怪獣をつかう者 2章 1-2

←前回

これまでのあらすじ:2019年夏、東北。台風が近づく真夜中に、神白(25)は友人の伊東(21)を連れて秋田へ旅立つ。目的は現在SNS上でカルト的人気を誇る「怪獣の3D映像上映ショー」の観覧と、その主催者に「営業」をかけること。面白がって協力しつつも、「何か嫌なことがあって家出してきたのではないか」と心配する伊東であった。


神白はゆっくりと口にした。
「今は、一人暮らしを許されてるけど、いずれは呼び戻されるものと思ってた。だから僕の荷物はいまだにほとんど実家にあるし、僕としては、寝る場所がふたつに増えたくらいの気分で」

実際、夕飯を作るのが面倒、くらいの理由で神白は週に数度は実家に寄っていた。家業の畑は母と、その父親である祖父がときどきバイトを雇いながら切り盛りしていて、しばらくはそれで成り立ちそうに思えた。ただ、いずれ祖父の体力が限界にきたときには、障害のあるトモルには無理なので、自分のほうにお役目が回ってくるのだろうと思っていた。神白はおおむねそのつもりだったし、気が重いことではあったが、受け入れるつもりでいたはずだ。

しかし母はあっさりと「じゃあふたりとも部屋片付けて頂戴ね」と言った。
そして、この家を畳むつもりであることを告げ、跡継ぎはいらないのかと聞き返した神白に対し、「どうせお前は継がないだろうが」と言った。
さらに、母は神白とトモルを見比べながら、「ほんとにねえ。逆だったら良かったのにね」と、言ったのだった。

頭の中が真っ白になった。そのあとの会話の流れを思い出せない。

気づいたらトモルに向かって、自分が元カノと別れることになったのは誰のせいだと思ってる、と、言ってしまっていた。それは完全な言いがかりだった。ただ、それなりに関係が深まっても神白の方から「親に紹介する」とか「将来のことを話し合う」という話を言い出せなかったのは、家に障害のある弟を抱えているという負い目のためだった。そのことは、ずっと自分だけの胸にしまっておくつもりだったのに。

トモルがどんな言葉と表情を返して来たか、思い出せない。

全てが取り返しつかなくなってから、我にかえると、ただそこには、期限内に実家の荷物を片付けなければならないという、重苦しいノルマだけが残っていた。

「泣くなよ」と、伊東が言った。

「え?」神白は笑おうとした。「僕、泣いてますか」

「泣きそう。ウザい」

「ウザいってねえ、他に言い方……」

「ガタガタと女々しい奴だなあ。継がなくていいんなら良かったじゃん。君にはどうせ向いてないよ。自分で向いてると思わないだろ?」

「思わないよ、もちろん、思わないけど」

しかし、はなから頼まれもしない、期待もされないどころか、トモルと比べられていたなんて。それは、薄々と知ってはいたけれども。

だから、ずっと、ずっと息苦しかった。あんな家にいたくなかった。ずっとだ。

あの家が嫌いだった。そのことを思い出してしまった。

嫌っていたことを、母に知られていた。

「この話まだ続ける?」伊東は穏やかな口調で、じっと神白に目を向けて聞いた。「それとも、僕がこのあと、どこに行きたいかを、話そうか?」

「そうだね」神白は思わず口元を緩めた。「このあとの予定をどうぞ」

「僕の研究室で忘れ物を取りつつ時間を潰してから、10時に動物園に入る」

「動物園?」

「そこが不発だった場合はそのあと、水族館へ向かう」

「好きなの? 生き物とか」

「いや、まったく」

「なんで急に?」

「すべては怪獣のためだ」

伊東の言い方が芝居がかって聞こえたので、神白は笑った。
「よくわかんないなあ。まあどうせ暇だからいいけど」

「暇じゃないんだよ、こっちは」伊東はまたスマホに何かを打ち込み始めた。調べものをしている様子だった。

「伊東君がそんなに怪獣を気にいってくれるとはね」

「まるでお前が用意したような言い方だな。イベンターってのは図々しいな」

「ほんとにあれ、呼べないかなあ」神白は思わず言った。「今度、大規模な野外フェスの話が出てるんだ。あの怪獣の何がいいってね、会場側の設備がほぼ必要ないってところなんだ。普通はプロジェクションマッピングみたいなのって、会場側にスクリーンの代わりとなるものが必要なんだ、だから出せる場所が限られる……打ち合わせも長いし、リハもしなきゃならない。あの怪獣はゲリラ的に出るでしょう? スクリーンがいらない。リハもほぼしてないんじゃないかな? あれはいいよ」

「たぶん死ぬほど電気代かかってるよ」と、伊東は言った。「君んところみたいな零細企業では持てないだろう」

「そんなの集客とスポンサー次第だ。だから結局は営業次第だよ」

「楽しそうだな」伊東はスマホに集中したまま言った。「君が座って書類めくりなどしてるはずないと思ってたけど。妙に長続きしてると思ってたら天職みたいで、良かったね」

「それ、馬鹿にして言ってます?」

「いや、別に」

胃もたれは続いていたが、何も食べないとなると空腹で、結局また街道沿いのコンビニに寄った。

「昨日からコンビニばかりで申し訳ないけど」エンジンを切りながら神白は言い、「あ、『申し訳ない』はオッケーだよね」

「いや何言ってんの。例外は認めないよ」伊東は手を差し出した。「100円」

「なんかこのルール僕に不利じゃない?」

「不利も有利も無いんだよ。早く100円」

神白は千円札を出して渡した。

「え、なに、お釣りがいるの?」

「いえ、10回分前払いで」

「ふざけんな。真面目にやれ」と伊東は言った。

「いや、真面目に考えたら、こんなことする必要ないよね。こんなのおかしくない?」

「おかしくないよ。お前がおかしいんだよ。一日に何回謝れば気が済むんだ」
伊東は結局、受け取った千円札を持って先に車を降り、コンビニに入って行った。

神白が追い付くと、彼はサンドイッチとおにぎりの並んだ冷蔵棚の前で「さすがに飽きたなあ」と言った。

「僕は、朝はお菓子だけでいいや」と、神白は言った。「小腹が空いただけなんだよね。伊東君はよくそんなに飲んだり食べたりして平気だね。二日酔いとかならない?」

「ビールじゃなあ。あれは飲んだうちに入らないよ」

酒に強い人は、みんなそう言う。ビールは水だと。神白には、その感覚はわからなかった。

「僕はもう少し我慢して、学食でたべる」と、伊東は言った。

「あ、学食って、朝も食べられるんだ?」

「そりゃそうだよ。朝昼晩だ。まあ、あれもあれで飽きるんだけどな」

「じゃ僕も食べてみたい。あれ? 部外者は入れなかったっけ?」

「別に。誰でも入れるよ」

結局、それぞれ飲み物とチョコレート菓子だけ買って車に戻った。

「運転、替わろうか?」ドアを開ける直前、伊東が聞いた。

「いや、大丈夫」神白は乗り込んだ。

「君は運転が好きだよな」と、伊東は言った。

「そうかなあ。嫌いではないけど。まあこれは自分の足だからね、田舎暮らしの人間にとっては」

「元気出せよ」シートベルトを締めながら、伊東は言った。

「うん……」神白は返事を考えた。「……いや、わりと元気だよ」

「もし運転し足りないなら、水族館のあとにもまだ運転させてやるから。福島なんてどう?」

「いや、勘弁してよ。僕は奴隷か」

「さすがに車一台じゃ回りきれないかな。先輩も呼ぶかなあ」伊東はまたスマホを見始めた。「けどな、呼ぶとウザいしな。どうしよっかな」

「伊東君。君は、何をしようとしてるの?」

「あれが映画だと言ったのは神白だろ?」伊東はスマホから顔をあげて、すごく真面目な目で言った。「ロケ地を知りたいんだ。探せばあるはずだ。あの怪獣のモデルというか、『出演者』もいるはず」

「……あれが、実写だっていうの?」

「だと思うよ。加工はされているだろうけど、想像図ではないはずだ」
伊東は何か確証がある様子で、きっぱりとそう言った。


(つづく)


→次

#小説 #長編小説 #連載 #連載小説 #SF #ミステリー #ブロマンス


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

15
アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。

この記事が入っているマガジン