から乗り出して、その場所の埃も拭き取った。

「年中、家の世話をしてるの?」と僕は聞いた。

「週末だけだよ」ヨシオは言った。「平日の間にたまった汚れを、土日に拭き取る」

「仕事してるんだね」

「うん。そう見えない?」

「何の仕事してるの?」

「うーん、まあ、医療関係だよ」

「ああ……」風邪薬の出所が分かった。
処方箋を弄れる立場なら、ドクターしかあり得ない。
「……風邪薬、ありがとう」
ごちゃごちゃ突っ込むのも面倒で、僕はそれだけ言った。

「まあサービスしとくよ。スーちゃんの大事なお客さまだからね」

「『スーちゃん』は何してる人なの?」
僕はずっと気になっていることを聞いた。

「さあね。何してるんだろ」ヨシオはとぼけたように言った。「ていうかそれは君たちのほうがよく知ってるんだと思ってたけど。ボランティアとかしてたんじゃないの?」

「さあ、そうは見えなかったけど……」
僕は、数田がかなり長い期間、浮浪者同然の暮らしをし、乞食のように僕から金を受け取っていたことを、言っていいものか迷った。

「俺の話、してる?」数田がダイニングから振り返る。

「してるよ。スーちゃんは職業は何なの?」ヨシオが笑いながら聞いた。

「何だろう」と数田もとぼけた。

「言えないなら、別にいいよ」と僕は言った。

「いや、俺、会社員なんだ」

「は?」
新しい情報が出るたびに、ますます分からなくなる男だ。
「会社員なら、会社行きなよ……なんなのその会社、すごい自由なの?」

「今は休みをもらってる」

「休み? 会社ってそんな長く休めるの?」
僕たちが数田と出会ったのは、かれこれ2ヶ月は前だ。その時点で彼は相当長いこと県境にいた様子だった。

「なんか病休をもらって、最初は復帰のお伺いみたいな連絡も来てたんだけど、そのうち来なくなったな。ネットが止まったからだと思うけど」

「それはさ、ネットが云々じゃなくて、もうクビになってるでしょ」

「クビにはなってないよ。今月分も傷病手当が振り込まれてるから。たぶん、クビにする手続きをするのも面倒なんだ、というか忘れてるんだと思う。大きな会社だからな」

給料泥棒という言葉をこれほど綺麗に体現する人間を初めて見た。神白が清貧に見えてくるほどだ。

「羨ましいなあ」と神白は呑気に言った。「福利厚生というやつですね」

「働き者が怠け者を支えるのが世の常だよ。アリだってそうだ」ヨシオはピアノの蓋を開けた。弾くのかと思ったら、化繊のクロスで縦に擦りながら拭いていく。不協和音が低音から高音まで満遍なく奏でられた。

「うるさいよ。こっちまだ食べてんだ」と、数田が言った。

「でも俺、今日は午前中で終わらせて遊びに行きたいんだよ」ヨシオはピアノの蓋を閉めてダイニングを振り返り、「あれ? 女の子起きて来ないね」

「彼女、風邪うつっちゃったみたいで」と僕は言った。

「マジで? なんだよ先に言ってよ。薬出すよ」
ヨシオは急に仕事人の顔になって、クロスをピアノの上に置いた。

「いや、まあ、とりあえずまだぐっすり寝てたから」

「ちょっとだけ、顔色だけ見せてもらおうかな」
ヨシオは廊下へ向かおうとする。

「何、診察?」

「触ったりしないから。君も一緒に来て。俺がひとりで女性の部屋に入ると怪しいだろ?」

「そうだね、怪しいね」
僕はヨシオに付いてダイニングを横切り、廊下に出た。

階段を登りながら、「すまないね、兄が迷惑をかけて」とヨシオは言った。

「迷惑? まあお金はかなり取られたけど」

「彼、鬱病なんだ。そう見えないだろ?」

「うーん」
申し訳ないけど、まったく意味がわからないので、僕はコメントを控えた。

「適応障害ってやつさ。普通の生活をさせようとするとまるで駄目なんだ。今年になってから、ひとりで遠出するようになって、定期的に浮浪者みたいな友達を連れ帰ってくるようになってからは、非常に病状は良くなってる。正直、引きこもっていた時は目も当てられなかったから、それよりはずっとマシと思ってさ。でもほんとに友達っぽい人を連れて来たのは今回が初めてだよ。君たちはスーちゃんの友達?」

「そうかな。まあ、神白がそう思ってるのなら、そうなのかも」
僕は今まで気づかなかった階段の手すりの細やかな流線型の彫り込みに目をやっていた。そこも毎週ヨシオが磨いているのだろう、複雑な形なのに塵ひとつ積もっていない。

これだけの立派な家と頼もしい家族に支えられながら、いったいあいつは何が不満なんだ。こんな恵まれた環境で適応が難しいと言うのなら、もはやこの世に生まれたことが間違いだったんじゃないだろうか。

ビィは横向きに身体を丸め、布団をしっかりと被って熟睡していた。今朝見た時も思ったが、だいぶ室温が上がっているのにすごく寒そうな姿勢で、顔色も寝苦しそうだ。

「ああ、大丈夫そうだね、風邪だね」
ヨシオはビィの顔をひょいと覗いて、すぐに言った。部屋に入ってすらいない。

「それは診断なの?」

「うん、まあ、お医者さんが言うのだから間違いない」
ヨシオはふざけたような口調で言い、さっさと引き返し始めた。

僕は引戸を閉めてから追った。
「何を確認したの? 本当に診たの?」

「君に風邪薬を渡しとくから、起きたら飲ませてあげて」

「……ねえ、なんで医者になったの?」
僕は、既に階段を降り切ろうとしているヨシオの背中に聞いた。

ヨシオは振り返った。彼が割と真顔でじっと見上げて来たので、僕は降りづらくなった。
「実を言うとジッちゃんのためなんだ。俺の祖父、結構早く死んだんだよ。それで悲しかったからさ。でもこれ、誰にも話したことないんだ。だから黙ってろよ。スーちゃんにもな」

「知られちゃ困るようなこと?」

「うん、ジッちゃんはうちの家では居なかったことになってる。そもそも俺が医者になったのは、親の強い希望でもあるしな、わざわざ志望理由を聞いてくる人は珍しいよ」

僕はもう一言くらい質問したかったが、ヨシオはまた背を向けて歩き出した。

どこがとははっきり言えないが、そこはかとなく面倒くさそうな家だ。それとも、上流家庭というのは平均的にこんなものなんだろうか。

いずれにしろ、数田の性格では耐えられないというのも、何となくわかった気がした。

**(時系列では、4章につづく)**

#小説

おまけ
数田家 間取り図っぽいもの

素人小説あるあるですが、書いてから間取り図を作ってみるとエッシャーのだまし絵のようになっていたので、文章のほうをだいぶ直しました。その位置から振り返っても階段は見えないだろう! とか。そんなのばっかりです。


「連載版」の続きは次の投稿
「一気読み版」から来た方は四章前半


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アラサーのママです。#小説 タグを無差別に読みます。長編小説「ゾンビつかいの弟子」をよろしくお願いします。目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c 現在は続編「怪獣をつかう者」連載中。

コメント2件

見取り図…なるほど面白いです。
かねきょさん 意外と、そこまで広くはないという…。あまり広すぎると掃除するの辛そう、とか考えてしまう(貧乏性)
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