怪獣をつかう者 1章 3-2
これまでのあらすじ:正体を明かさぬ技術者集団によって各地でゲリラ的に開催される「怪獣ショー」は、SNS上でカルト的人気を集めていた。飛び込み営業をしてくることを条件に1週間の有給休暇を許可された神白は、友人の伊東を連れて怪獣ショーを観に行き、その不思議な立体映像をコントロールしている技術者たちのリーダーに「営業」をかける。また、同行した伊東は彼らのテントに自分のiPhoneをわざと置き忘れ、「iPhoneをさがす」機能を使って彼らの行先を突き止めようとするのだった。
何事かと思い、開くと、弟のトモルからのショートメッセージで、
<有名人みたいだな?>
<一緒にいるの誰?>
の文字の他に、土砂降りの中、テントに出入りする神白と伊東の姿をうつした写真が3枚送られてきた。
非常に画像は粗いが、神白のほうは髪の色とわずかに写りかけた横顔から、知り合いならすぐに気づくくらいに特徴が表れていた。伊東のほうは、始めの2枚は後ろ姿。3枚目は正面から全身が写っている。ふたりで傘を差している写真だ。ただし、顔は少しぶれていて、判別ができるかどうかは微妙なところだった。
画像はInstagramのスクリーンショットで、知らないアカウント名だった。「いいね!」が29件、31件、38件。投稿者のコメントは「新顔?」と「相当若い」、ふたりでひとつの傘を使っている3枚目の画には「仲良さそうw」。
ハッシュタグは#怪獣、#kaiju、#マスチ、#マスチェ、
# MonsterMasterChaser、#情報求む……
この怪獣騒ぎが始まって以来、アイドルの全国ツアーを追うかのごとく「怪獣」を追ってどこまでも駆けつけるファンが現われ、彼らは「モンスターチェイサー=モンチ、モンチェ」のハッシュタグで繋がり合っていた。神白は主にこの界隈のお祭り騒ぎを見ながら状況を把握し、ようやくのことで今回の有給取得に漕ぎつけたわけだが。
マスチェとは何だ。いいねの数からすると、怪獣本体の追っかけよりは相当小規模なグループのようだが、嫌な予感しかしない。
とりあえず神白は<伊東君>と返信した。
<ずるい>
と、トモルはすぐに送ってきた。どうやら暇らしい。
<死ね>
<ひとがくるしんでるときに>
<伊東君によろしく言って>
<あと死ね>
「誰かからメール?」伊東が聞いた。
「トモ君が君によろしくって」
「ああ。彼、元気?」
「また入院してる」
「ああそう。お大事にって言って」
<伊東君がお大事にだって>と、神白は送った。
返事はすぐに来た。
<ありがとうと伝えてくれ>
<あと死ね>
神白は伊東が途中まで撮影した怪獣の動画を送ってみたが、サイズが重すぎたようで、送信が終わらないうちにメッセージアプリの反応は止まってしまった。
「僕たち撮られてたらしい」神白はスマホをそのまま伊東に渡した。
「は? 何?」伊東はトモルの送ってきたスクリーンショットを見て顔をしかめた。「マスチェって何」
「マスターチェイサー……僕も知らなかった。飼い主のほうを追っかけてるファンがいるんだ」
「つまり僕たちと同じことをしているわけだ。チェイサーか。ふーん」
伊東はすごく嫌そうに少し目を細めて、首を傾げ、急に立ち上がって店内をぐるっと見回した。
神白がつられて振り返ると、斜め後ろの席に入っていたふたり組としっかり目が合ってしまった。
神白と同年代くらいの、男がふたり。どちらも冴えない風貌で、眼鏡をかけており、スマホを持ち、座席の奥側にリュックを置き、神白たちとほぼ同じメニューをとっていた。
「ちょっと、なんですか」と、片方が言って腰を浮かせた。
伊東は立ったまま、神白のスマホをふたりに向けていた。
「やめてよ。なに? ちょっとさあ」
男たちはガタガタと立ち上がってこちらへやってきた。
目の前に立たれると、片方はとても背が高く、固太りで、それだけで非常に威圧感があった。
もうひとりはそれほどでもなく、ほとんど脂肪ばかりという雰囲気だが、目つきは意外にも鋭かった。
「自分たちが同じことされたら怒るの?」伊東はスマホを神白に返しながら、言った。
神白は一応、フォトフォルダを見たが、画像は無かった。撮るふりをしてみせただけらしい。
「撮ってませんよ」神白はその画面をふたりに見せて言った。
「ほんとに? え、今、撮ってなかった? 動画も?」大柄なほうがすごむような態度で言った。
「僕たちは怪獣の関係者じゃありませんよ」神白はなるべく穏やかな言い方になるように注意して言った。
「関係者じゃない? 今朝、あそこに入ったよね? 部外者なのに?」
「無理言って入れてもらったんです。僕はイベント会社の営業です」神白は言いながら、立ったままふたりを睨みつけている伊東に、身振りで席に座るように促した。
伊東はすごく不機嫌そうに腰を下ろし、神白の食べ残した丼をガツガツと掻き込みはじめた。
「まったくの部外者、飛び込みです。うちの会社で企画する何かのイベントに出てもらえないかと交渉しにうかがったんです」
「ふん、イベンターさんか」大柄な男はすごく偉そうに、微かに頷いた。「じゃあでも、話したんだ? 何か言ってた?」
「社外秘ですので」と、神白は言った。
「あ、へえー。そう」男はわざとらしく語尾を伸ばした。
「このアカウントはあなたですか?」神白はトモルの送ってきたスクリーンショットを見せた。
大柄な男はもうひとりの男を見やった。
「そうだけど」と、もうひとりは言った。
「僕の写真は構いませんが、彼のほうはもうすこしボカしてもらえません?」神白は写り込んでいる伊東の姿を示した。「僕は仕事で来てるから顔を知られてなんぼですが、彼のほうは学生さんですよ。一般人です。こういうのは、無害だとしても、行儀が悪いと思いません?」
「え、顔が写ってないから十分かと思ったんだけどな」アカウント主は馬鹿にしたような苦笑いをした。「それに関係者かと思ったから……一般の人だと思わなくて」
「とにかく君たちは間違ったほうを追い掛けてたんだから、もう消えて」伊東は丼から顔を上げずに言った。「僕たちこれから地元に帰るんだから。ついてこないで。ていうか、こそこそ撮ってないで堂々とテントに入ればいいじゃんか。ばっかじゃないのマジで」
「伊東君」神白はたしなめた。
「消しますよ」アカウント主はいらついた声で言った。「消すけど、スクショとかアーカイブされちゃったぶんはもうしょうがないよ。諦めて。顔は写ってないんだから、神経質になることじゃないと思うよ」
「聞いてなかったの?」伊東は丼を空にし終わって、顔を上げた。「消えろと言ったの。ごちゃごちゃ喋んないでくれない? 目障りだよ」
「ちょっとさ、なんでそんなに突っかかるわけ?」大柄なほうが憮然として言った。
「あの、お客様……」と、割烹着姿の中年の男が、ものすごく低姿勢な態度で割り込んだ。にこにこしているが、目が笑っていない。「何か、ございましたか?」
「すみません、もう出ます」神白は伝票を取って立ち上がった。「伊東君。もうそれ以上喋らないで」
「ごちそうさま」伊東は立ち上がると、ものすごい速足で先に店を出て行ってしまった。
神白は、割って入った割烹着の男にレジを打ってもらいながら、謝った。
「いえ、大変失礼いたしました」割烹着の男は底知れないにこにこ顔を決して崩さなかった。「またお越しくださいませ」
本心をどこにも表現せず、それでいて嫌な印象を絶対に与えない。商売人というのはものすごいものだ、と神白は思った。
伊東はエスカレータの乗り口で待っていた。
神白はひとこと言ってやりたかったが、
「ごめん」
と、先に謝られてしまった。
神白は黙って下りのエスカレータに乗った。伊東が並んだ。
地方の町ならではの、閑散とした空気のあるショッピングモールだ。通路に見えるのはほとんどが家族連れか、年老いた夫婦ばかり。自分たちがすごく場違いなところに来ているような気持ちになる。
怪しいふたり組は、追ってはこないようだった。
「色々気を付けないといけないね」神白は言った。「見られてるなんて考えもしなかった」
「営業を掛けにいってる人も、君だけじゃないかもな」伊東は言った。「ライバルが多そうだ。もうひと工夫、必要だな」
「なんか思ったよりめんどくさい感じになってきてない? 僕は有給取れた時点で目的は達してるんで、深追いしなくていいんだけど。社長には『駄目でした』で通すよ」
「うーん、いや、何かまだ裏がある気がする」伊東は首を傾げて言った。「けっこう大きな金が動いてるじゃん? 単に光る怪獣の画が見れるっていうだけのイベントじゃない気がするんだよね」
「別にそういう陰謀みたいなのは知りたくないなあ」
「いいから、付き合ってよ」と、伊東は言った。「もうちょっと楽しませろ。どっちにしろスマホを取り戻さなきゃいけない」
「君を楽しませるための有給じゃないんですけど」神白は文句を言いながらも、つい、笑い出してしまった。
(つづく)