蛇足かと思ったが消し難かったので

あとがき:伊東君へ


生きていくことの苦痛を知っている人間でなければ、やはり物語の主役にはなり得ないと思っている。
それは、ただでさえ私が書くのは「作り話」なのだから、もし、痛みを知らない人間が「どこかで何かをしているらしい」というだけのストーリーなら、短ければそれでも書けるだろうが、長くなればなるほど「だから何?」みたいになってくるような気がする。その架空の人間が架空の世界の中でどんな目に遭おうが、どんな人生を送ろうが、知ったことか、という気がしてきてしまう。

ただ、苦痛をメインに描くのは私にはいまひとつ、それもよく分からなくて、この世に生きることが苦痛に満ちているなどという当たり前のことを、ことさら小説を通してもう一度思い知りたいとはおもわない。

私がいつも、自分の書くお話の中で、描きながら見届けていたいと思うのは、苦痛を思い知って傷ついた人たちが、その次、その先に何をするかだ。

大袈裟にいうなら、「世界が(その人の主観の中で)終わった」後、それでもまだその人自身が物理的には「死んでいない」のなら、やはりその続きを生きなければいけないという現実。
そのとき、何を足掛かりにしてその人はもう一度立ち上がり、どの方向へむかって歩き始めるのか、ということを、いつも真剣に考えていたいと思う。

今回の主人公の「伊東君」を書くのは、困難ではなかったが、いつも気がかりに満ちていた。それは、私が書いてきた歴代の主人公の中で群を抜いて「無口な」主人公だったからだ。

外面的に無口な主人公というのはよく書いてきたが、伊東君のように、内面、地の文のほうに感情の吐露が(めったに)現れてこないような主人公は、私にとっては初めてだった。
伊東君はよく喋る人間だし、はっきりと物を言うが、そこに出てくるのは「コミュニケーションを取ろうとする意思」であり、「伝えたい内容」はほとんど含まれていない。地の文のほうでもそれは同じで、彼が考えたり感じたりしていることはそこに現われていても、彼が「ほんとうはどんな人間なのか」ということが、なかなか見えてこなかった。

3章までを書き終わったとき、私はそれまで自分が書いてきたものを振り返って、これは伊東君が神白という男に出会う話だというふうに読み取った。最初からそう意識して書いた覚えはなかったが、確かにそのようなストーリーになっていた。
そして、かなり重要な事実として、神白という人間は伊東君が出会う相手としては随分と不足の多い人間だということを、否定できなかった。

伊東君はたぶん、大切に育てられてきた子供時代を終えて、同級生との交流にも飽き足らなくなって、自分を外の世界へ、高みへと、引き上げてくれる先輩を求めて旅立ったに違いないが、まあ有りがちな間違いとして、ろくでもない先輩を引き当ててしまっている。
神白はいいやつだが、たぶん伊東君よりも遥かに子供で、彼の指導者たりえないのだ。

4章で神白が「泣いていた」と言われる場面に差し掛かったとき、私は長く悩んだ。それはすごく神白らしいと思えたけど、伊東君にとっては幸先の良くないターニングポイントになる。神白という男が、伊東君のこの先進むべき道を直接教えてくれるような存在ではないことが、明らかになる場面だからだ。

私は、きっとどのように書いてもこのあとふたりはさらに親密さを深めるのだろうと予感した。ただ、その方向性や密度しだいでは、もともとふたりが取り組んでいた「ゾンビとのたたかい」という設定が、完全に不要になって、無意味なものになってしまう可能性があった。

それで結局、長く深く悩んで、私自身、このあとどうしたいのかよくわからなくなるほどで、結局のところ、だからといってこれ以上はどうしようもない、という気もした。

とにかく、せめて「完結しないのでは」という不安だけでも取り除くしかないと思って、私は執筆の速度を上げた。この数ヶ月、すごく楽しんで続きを書きながら、同時に、いつも追い立てられるような気持ちでいた。
今日、書かなければ、明日は何も思い浮かばないかもしれない。そのまま挫折してしまうかもしれない。
それに、今書いている原稿は最終的には本編に採用できない場面になるかもしれない。書いてみたら先が無いようなストーリーで、どうにもならず、破棄せざるを得なくなって、全部が無駄になるのかもしれない。
毎日、毎日、そういう恐怖に追い立てられていた。

けれども、結局のところ、恐れていたようなことは起きなかった。途中で続きが思いつかなくなることもなく、ストーリーが行き詰まって取り消さなければいけなくなるような場面もなく、伊東君は当たり前のように「自分自身で成長する」という選択をし、「先輩」としては大きく色々なものを欠いていた神白を迎えに行って助け、ゾンビともちゃんと(彼なりのやり方で)たたかい、結論を出し、物語をきちんと終えた。

そのストーリーがごく自然に真っ先に出てきたのを見て、私は、この主人公が今回きちんと自分に「はまって」いたのだと思えた。彼はセリフでも地の文でも多くを語らない主人公だったけど、それでもちゃんと私の中に本物の人間として息づいていて、「痛みを知る者がその後どうやって生きていくか」という私の問いに、今までの、どの主人公よりも真面目に、まっすぐに答えてくれたように思う。


2019年7月11日



長いのが大丈夫な人はどうぞ

こちらは20分くらいで読めるような気がします

2分で読み終わるやつ

そもそもお前は誰なんだって話ですよね


ゾンビつかいを全部読んだかた、そしていま読み進めている最中のかた、ほんとうにありがとうございます。私が金を払いたいくらいです。
何名かからサポートをいただいております。すみませんすみません。

売上は文学フリマに出る資金として、使わせていただきます。というか今、確認したら次の文フリ東京の募集始まってるんですね……危ない危ない、今週中に申し込んどきます。「森とーま」単独名義で出るのは初ですね。

じゃあ次回作にご期待ください。とりあえず今週も生きていこう。


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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要です。皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。#小説 タグを無差別に読みます。長編小説「ゾンビつかいの弟子」をよろしくお願いします。目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c 現在は続編「怪獣をつかう者」連載中。
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