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ゾンビつかいの弟子 8(最終)章-2

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関連リンク: 8章-1   8章-3 8章-4 エピローグ 
(※「ロボット」「生体ロボット」:多くの人が「ゾンビ」と呼んでいる。人間の身体を改造して作られた兵器と思われる。谷中准教授は過去にこのロボットと会話を試み、ポルトガル語で返事をさせたことがある。)


2.


実験室はふた部屋に分かれていた。手前がパソコンと各種の計測機器が置かれた作業室で、奥が生体ロボットのいる隔離室だ。ふたつの部屋は分厚い壁で仕切られている。その壁の中央には、灰色の鉄のドアがひとつあるだけで、窓は無い。ただ、部屋の中の様子はカメラで撮影されており、その映像がパソコンの画面から見られた。

『57』は椅子に拘束されていた。椅子は金属製で、それは椅子というよりも単に金属板を椅子のような形に溶接したものと言ったほうが正しかった。そして『57』の額、首、胸、腰、太もも、足首、手首と二の腕が、金属の閉じた輪で椅子に固定されていた。椅子自体も床に溶接されている。僕はその拘束の厳重さのほうに恐怖を感じた。

「コードをお預かりします」
ふたりいたスタッフのうちの片方が、谷中先生の持っていたCD-Rを受け取り、パソコン本体に取り込んだ。
もうひとりが鉄のドアを開けてロボットのほうへ行き、その服の裾をまくった。そして、長いケーブルの片方をロボットの腹部に取り付け、戻ってきた。

ケーブルのもう一端がパソコンに繋がれる。

「この0826-3.3.2というフォルダですか」パソコンを操作していた男が聞いた。「このフォルダ内、全部ですね?」

「そうです」と谷中先生は言った。

「録画を開始します」男はせわしなくマウスとキーボードを操作し始めた。「ドアをロック」

「ロックオーケーです」もうひとりが鉄のドアを閉じて言った。鍵の掛かる音がした。

ドアの下にはわずかな隙間があった。いま取り付けたコード書き込み用のケーブルや、心拍計、血圧計などの計測機器に繋がるケーブルが、その隙間をくぐってこちらの作業室に届いていた。

「伊東君、この中に入る?」谷中先生はドアを指して聞いた。

「入って良いのなら」

「……大丈夫?」

「ここまで来たらどちらでも同じです」


「書き込みが終わりました」と、パソコンを操作していたほうが言った。「3分、様子を見ますよ。問題が無さそうならドアを開けます」

頭がくらくらしてきそうだった。ここに来たことを後悔した。
家にいれば良かったのだ。

「伊東君」谷中先生は急に、僕の肩をつかみ、耳元に顔を近づけて、すごく低い声で言った。「あの中で俺が何をしていても、見なかったふりをしろ

僕は反応できなかった。

どういう意味だ?

僕は一呼吸置いてから谷中先生のほうを見たが、先生は扉の上の、天井のすぐ下に掛かっている簡素な丸い時計をじっと見上げていて、こちらを向かなかった。

「問題ありません。ドアを開けます」と、パソコンの前の男が言った。「ロック解除です」

「どうぞ」ドアの前にいた男が、そこを開けて僕たちを通した。

ドアは僕たちの背中でまた閉じられた。すごく嫌な予感がした。

『57』は斜め上の一点を見上げるように視線を固定していて、人形のように静かだった。

外国人だ、と僕は思った。黄色人種だが、日本人にはない彫りの深さがある。鼻筋から目の上にかけて力強く肉がつき、頬骨が張って、唇は厚い。薄く髭が生えていた。

[8月26日、2017年、午前11時24分、G県、日本]
と、谷中先生が英語で言った。

先生は僕を押しのけるように一歩踏み出して金属の椅子に近づき、かれの顔の前に右手を差し出した。

まるで握手を求めるかのような形の、その手の上に、黒い十字架が見えた。

先生が何かを喋り出したが、それは僕の知らない言語だった。
僕は何故か、それを聞いた途端に全身に鳥肌が立ち、強烈な吐き気を感じた。

ポルトガル語か。

谷中先生は相手に十字架を突きつけたまま、ときどき喘ぐような息継ぎをしながら、何かを暗唱するような早口で喋り続けた。

『57』はしばらく無反応だったが、やがてゆっくりと、目を谷中先生に向けた。

谷中先生はまた大きく息を吸ってから、続けた。

まるで呼応するように、拘束された相手は息を吸った。胸が上にあがる。かれの口が開いた。

「先生」僕は思わず谷中先生の腕を掴んだ。「とめて」

「ん」谷中先生はびっくりしたように中断して僕を見た。

僕はかれを見やった。「先生が話し終わるのを待ってるんですよ」

「ああ」谷中先生の吐き出す息が震えた。

かれが、喋り出した。開いた口から、声が出てくる。
男の声。
短い言葉。次に、長い言葉が続いた。

谷中先生がもう一度何か言うと、今度は間違いなく、かれはそれに『返事』をした。

汗が、止まらない。滴り落ちていきそうだった。

いきなり、鉄のドアが開いた。

「中止です」先ほどいたのとは別の男が、細ぶちの眼鏡の奥から敵意に満ちた目で僕たちを睨んだ。「出なさい! 今すぐ」

僕は谷中先生を見た。
先生は十字架を持っていないほうの手を口の上にぴったりと当てて、今にも吐きそうな顔で俯いていた。

『57』は暴れようとしていた。鉄の輪が皮膚に食い込んでいる。

「早く! 出て!」男は僕の腕を掴んで無理やり部屋から引きずり出した。「あなたもです! あ……」男は谷中先生を引っ張りながら、急に目を見開いた。「おい、ふざけんなよお前」

「ふざけんな?」谷中先生は部屋を出ながら、顔を上げた。真っ青だった。

さっきドアを開けた男が戸口に待ち構えていて、先生が出た途端に勢いよくドアを閉めた。

「これ!」僕たちを引きずり出した眼鏡の男は、谷中先生のジャケットの胸ポケットから万年筆のようなものを引き抜いた。
キャップの付け根に、カメラレンズがあった。

「なぜこんなことをするんです。あなたを信用して入れてるんですよ?」
眼鏡の男は静かに押さえつけた口調で言った。激しく怒っていた。

「こっちは信用してないんでね」谷中先生は疲れたように、溜息のような声で言った。「データをくれないだろう? 前回、渋られた。そして結局、編集済みのものを渡された」

「データをお渡しするかどうかは後でお知らせします」男の声は抑えつけすぎて震えていた。「これは国家プロジェクトなんです。わかっていますよね。プロジェクトを破綻させるような研究は許可されません」

「破綻したことを認めるわけだ。かれらに自我があると証明された」

「あれは登録された反射です」男は言い返した。「アレらに理性は残ってない。大脳を破壊されている。人間ではないんです。そのことをこれ以上掘り返すような真似は許されないですよ。元の目的を逸脱している」

「いいや、元の目的のままだ」谷中先生は苦しそうな顔で声を張り上げた。「イルカや猿や馬では駄目な理由が必ずある。人間でなければ駄目なんだ。人間であることが重要なんだ。俺はその事実に向き合ってるだけで、プロジェクトの主旨に反していない」

「先生。それはこちらが決めるんですよ」男はこれ以上無いほど上からな口調で言った。

「先生、ゴメンね」
と、ずっとパソコンの前に座っていた男が突然言って、目にも留まらぬ速さで谷中先生の右手から十字架をもぎ取った。
男が爪を立てて装飾を剥がすと、十字架の中心にカメラレンズが現われた。

部屋は静まり返った。谷中先生、眼鏡の男、パソコンの前と扉の前に居た男たち。全員が黙り込み、いらいらとした沈黙の中で互いの顔を睨み合っていた。

僕は自分の靴の爪先を見て、ここに来てから今まで起きたことのすべてを、その詳細を思い出そうと努めた。

「お引き取りください。追って連絡します」眼鏡の男が言った。

「データをください」と谷中先生は言った。「映像が欲しい。貴重なデータです」

「追って連絡します」

「あれが自我の証明でないのなら、渡せるはずでしょう」

「追って連絡します」
男は廊下へ続く引き戸を開け、僕を指さし、次に廊下をするどく指さした。

僕は廊下に出た。

谷中先生は唇を噛み締めながら僕の後を付いて出てきた。

「ボディチェックをさせてもらいますよ。すべて脱いでもらいます。ふたりともです」男は廊下を歩き出しながら言った。

「いいですけど、伊東君は勘弁してやってください」と、谷中先生は言った。

「駄目です。何を言ってるんです、あなた」

「彼は未成年ですよ。学部1年生です。何も知らないし、何も関わってない」谷中先生は急に必死そうな口調になった。「お願いしますよ、そのまま外に出してやってください。未成年ですよ」

「関係ないでしょう。大学生なら少なくとも18歳ですよね、もう成人でしょうが。ここまで連れて来て何を言ってるんです?」

「彼は何もしていないです。関わっていないんです」

廊下が別な廊下と交わって曲がり、エレベータホールに着き、1階に降り、最初に案内されたロビーに着いても、谷中先生はまだ同じことを繰り返し言っていた。
男の返事もずっと同じだった。

「先生、もういいですよ」と、僕は言った。

「伊東君、ごめん」谷中先生はすごく辛そうだった。「今日、この結果が出ると思ってなかった。わかっていたら連れて来なかった」

「連れて来られてません」

先導する男は口を引き結び、早足でガラス張りの廊下を歩いて行く。
その中ほどに、初めに僕たちを迎えた警備員の詰所と、それに付属する小部屋が見えてきた。

「Cチェックを。あと、Bも」男は警備員に向かって言った。「この子が先。次に先生。終わったら引き取ってもらって」

「わかりました」警備員は特に何の表情も示さずに、小部屋の戸を開けて僕を入れた。

とても狭い部屋だった。
それに、何もない。
床と天井と、四方の壁。窓は無く、天井の真ん中には裸電球がひとつ差し込んであった。
警備員が僕の後に入って、戸を閉めた。

「靴と衣服をすべて脱いでください」と、相手は言った。

「下着も?」

「下着も」

「今、すぐにですか?」

「そういう決まりなので」

谷中先生が嫌がるはずだ。僕はなるべく無心になってすべて脱いだ。
男は僕が脱いだものを手早くチェックしていった。

そのあと彼は、僕を立たせたまま、僕の周りを一周した。正面、左、背面、そして右。その四箇所で足を止め、それぞれ数秒ずつじっと観察した。
それからまた正面に戻り、僕に左手をあげるように言い、次に右手をあげるように言った。

男はそれからぐっと近づいて、ペンライトを取り出し、僕に耳を見せるようにと言った。左。右。次に上を向くよう言い、やや膝を曲げて屈み、斜め下から鼻にペンライトを向けて覗き込んだ。
そのあと、頭全体を、髪を逆撫でる方向に触った。

「目を見ます。触りますよ」男は僕が返事をする前に親指を僕の眼の下に当てて、ぐりぐりと左右に押しながらライトの光を当てた。上のまぶたも。そして、もう一方の眼にも同じ手順が繰り返された。

「口の中を見ます」と男は言い、懐から薄いゴム手袋を出してぴっちりと両手に嵌めた。「手を入れます。ごめんね」
僕が口を開けると、すぐ男の指が差し込まれ、すべての歯の表側と裏側、上顎の中央から奥、舌の裏、それに両頬の裏側を奥から手前まで満遍なく強く触った。
「いいです」と、男は言って、手袋を外し、新しいものをまたぴっちりと嵌めた。

「まだあるんですか?」

「ここに両手を置いて」男は無表情を保ったまま、壁を指した。「足を肩幅に。動かないでね。これで最後ですから」

「いつも、こんなことしてるの?」
性器と直腸に触れられて、僕は顔をしかめながら聞いた。

「そうだよ」男は仕事を終え、手袋を外しながら、「いちばん楽な仕事だよ。だってここにいる限り、人間しか見ずに済むから。……どうぞ、服を着てください」

僕は服を拾いながら、どうしても腕の震えを抑えられなかった。

「ごめんね」と、男が言った。

「いえ」僕は床を見ながらシャツのボタンを嵌めた。指が震えて何度も滑った。泣いてしまいそうだ。

小部屋を出て、先ほどの男と谷中先生の前を通らなければならないのが、何よりも嫌だった。僕は顔を上げられなかった。
警備員はいちど詰所に入ってから、すぐ出てきて、僕にスマホと財布と腕時計を返した。
それから彼は、僕が正面玄関の一歩外に出るまで着いてきて、僕のすぐ後ろでそのガラスの扉を施錠した。

少し経ってから振り返ると、谷中先生が小部屋に入るところが見えた。

僕は敷地を出て、道路を渡り、バス停の前まで行った。

だんだん腹が立ってきた。
マジで最悪だ。

谷中先生に恨みは無かったが、気まずいので先に帰りたかった。

時刻表を見る限り、バスはあと30分くらいは来ないようだった。
辺りはものすごく静かで、広く緩やかな下り坂となっている道の両脇に、森がせまっている。
その葉が風にさらさらと揺れる音だけが、ときどき思い出したように聞こえた。

谷中先生は数分後、また口を押さえながら出てきた。道路の向こうに僕を認めると渡ってきて、黙って坂を下る方向を指した。

「先生、大丈夫ですか」と、僕は数百メートル歩く間に3回くらい言った。
谷中先生は手を口元から離さず、黙って頷くだけだった。眼鏡の向こうで、目が少し潤んでいる。

道はゆっくりとカーブしながら、しばらくは同じような景色で続きそうだった。

「あのさ、先生」僕はいいかげん腹が立ってきて、思い切って言った。「泣きたいのは僕のほうなんですが……」

「ごめん、もう無理」
谷中先生はいきなり口から手をはなしてそう言うと、持っていた鞄を僕に押し付け、道端の草むらに向かって勢い良く吐き始めた。
と言っても、出てきたのは吐瀉物ではなく、水のように見える透明な液体だった。
先生は右手を自分の口に突っ込みながら、もう片方の手を拳にして胸の下あたりに置き、そのまま強く押した。

先生の口から、さらに透明な液体が溢れ出た。それと、ボールペンを短く縮めたような形の、黒い塊が出てきた。先生はそれを指でつまんで引き出し、「ああ!」と叫んだ。「死ぬかと思った。苦しかった!」

「カメラを飲んだんですか?」僕は思い切り嫌な顔をしてしまった。「いったい何個カメラを仕込んでたんです」

「これが本命だ。取られたふたつはフェイク。伊東君、俺のPCを出してくれるか。メールを送りたいんだ」
谷中先生は僕に預けた鞄に左手を入れ、ハンカチを引っ張り出して、ぐちゃぐちゃになった右手と小型カメラを拭いた。

それから先生はその黒い塊の先端部分を回した。ネジ式のキャップが取れて小さなジャックが現われた。先生はまた鞄をあさって、取り出した短いケーブルをそのジャックに差し込んだ。

「すぐに送るんだ。向山先生に。送ってしまえばこっちのもんだ、もう誰にも消せない」
谷中先生は僕の手からノートパソコンを受け取ると、道路の隅に置いた。スリープ状態になっていたようで、開けるとすぐにメール画面が表示された。
谷中先生はパソコンの前に片膝をつき、小型カメラに繋いだケーブルのもう一方をUSBポートに差し込んだ。

山の中の、誰も来ない道路の隅、そのアスファルトの上に直置きされたノートパソコンが、見慣れたメール画面とファイルエクスプローラを表示している様子は、すごく滑稽だった。

「……胃を綺麗にするって、このためですか」僕はようやく思い当たって、言った。「全然、最初からそのつもりだったんじゃないですか。用意周到すぎる」

「いや、何度もチャンスはうかがってた。でも今日ではないと思ってたんだ。本当だよ。でなければ伊東君を連れて来ない。本当だよ」
谷中先生は道路に片膝をついたままの姿勢で、向山先生に宛てて件名も本文もないメールを作成し、動画ファイルを貼り付けてすぐに送信ボタンを押した。
「電波は……大丈夫だね。……よし。これでもう大丈夫だ。あ、あと適当に何人かに送っとくかな。念のため」

僕はついに、笑ってしまった。
「先生、若い頃、無鉄砲って言われてませんでした?」

「ああ、今も言われてるな」谷中先生はメール作成画面の宛先欄に、次から次へと誰かの名前を入れていきながら、「だってそうじゃなきゃ、こんなことに関わらないしな。……伊東君。ほんっとうにごめん」

「まあいい勉強になりましたよ。よく、わかりました。師事する先生を間違うとどんな目に遭うのかってことが」

「伊東君。……さては、君、意外とタフだな?」
谷中先生は送信ボタンを押してから僕のほうを振り返り、すごく面白そうにそう言った。



→ 8章-3



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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。

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