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ゾンビつかいの弟子 8(最終)章-1

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関連リンク:  8章-2 8章-3 8章-4 エピローグ 
(※「ロボット」「生体ロボット」:多くの人が「ゾンビ」と呼んでいる。人間の身体を改造して作られた兵器と思われる。谷中准教授は過去にこのロボットと会話を試み、ポルトガル語で返事をさせたことがある。)


八章


1.

乗継ぎを挟みつつ、新幹線で約100分の旅だった。
谷中先生とふたりきりで間が持つのかという不安はあったが、どうせまた先生が一方的に喋りまくるに違いないとも思った。

しかし、その当てはある程度外れた。谷中先生は席に収まるとすぐにノートパソコンを広げ、論文を書き始めた。

「あ、気にせず話しかけてね」谷中先生は言った。「文章に集中してると、たまに返事がおかしいかも知れないけど。あんまり変だったらツッコミを入れてくれ」

「こんなところで広げて大丈夫なんですか?」と、僕は聞いた。

「ん、まあこのPCは出張用だから丈夫だし、壊れても惜しくはないやつ」

「そうではなく、その内容は機密じゃないんですか。普通に通行人からその画面見えませんか?」

「ああ、これ、生体ロボットじゃなくて、俺の本業のほうの論文だよ」谷中先生はピアニストが技巧を見せるときくらいの速さでタイプしながら言った。

「AIですか」

「そう。来週、学会なんだ。締切に追われてる」

「来週って……、もう土曜日ですよ」

「だから追われてる。1回目の締切を逃した。まあどうせ守ってない奴ばっかりだが」

「はあ」

集中して文章を書いている人間に横から話しかけるのも気が引けて、僕はその後はスマホでSNSを見ていた。

「俺に何かあったら、伊東君、このUSBだけ頼むよ」だいぶ長く書いてから谷中先生は少し手を休めて、そう言った。

「これですか」僕は、パソコンの脇に挿してあるUSBフラッシュメモリを見た。

「そう。この原稿が入ってるからね。ここまで書いたのにパァになったら死んでも死に切れん。必ず向山先生に渡して、俺が死んでも論文だけは学会に出してもらわないと」

「何か大発見ですか」

「いや、別に前回とそう変わりないが。でももう8割書いたんだからさ。せっかく頑張ったのに、世に出なかったら、もうこの数ヶ月は俺は生きていなかったのと同じだ」

「そんなもんですか……」

「まあこの業界は論文の本数がすべてなんだ。前回と変わりない内容であっても、1本あるのと無いのとじゃ大違いだ。だから大した進展がなくてもせこくマイナーチェンジして出し続けるんだ。実力のない者は小手先の技を磨かないとな」

「そんな」僕は苦笑いした。「先生は実力者だから准教授なんでしょう」

「准教授なんてねえ、君、雑用係の称号だよ」

「またまた……」

「いやいやこれは、本当だって。俺や向山先生の毎日は雑用に忙殺されている。久山君が羨ましいよ。彼のように一日中研究に没頭していられる時期に、もっと真面目にやっておくんだった。後悔したときにはもう遅い。そうして若い者に追い越されていくのさ」
谷中先生は喋りながらまた執筆を再開し、喋っているのとはまったく違う内容をものすごい速さで書き込んでいった。
AIを開発するより谷中先生の能力を解明した方が、人類の文明は発展しそうだ。

O駅で乗り換え、G県の中心駅に着き、そこからローカル線で移動し、さらにバスに乗った。

「あ、お土産。忘れないようにしないと」谷中先生は言った。「帰りに買わないとな。いつも、帰りに買わないと、と思って、忘れる。それでO駅で慌てて買うことになるんだ。伊東君、俺が買い忘れてたら言ってくれよ」

「もうスーパーとかで普通のクッキー買って『G県に行ってきました』と書いた封筒にでも詰め直せば良くないですか」

「ああ、いいな。もし忘れちゃったらそれで行こう」

隔離施設は小さめの山と山の合間に紛れこむように建っていた。バス停の駅はこの施設のためだけに最近新設されたようで、真新しい時刻表のついた立て看板が、妙に浮いた雰囲気で道路の脇に立ててあった。

施設はなんとなく病院を思わせる外観で、2棟に分かれており、棟と棟を繋ぐガラス張りの通路の中央に、来客用の入口があった。

制服を着た警備員が、名前と所属の記帳を求め、さらに、荷物をすべてここで預かる、と言った。

谷中先生は慣れた調子で鞄を預けながら、
「これだけ、持って行くよ」
と、外ポケットから無地のCD-Rを取り出した。
「事前に伝えてあるはずだ。実験で使う」

「いったん見せてくださいね」警備員はCDケースを手に取り、表、裏、と確認し、ケースを開けて中身を取り出し、再び表と裏を見た。
それから元に戻して谷中先生に返し、
「はい、いいですよ」

「どうも」

僕は手ぶらだったので、ポケットに入れていたスマホと財布だけを渡したが、腕時計も警備員に指摘されて取り上げられてしまった。

「何を警戒してるんです?」と、僕は聞いた。

「技術スパイですね」警備員は言った。「これでもだいぶ緩いほうですよ、おふたりは身元が判明してるから。よくわかんない人の場合、全部そこで脱いでもらいます」
警備員はそう言って、詰所の隣の小さい扉を指した。

「アナログの時計なんてスパイと関係あります?」

「もちろんありますよ。腕時計とボールペンは仕込みやすいんです。中に空間が作れますから」

ようやく警備員から解放されると、通路の端でスーツの女性が待っていた。

彼女は開口一番、「あら、学生さんですか。珍しい」と言った。親しげな口調だが、顔は少しも笑っていない。その意味ありげな緊張感は、B山で見たハッカソンの連中とよく似た雰囲気だった。
歳は30代くらいに見えた。

「俺の一番弟子だよ。優秀なんだ」谷中先生は案内されて通路を行きながら、また調子良く言った。

「違いますよ」と僕は言った。

「お若いですよね。学部生じゃないですか?」女性は僕を振り返って聞いた。

「学部1年です」

「あら! 1年生。谷中先生、悪どいですねえ」

「いや、俺が引っ張ってきたんじゃないよ」谷中先生は笑いながら言った。「彼が自分から来たいって言うから」

「言わせたんでしょう」女性は少しだけ笑うような顔をした。

「そう、言わされたんです」と僕は言った。

「おいおい、伊東君、俺そこまで非道な人間じゃないって……」

天気はとても良く、ガラス張りの通路には明るい白い光がたくさん注ぎ込んでいた。建物は全体が静まりかえっていて、まるで僕たちしか居ないかのようにすら思えた。

北側の棟に入ると、廊下とロビーを兼ねたような広めの空間があり、ソファが並べてあった。僕と谷中先生はしばらくそこで待たされた。

「伊東君、朝ごはん食べてきた?」谷中先生は急に聞いた。

「ええ、軽めにですが」

「そうか。お腹空いてる?」

「まあ、おやつがあってもいいですね」
そろそろ10時半くらいのはずだった。

「全部終わってからのほうが良いだろうな。俺はちょっと、胃の中を綺麗にしてくる」谷中先生はソファから立ち上がった。「あの人がもし戻ってきたら、トイレだと言ってくれ」

「綺麗にしてくるって何ですか?」

「言ったままだ」谷中先生はごく当たり前の足取りで廊下の向こうへ行き、その中ほどにあるトイレの中へ消えた。

吐くってことなのか? だったら食べて来なければいいのに。
と言うか、黙って行ってくればいいのに。怖いことをいちいち言わないで欲しい。

吐いている音がもし聞こえてしまったら本当に嫌だと思ったが、特にそんなこともなく、谷中先生は先ほどの女性が戻るのとほぼ同時に戻ってきた。
けろりとした顔で、顔色も雰囲気も特に変化は無い。
なんだか、白々しい芝居でも見せられているような気分だった。

「お待たせいたしました」女性が先ほどよりも硬い口調で言った。「好きな順で見て良いそうです。今日も実験をなさるんでしたっけ?」

「そう。個体は57がいい。もし駄目なら56」

「両方とも待機させます」女性は言った。「そしたら、まず他の個体のチェックをしていただいて、そのあと実験室のほうへ?」

「そうしてもらえると助かる」

「承知しました」
女性はストラップで首から下げていたシンプルな形の携帯電話を取り、今言ったのとほぼ同じ内容を電話の相手に伝えた。
それから急にきびきびとした足取りになって、僕たちを先導して歩き出した。

エレベータで上の階に移動し、防火扉のようなものをくぐった。その先は刑務所の独房のようなものが両脇に並ぶ廊下だった。廊下とそれぞれの部屋の間はマジックミラーで仕切られ、こちらからは生体ロボットがその部屋で過ごしている様子が見えたが、ロボットのほうからは「大きな鏡の付いた壁」としか認識されていないらしかった。

ヤツラのほとんどは部屋の中央に据え置かれた椅子に座るか、または床に直接座り込んでいて、ほとんど動かなかった。どの個体も同じデザインの入院着のようなものを着て、髪は短く刈られ、清潔を保たれているようだった。そうして身綺麗にした状態で見る限りは、本当に人間の囚人のようにしか見えなかった。

それぞれのマジックミラーの端に、白い薄い板が張ってあり、大きな文字で番号が書かれていた。41、42、43……

「あれがロボットの名前ですか」と、僕は女性に聞いた。

「部屋番号ですが、個体の識別にも使っていますね」と、女性は答えた。そして45号室を素通りしようとする谷中先生を呼び止め、「ここですよ。ここから3体です」と声を掛けた。

「ああ」谷中先生は足を止め、45番の個体を眺めた。

『45』は床にうずくまるような形で眠り込んでいた。
谷中先生は無表情で数秒眺めて、次の部屋の前へ行った。

『46』と『47』はどちらも椅子に座り込んでぼんやりとうつむいていた。
2体とも、虚ろな顔というよりは、疲れ切った人間のような表情だった。

僕は思わず、彼らに「人間らしくない」部分が無いか、必死で探してしまった。

「こっち、寝てるね」谷中先生は45番の部屋の前に戻って、女性に聞いた。

「ええ、確認しております。通常の睡眠です」

「あいつは前見たときも昼間に寝ていたな」

「というより、どの個体も昼夜関係なく思い付いたときに眠ります。ここの個体は動作を抑制しているので、なおさらですね。一日の大半は寝ています」

「この3体がうちの担当のロボットということですか」と、僕は聞いた。

「そうだ。あともう4体ある」谷中先生は言った。

女性は僕たちを促して通路を引き返し、別な区画へと案内した。
「こちらは少しうるさいですよ。びっくりしないでくださいね」
女性は僕に向かって言いながら、重たい鉄の扉を開けた。

先ほどと同じく両側にマジックミラーの並ぶ通路だったが、こちらの生体ロボットたちはほぼ全員が激しく動き回っていた。直進して壁にぶち当たっては、また別方向に直進してぶち当たる、ということを繰り返しているものが多い。典型的な「ヤツラ」の歩き方だ。

あまりにも強く壁に当たりすぎて、打った額や鼻が赤く腫れているものも居る。また、まるでこちらが見えているかのように執拗にマジックミラーへの突撃を繰り返しているものも居た。
うるさい、という言い方は比喩だったようで、実際には音はまったくしなかった。

112号室と113号室が向山研究室に与えられたロボットだった。

『112』はマジックミラーに頭突きを繰り返しており、『113』は奥の壁をずっと踵で蹴っていた。

「あのまま、条件変えてない?」谷中先生は渋い顔をして聞いた。

「特に変更は無いと聞いておりますが」と、女性は答えた。

「週明けにもう一回調整をする。あまりいい傾向じゃないな」と、谷中先生は言った。

「いい傾向じゃない、というのは?」と僕は聞いた。

「思ったのと違う結果が出ている。どちらも、呼吸が浅くなっている」

「やっぱり、直接見ないと確認できないことですか、それは」

「ナマモノだからなあ」谷中先生は重たい溜息をついた。「もちろんデータで見てもだいたいそんなところだろうとアタリは付くけど、直接見に来ると実感が違うよ。明らかに苦しそうだ」

こんなことはあんまりだ、と僕は思った。彼らに自我があるかないかという問題ではないだろう。許されないことだ。

「どうしても、こうしなければいけないんですか」
いま聞くべきことではないとわかっていたが、僕は黙っていられなかった。

「こうしなければいけないんだ」谷中先生は言った。「それがこの研究だ。だから俺はいちばん嫌な映像をいちばん最初に見せただろう。綺麗事をイメージして欲しくないからだ」

不思議と、吐き気は湧いてこなかった。恐ろしいものを見ているというより、悲惨なものを見ているという気分だった。

「今からもっと嫌なものを見せるかもしれない」と谷中先生は言った。「もし、あれなら、さっきのロビーで待っていたら。伊東君に見てほしいとは俺は思わないよ」

「いえ、行きます」と僕は言った。

女性は僕たちの会話を聞いていないかのような顔で、黙って別な方向を見ていた。

「彼らは何を食べるんですか?」僕は聞きながら、自分が『かれら』という言葉を無意識に選んだことに、少し驚いた。

「何も食べません」と、女性がこちらを向いて答えた。「水を少しだけ」

「じゃあどうやって動いているんですか? エネルギーは必要でしょう?」

「体内に特殊な糖類が蓄積されていて、それを消費して動いているようです。ですから、脳だけでなく内臓機能も相当、作り替えられています」

3年の寿命というのは、そこらへんも関係しているのかもしれない。

「食べ物が必要ないというのは、戦場ではこの上ないメリットだ」と、谷中先生は言った。「戦場で戦うロボット、つまり、普通の機械的なロボットもけっこう開発されているけど、電源の問題は常に付きまとう。ナマモノの効率の良さに比べたら電気モーターの熱効率などゴミのようなものだからな」

「そういえば、イルカを調教して兵士に仕立て上げるという話を聞いたことがありますね」と僕は言った。

「ああ。まあそれは半分以上デマだけどな」

「そうですか?」

「確かにアメリカ軍はイルカを飼ってるが、武器を持たせて何かを攻撃させたりはしていないと言っている。実際、それはあまり現実的ではないよ。イルカには、道具を使って何かを壊すということが理解できない。それでいて、彼らは機械的に命令を聞くわけではなく、彼らなりの知性でもって、何か考えを持って行動している。だから、イルカに武器を持たせるのは、よちよち歩きの子供に武器を持たせるのと同じことで、それは敵にとって脅威になるだろうが、味方にとってもリスクが高すぎる作戦だ。他にもっと低コストな方法がたくさんあるだろう」

「持たされた武器の意味を理解できず、味方を攻撃してしまうかもしれないということですか」

「それが怖いし、もっとありそうなのは、攻撃をさせられることに本能的な恐怖を感じて、命令を拒否し、逃げ出してしまう、という線だな。そうなるとそれまでの訓練が無駄になるし、武器も持ち逃げされるわけだ。これは大きなリスクだよ。けどさ、人間の兵士ですらしょっちゅう前線から逃亡するんだから、イルカにそうするなというほうが無理な話だろう。彼らは戦争というものを理解できるほど賢くないけど、何も考えずやみくもに特攻できるほど馬鹿ではないんだよ」

「56と57の準備ができました」携帯の画面を見ていた女性が、口をはさんだ。「移動しましょう」

「僕の友達は倒し損ねたロボットに、太郎、次郎、三郎と名前を付けていました」と、僕は言った。

「人間的な名前だな。よく考えると、意味は結局数字だが」

「彼は、あのロボットたちには魂があると信じていて……」

「俺だってそう思ってるさ」谷中先生はすぐに言った。

「こんなことをしているからには、自分は地獄へ行くだろうと」

「俺はいま地獄に生きているよ」谷中先生は先へ行ってしまった女性を追いながら、通路を大きく見渡した。「ここが地獄だろう。そう思わないか?」

僕は何とも答えられなかった。


→8章-2

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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。
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