怪獣をつかう者 2章 2-2

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これまでのあらすじ:神白(25)と伊東(21)の夏休み、2日目の午前8時。とりあえず暇なので、伊東の大学へ寄ってみたところ。なお巷では、ゲリラ的に出現する「怪獣」の3D映像上映ショーが話題になっている。


4階でエレベータを降りると、その正面の壁に「向山研」と手書きで書かれた大きな張り紙があった。雑な右向きの矢印が添えられている。
伊東はその方向へ早足で行き、小さな黒板がかかっているドアの前で立ち止まった。黒板には、ごちゃごちゃと沢山のマグネットが貼り付けてあった。

マグネットのひとつひとつには、研究室に所属するメンバーの名前の一部が記されているようだった。黒板はチョークの白い線で3つの区画に分けられており、上の区画が「在室」、右下が「不在」、左下が「一時不在」と記されていた。
今は、全てのマグネットが「不在」の区画にあった。

伊東は「伊」のマグネットを「在室」の区画に移動してから、雑な動作でドアノブに手を掛けた。ドアがするりと開いた。
「なんだ、開いてる。誰か居るの」彼はぶつぶつ言いながら大きくドアを開けた。

最初に、壁沿いにぐるりと据えられたデスクが目に入った。それぞれのデスクは物でいっぱいだった。パソコンや本、カバン、ペットボトル、お菓子の箱、それくらいはまだわかるが、アニメキャラクターの巨大な縫いぐるみや、映画のポスター、空のギタースタンド、ミニ四駆、ゲーム機、プラモデルとフィギュア、立体ジグソーパズル、少女漫画誌、毛布、健康まくら、ティーポット、ワッフルメーカー……何でもありだ。何の部屋だか分からない。

神白は呆れてひとつひとつを眺めていたが、ドアの影から急に眼鏡の男がひとり現れたので、思わず「あっ」と言ってしまった。

「谷中先生。何してるんすか」伊東もぎょっとしたように身をすくめた。

「探し物」と、男は言った。「レーザーポインタが1個無いんだよ」

40代くらいに見える。温厚そうな顔立ちだが、眼鏡の奥の目が何となくずる賢そうで、不思議な力強さを感じさせた。
体格は中肉中背で、これといった特徴はない。ただ、立っている姿勢がどこかバランス悪く、不健康そうに見えた。いかにもデスクワークが身に染みてしまっている身体だ。
服装は半袖のシンプルな襟付きシャツに、チノパン、スニーカー。どれもくたびれきっているが、清潔だった。
神白はこの仕事を始めてからの習慣として、相手の腕時計をさりげなく見た。

ブランド。
時計専門のメーカー、老舗のひとつ。

服装の無頓着さとは相容れないグレードだ。
主張しないデザインで 、わかる者にしかわからない趣味の良さだった。

「友達? 見ない顔だね」と、谷中は言った。

「先生、薄情ですね」伊東はずけずけと言った。「先生の命の恩人でしょ。神白ですよ」

「ああ! そっか。ああ、ごめん」谷中は笑顔を見せながら、力強い瞳でじっと神白を見た。「君が神白君か。その節はお世話になりまして」

「あ、いえ」神白は急なことで口ごもった。「別に僕は何も……」

「いやいや、神白君があのとき医療隊を呼び直してくれなかったら、俺も伊東君も死んでたよ。ほんと後回しにされるとこだったんだ」

「先生が電話口でベラベラ喋るからですよ」と、伊東は言った。「こんなベラベラ喋るんなら平気そうだって、思われたんですよ」

「いやほんと俺たち死んでたよな」谷中は快活に笑って、「ちょっと待ってて、神白君、まだここにいる? ちょっと待ってて」
バタバタとした足取りで廊下に出ると、数歩先の別なドアを開けてその部屋に入って行った。

「この時間帯なら誰もいないと思ったのに」伊東はかなり面倒くさそうな顔で溜息をついた。「よりによって一番うるさい人に捕まった」

「先生、元気そうで良かった」と、神白は言った。

「ああ。元気だな相変わらず」

「伊東君もね」と、神白は言った。「無事で良かったよ。本当にそれはね」

「そう」伊東は鼻で笑うような声を出したが、顔は笑ってはおらず、わずかに目を細めただけだった。

それから伊東は、手前から2番目のデスクに歩み寄り、その上のパソコン本体のスイッチを入れた。そこが伊東の席のようだった。

他の雑多なおもちゃが積まれた席に比べると整頓されているほうだったが、デスク上部の本棚には少年漫画がずらりと詰め込まれていた。それに、机のふちや引き出しの前面に所狭しと、ペットボトルやパンの包装についてくるキャンペーンシールが貼られていた。集めている、という感じでもなく、貼り方や種類はバラバラだが、とにかく枚数が多い。すでに食器数枚はもらえるくらい溜まっていそうだった。

「伊東君って変わってますね」と、神白は言った。

また皮肉が返ってくるかと思ったが、伊東は笑いながら「そうだね」と言った。
彼はパソコンの画面を覗き込みながら、キャスター付きの椅子に腰かけた。

「忘れ物って何?」神白はその椅子の背もたれに少し寄りかかって、同じ画面を覗き込んだ。

「あ、忘れ物はこっちね」伊東はデスクの隅に立てかけてあった英語の教材のようなものを取って、キーボードのすぐ脇に置き直した。「まあそれはともかく。えっと、Twitterで見れるかな?」
伊東は素早く目的の画面を開いて、その検索窓に「#kaiju」と入力した。

昨日の「上映」の様子が動画や写真で大量に投稿されていた。

改めて見ると、映像は粗い。この怪獣を構成しているのが「点」の集合であることがはっきりとわかる。つまり、ドット絵、もしくは、点描画のようなものに近い。動いている状態だとリアルに感じられるが、静止画になってしまうと立体感が読み取れず、何がなんだかわからない写真も多かった。

「これはな……ほんと、なんだろうなあ」伊東はぶつぶつ言いながら次々と画像を切り替え、そのうちのいくつかをダウンロードして保存した。「イグアナ? イグアナってこんなんだっけ?」

「さあ。僕は実在のものだとは思っていなかったから」

「亀とかもこんな顔のやついるよな、きっと。どこまで修正かけてるか、だよなあ」
伊東は保存した画像を別なソフトで開き、表示サイズを変え、それから何かの操作を手早く繰り返した。

怪獣の絵はまず、モノクロになり、そのあと背景がほとんど消えて、「本体」部分だけが黒く濃く浮かび上がった。

「ここをね」伊東は左手で画面の一部を指差しながら、右手のマウスで操作をおこなって、画像を拡大した。「この、左足を見て。ここに傷跡がある。不規則に盛り上がっている。これ、反対側の足には無い。これを目印に探せる」

「そういう『絵』だっていう可能性はない? 本当に実在する?」と、神白は聞いた。

「『絵』なら、この傷跡は必要ない。ほとんど目立ってないから、演出的な意味合いは無いし、描画の手間が増えるからメリットはまったくない。単純に、ここに傷跡が描かれているのは、そのほうが楽だったからという理由のはずだ。つまり、モデルとなる実物がまずあって、それをトレースしているからだ」

伊東はキーボードを操作した。すると、部屋の隅に置いてあった大きなプリンターが動き出した。伊東は席を立ってそちらへ行き、モノクロに処理した「怪獣の絵」がプリントされた紙を持って戻ってきた。

「遊びで使っていいの?」神白は笑って聞いた。「研究用でしょう? このパソコンも」

「まあ誤差の範囲だよ、これくらいはね」

「君は、ハマり出すと熱くなるタイプだね」と、神白は言った。

「だって別に、他にすることもないわけでしょ。僕もちょうど夏休みだし」
伊東はまた席に着き、先ほど保存した他の画像を、同じようにモノクロに加工して印刷し始めた。

そのとき、ドアが勢い良く開いて、谷中が「お待たせ」と言いながら入ってきた。
「何してんの? 宿題?」谷中は素早く近付いてきてパソコンの画面を覗き込み、「あ」と言った。
「あ、ゴジラだ」

「ああ、ゴジラっていう可能性もありましたね」伊東はなぜか感心したようにつぶやいた。「なるほど」

「え、それ以外の可能性なんてあるの?」
谷中は、大真面目な表情で、ものすごく不思議そうに聞き返した。

(つづく)


※この続きは2種類あります。お遊び要素。若干、経路が異なるだけで、先の展開は同じです。
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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。

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