怪獣をつかう者 2章 1-1

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これまでのあらすじ:2年ぶりの長期休暇を得た神白(25)と、大学が夏休みに入った伊東(21)は、怪獣(の3D映像上映ショー)を追って軽自動車で遠乗りをしている。昨日は宮城-秋田間を往復し、結局カラオケボックスに一泊。今後の予定は特に無い。


1.

不愉快なまどろみの中で、ずっと誰かが耳元で喋っていたような気がした。

染みついた煙草のにおいで頭が痛い。ソファは一部、歪んでいて、どうしても腰のあたりが横すべりしていく。そのため、気づくと変な力が入ったまま眠り込んでいて、身体の痛みは昨夜よりも増していた。

声はまだ聞こえていた。伊東の声だ。歌っているという感じではなく、誰かと話しているようだ。電話だろうか。

「うん。……じゃあ、トモ君も元気でね」

その言葉を聞き取った瞬間に、神白ははっとして飛び起きた。

「おはよう」伊東はスマホを耳元から離して言った。

「伊東君、それ僕のスマホ?」神白は向かいのソファにいる伊東を睨みつけてしまった。「トモ君と話したの? 今、話してた?」

「お前のスマホはこっち」伊東は不機嫌そうに、テーブルの上に置かれていたスマホを取って差し出した。「トモ君の番号だけ見せてもらったよ。大丈夫、他は何も見てないから」

「パスコードを覚えたの?」

「いや、昨日解除したんだよ。解除するために、お前にパスコードを入れさせただろ」

「ちょっとさ」神白は、勢いよく身を乗り出して伊東の手からスマホをもぎ取った。「あのさ伊東君。僕から君にルールを示して守らせないといけないのかな」

伊東は神白の剣幕にだいぶ驚いた様子で、少し間を置いてから「何。どうしたの」と言った。

「なんでトモ君と先に話すんだよ?」神白は泣きたくなってしまった。「僕が話さなかったから? そういうこと?」

「いや、何の話」伊東はうんざりしたような顔で言った。「僕、ただ、彼の具合を聞いて、見舞いに行ってもいいか聞いただけで……断られたけど」

神白は、トモルが伊東に何も話さなかったことに気づいた。

「ねえ、トモ君は大丈夫なの? ……なんか君の様子見てると、彼、もう長くないのかなって心配になったから」

「……いや、それは無いよ」神白は壁の時計を振り返った。ナイトパックの終了まで30分を切っていた。「もう出よう。これ以上歌わないでしょう」

伊東は黙ったまま、いらいらとした動作で伝票の挟まったクリアケースを取り、先に部屋を出て行った。

時間としてはかなりの早朝だったが、外はとっくに日が昇り、昼間と同じ明るさだった。まぶしさで目が痛い。

車に乗ってから神白は財布を開いた。
「伊東君、僕のぶんを……」

「いいって」伊東はすごくいらついた声で言った。

「いや、ちゃんと自分のぶんは出すよ」

「いいって」

「いいから、お願い」神白は千円札を3枚出し、伊東の手を取って無理やり握らせた。

それからエンジンをかけた。
かけてから思った。この時間帯ではまだ、どの店も開いていない。コンビニだけだ。そしてコンビニは今、目の前にあった。

どこにも行くあてはない。しかし、すでにかなり蒸し暑くなっていたので、エアコンはあったほうが良い。だから、エンジンを切りたくもなかった。

伊東は受け取った金をポケットに突っこみ、「僕、もう、帰ったほうがいいですか」と言った。

「ごめん」と神白は言った。

「帰るね。自分で帰る」伊東はドアを開けた。

「待って」神白は思わず彼の腕をつかんだ。「ごめん。ちょっと待って。本当に。今、話すから……」

「あのね」伊東はだんだん、怒りよりも呆れが勝ってきたような顔で、「話すとか話さないとか、さっきからうるさいんだけど。お前の私生活に何の興味も無いから、こっちは。勝手に悩んでればいいと思うよ。その手を放せよ」

「トモ君が結婚するんだ」神白は急いで言い、それから伊東の腕を放した。「うちを出て行くんだ。来月」

伊東はちょっとの間、黙っていて、それからドアを閉めてもう一度席に収まった。
「……君の元カノと?」と、伊東は言った。

「は?」神白はまた半ば怒鳴ってしまった。

「え、そういうことじゃなく?」

「何を言ってるんだ。違うよ。あっちは何年もつきあってた相手だ」

「うん……いや、よく分からないな。それっておめでたい話なのかと思ったけど、つまり、相手が君の元カノとかじゃない限りは。普通に祝ってあげられないの? なんで?」

「なんでだろう……」
それは、神白にもうまく説明ができなかった。あの夕食の席で、トモルが彼女にプロポーズしたと報告したとき、なぜ最終的にあんなにも嫌な空気になったのか……ひとつひとつのやり取りはごく当たり前のもの、よくあるもの、これまでの経緯から予測できていたものばかりだ。たぶん、全てが組み合わさった結果、なのであって、どれかひとつでも欠けていたら、違っていたのであって、その「どれかひとつ」にはやはり、自分と元カノのことも含まれているのだった。

「とにかくさ」伊東は少し声色を和らげて言った。「僕、今日、行きたい所ができたから、車出してもらえる?」

「え? 今から?」

「うん、どうせもうここに用事ないでしょ」

「いいけど……どこ?」

「まず僕の大学に寄ってほしい」と伊東は言った。

「え、なんで?」

「忘れ物」

「今から行ったら7時すぎには着くけど……学校開いてるの?」

「うん、24時間開いてるよ」

「けど、」

「いや、そんなに漫喫に行きたいんなら、行けば?」伊東はまた冷たい声になって言った。「僕はお前に付いてきてもらう必要は無いから。それじゃさようなら」

「待って、わかったって」
神白は仕方なく発進した。

田舎町の早朝は実に静かだった。それに、車内も静まり返っていた。伊東は助手席でずっとスマホをいじっていた。

「伊東君、ごめんね」
誰もいない交差点で信号につかまった時、神白は改めて言った。

「ああ」伊東はスマホから顔を上げずにうっすらと笑った。「まだその話、続いてたの?」

神白は大きく溜め息をついた。腹が立ったというよりも、疲れと胃もたれで息苦しかった。

「こうしよう」伊東はスマホから顔を上げた。「今後、君が『ごめん』か『すみません』を言うたびに、罰金を100円取る」

「なんで」神白は少し笑った。

「謝り方が、腹立つんだよ。だから、僕がいらいらしたぶんの慰謝料として100円。さっきのは特別に見逃す。次から100円取るよ」

「じゃあ僕が、伊東君を怒らせてしまった場合は、どうすればいいんですか」

「100円払って謝ればいいんじゃないの?」

「はあ……」

青信号になったので、とりあえず発進した。

伊東は急に声を立てて笑った。
「神白。嫉妬は見苦しいぞ」

「はあ」と神白はもう一度言った。「嫉妬ねえ……」

「トモ君のほうが世渡り上手なんだから、仕方ないじゃないか。彼は何でも君に先んじてるだろう。それにあのタイプは女子にモテるよ、実際」

「そうじゃなくてね」神白は考えながら言葉を選んだ。「僕が、今落ち込んでいるのは……実家が無くなるからなんだ」

「実家? ……無くなるってどういうこと」

「あの家に住む人が居なくなる。引き払って売りに出す。畑ごと、全部」

「ああ、僕の実家と同じか」伊東はさらりと言った。

「え?」

「しかし君の家は歴史が長そうだもんな。そりゃ大ごとだ」

「伊東君、実家もう無いの?」

「うん、まあ、うちは転勤族だもの。ほんとは僕が大学入った時点で一人暮らし始めて、母は父のところへ行く予定だった。ただ、あのときは……」伊東はちょっとだけ言い淀んだ。「……状況が良くなかったからね。でも、結局は予定通り、あの家は引き払って僕だけこっちに残った」

「そうか」神白はまた謝りそうになって言葉を飲み込んだ。「知らなかった。あそこはもう伊東君の家じゃないのか」

「ていうか、元からうちのものじゃないよ。あそこ借家なんだよ。……君の家は、そう簡単に行かないんじゃないか? 農家を畳むなんて簡単なことじゃないだろう。君は継がないの」

「僕もさ……継げって言われるのかと思ってたんだよね」神白はゆっくりと口にした。


(つづく)


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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。

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コメント2件

おおお。新展開。ドキドキ。
伊豆さん、ありがとうございます〜!
いま三章書いてますが迷走してます(゚Д゚)頑張ります…
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