怪獣をつかう者 1章 2-2

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「お金の流れはあまり詳細を言えないんだ」と、リーダーは言った。

「あなたがたは『雇われ』ですよね」と、伊東は言った。「全員、技術者だ。違います?」

「まあ、そうと言えなくもないね。俺はさほど詳しくないけど」リーダーは笑って頷いた。

雨はいっこうに弱まる気配がない。テントの天井は打楽器のように激しく打ち鳴らされ、もうしばらく続けばそこに穴が開いてもおかしくないように思えた。

「神白、このイベントはもうこれで成立している」伊東は急に神白のほうに向き直って、偉そうな口調で言った。「君は同業他社に営業を掛けてるよ。この人たちを雇ってるのは、おそらくプロの興行主だ。これは技術のデモンストレーションじゃなく、こういう形のエンターテインメントだ。君の会社よりもずっと上手くやってる」

そんなはずはない。
神白は言い返しそうになった。

この形では収益が取れていないはずだ。イベントとしては未完成で、しかし今後大きなムーブメントとして盛り上がる可能性は大いにある。だからこそ、社長の意気込みも高く、神白は斥候役を任されたのだ。

この巨大な「客寄せパンダ」を、自分たちの企画するイベントに組み込んでみたいと。

それとも、何かを見落としているのか。

神白は何かを、誰かに、言い返したかったが、眠気と疲れもピークに達していて、よく分からなくなった。

「あなたは大学生?」リーダーの男は、伊東に向かって聞いた。

「はい」伊東は短く答えた。

「理系だね?」

伊東は頷いた。「工学部です」

「ああ、それじゃ、あなたのほうが僕よりも専門だ」リーダーは笑った。

自分は「君」と呼び捨てられたのに、伊東だけ「あなた」と呼ばれていることに気づいて、神白はそれなりに傷付いた。

この野郎、しっかりと「見て」やがる。

「ふたりは、友達?」リーダーは伊東と神白を交互に見ながら聞いた。

「そうですね」伊東がすごく素直に頷いたので、神白は意外に思った。

「どういう繋がり? 同じ大学? 学年、違うよね?」

「繋がりは特にないですね」伊東はちょっと首を傾げて、それから笑顔になって神白を見た。「何か共通点あったっけ? 僕たち」

「無いですね」と、神白は言った。

「え、でも、何かは無いと、出会わないでしょ」リーダーは俄然、興味を示した様子で、椅子の上で身を乗り出した。「学校が近いとか、家が近いとか、同じ趣味があるとか、ツイッターでフォローし合ってるとかさ」

「何にもないですね」と、神白は言った。「道端で会いました」

「道端! すごいとこで会ったね。何、もうそれで、ビビッと来て、連絡先を交換したわけ? 何その出会い方? ナンパだよね、それ?」

「じゃなくて、僕が危ないところにいたのを助けてもらったんです」伊東は真面目な顔になって言った。「こいつ、けっこう腕っ節が立つんですよ。だから、ボディーガードとして使ってやってるんです」

「ちょっと」あんまりな言い草に神白は反論し掛けたが、リーダーの男は「いやー、その話めっちゃ面白い」と、声を張り上げた。

「その話をいちばん最初にしたほうがいいよ、君」リーダーは神白に向かって言った。「君の会社の話よりずっとそれ面白いよ」

神白はもう何か言うのを諦め、笑顔を作るのもやめ、ここを撤収して帰る方法を考え始めた。

「ガイジンさんじゃないんだねえ」と、今まで黙っていた女が言った。彼女は30歳前後に見えた。それなりに美人だが、化粧気は無く、服装はリーダーとほぼ同じだった。
「その髪、地毛だよね?」と、女は神白の頭を見上げながら聞いた。

「ええ」と、神白は短く答えた。

本場の白人に比べれば、かなり日本人的な外見だと自分では思っていた。いわゆる、あからさまな金髪碧眼ではない。どちらかと言えば、薄めの茶髪、くらいの色合いだ。眼も、黒くはないが、日本人に絶対あり得ないとは言えないくらいの色だ。肌も白人に比べれば黄色い。結局は「色白な日本人」という程度だ。

ただ、ぱっと見で「ガイジン」と扱われることは多い。

会社に入ったときは「もし嫌でなければ黒染めをしてはどうか」と提案もされた。しかし、髪だけ黒くしても眼の色や顔だちの異質さは消せないわけで、余計に不自然になるのは間違いなかった。

外回りには向かないかもしれない、とはっきり言われたが、こんな理由で内勤ばかりに回されるのも癪で、チャンスがあるごとに外へ出してもらい、本を読んだり周りに教えを請うたりして、自分なりにテクニックを集めてきた。

「ハーフ? どこの国?」女は不躾な聞き方をした。

「曽祖母がアメリカから。祖父もアメリカからです」

「あ、隔世遺伝」女はにっこりした。「すごい。アメリカ? でもネイティブ・アメリカンじゃないよね。ルーツはヨーロッパでしょう?」

「詳しくは知りません。曽祖母はドイツ語も話せたと聞きます」

「ドイツかあ。いいね。かっこいいのにね。モデルさんとかやらないの?」

「そんな柄じゃないですし、僕、背も高くないので」と、神白は言った。

「え、ほんと?」
女は急に椅子から立ち上がった。そして神白の背丈をじっと見た。
「あらほんと。私と同じくらいか」

「いやいや、あんたよりは高いよ」リーダーが取りなすように言った。

「帰ろっか」と、伊東は全てを完全に無視して、神白の顔だけをじっと見て言った。

「……この雨の中?」

「どうせだいぶ濡れてる。僕もう飽きたし」

「もう少し失礼の無い言い方をしてくださいよ」神白は思わず笑った。

「傘あるよ。貸そうか」リーダーが立ち上がり、機材の裏側に放り出してあったスポーツバッグをあさった。「俺ので良ければ。1本しかないけど」

「いえ、お返しに上がれないので」神白は急いで言った。

「いいよ。あげるよ」リーダーは黒い折り畳み傘を持って取り出し、その場で広げた。「これ、いいでしょ、折り畳み傘なのにワンタッチで開くんだ」

「そんなちゃんとしたものを頂けません」

「別にいいよ。家にもうひとつある。俺、すぐになくすから、予備がいっぱいあるんだ」
リーダーは傘を畳み直し、神白に無理やり押し付けた。

「住所か連絡先をいただければ……」神白は言った。

「いや、ごめんね。『雇い主』の都合でさ。今はまだ素性を明かせないんだ。名刺を頂いたのに、ごめんね。……ほんとごめんね」

念を押すように謝られてしまい、ひどく情けなくなった。

「行こう」伊東は何の感慨もなさそうな態度で出入口となるシートのスリットをめくり、神白を促した。

「すみません、お邪魔しました」神白は仕方なく言った。「傘をありがとうございます。そのうち返しにうかがいます」

「いいよそれはあげるって。気をつけてね。ごめんね」リーダーは優しげに笑って手を振った。「わざわざ来てもらってありがとう」

「次はどこですか?」神白は一応、聞いた。

「ごめんね。お知らせできないんだ」

「そうですよね」

伊東が傘をもぎ取って先に歩き出してしまったので、神白は濡れながら追うことになった。

夜が明けたという実感のない灰色の景色の中、滝のような雨が降り注ぎ、伊東の持つ傘は激しい悲鳴を上げ続けていた。

伊東が何も言わないので、神白も黙って歩調を合わせた。
靴がずぶ濡れだ。もっとよく、天気予報を確認してくれば良かった。長靴が必要だった。
湖畔の野原を離れ、どん詰まりになった小さな舗装道路の端に停めた自分の車に戻る。伊東は神白が運転席に乗り込むまで傘を差しかけ、そのあと、助手席に回って乗り込んできた。

濡れた服と髪から垂れ落ちる水が、座席に染み込んでいく。ハンドルも濡れ、ブレーキを踏む足も滑る。

さすがに身体が冷え切ってしまい、寒気がしてきた。

「まだ、帰らないんでしょ」伊東は助手席の背もたれをわずかに倒して、疲れたような溜息をつきながら言った。

「そうだね」神白はエンジンを掛けた。とりあえずエアコンを温風で全開にする。生温い風が顔に吹き付けた。「このまま引き下がれないね。手ぶらで帰るわけにいかない」

「しかし感じ悪い奴らだな」伊東は苦笑いして言った。「君を馬鹿にしまくってたね」

「じっさいに馬鹿だからしょうがない」

「君がそんなこと言うなんて」伊東は楽しそうに言った。「いや、意外と粘れば落ちるかも知れないよ。タイムリミットはあるの?」

「1週間は好きにしてみていいと言われてる。その先は状況次第だね」

「変わった社長だね。出張営業としては、コストをかけすぎじゃない?」

「いや、これは有給なんだ」神白は言った。「纏まった有給を取って怪獣を見に行きたいって頼んだら、営業取ってくるならという交換条件で許可された。だからまあ、ダメ元です」

「なるほどね」

「ひとまず着替えられるところへ」神白は車の向きを切り返し、来た道を戻り始めた。「……伊東君。ありがとう」

「礼を言うのはまだ早い」伊東は何を企んでいるのか、不敵に微笑みながら雨の向こうのテントを振り返った。


(つづく)


→次回

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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要です。皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。#小説 タグを無差別に読みます。長編小説「ゾンビつかいの弟子」をよろしくお願いします。目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c 現在は続編「怪獣をつかう者」連載中。
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