怪獣をつかう者 1章 1-2

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神白は急いで辺りを見渡した。
右手の方にもうひとつ丘があって、その頂上には物見やぐらのようなものが立っていた。それは、その丘の斜面沿いに長く長く下っていくローラー滑り台の始点となっていた。

後ろを振り返ると、今抜けてきた樹々の生い茂る谷。元いた駐車場よりも、この丘のほうがまだ低い。空が遠く感じられた。

左手には、今いる丘の裾野あたりからまた鬱蒼とした森が始まり、しかもそれは緩やかな上り斜面となって、ずっとずっと、霧の向こうに消えるまで、続いていた。

滑り台のある丘はこちらの丘と同じくらいの高さに見えた。
とすると、あの滑り台の頂上に上がれば、ここよりも数メートルだけ高い位置に立てる。

「伊東君」神白は焦ってしまって、つい、前のめりな勢いで伊東に声を掛けた。「僕、あっちに登りたい」

「はあ?」と伊東は言った。

神白はそれ以上の会話を待たず、丘を駆け足で下った。間に合わなかったらどうする? 靴の裏が濡れた芝生をとらえ損ねて、滑りかける。無様に転んでしまうことよりも、何かを見逃すことが怖かった。

坂が登りに転じる。

丘の頂上に着き、さらに木の階段を登る。息が上がってしまった。
やぐらは展望台を兼ねているようで、敢えて高く作ってあった。滑り台の始点よりももう一段だけ上の階があり、そこに上がると四方をぐるりと見渡すことができた。

間に合った。

眺めは隣の丘と大きく変わるわけではなかったが、他の見物客の様子をやや俯瞰できる。それに、後方の駐車場側、谷の上に見える空が、少しだけ広く見通せるような気がした。

伊東は悠々と大股で歩いてこちらの丘に登り、踏みしめるようにゆっくりと、やぐらの階段を上がってきた。

「僕が、今なにを考えてるかわかる?」伊東は最後の数段を上ってきながら言った。

「……もう帰りたい、とか?」

伊東は何の表情も浮かべないまま黙って首を振り、「楽しいな、って思ってた」

神白は意味を取りかねて黙った。
伊東の表情は楽しいというよりも、泣き出す寸前か、もしくは激しく怒っているのを押し隠しているような感じに見えた。

彼は神白に並ぶように手すりにもたれて、霧に覆われた景色を見下ろしながら、


「神白、久しぶりだな」


こちらを見ずに、そう言った。


「あ、そうだね」と神白は言った。

本当は4時間ほど前に、そう言わなければならなかった。ただ、なにぶん、すっかりと他のことに気を取られていた。

「すみません」と、神白は言った。

「また、謝ったね」

「……最近、癖になってて」

「いや、元からだ」と伊東は言った。「前からそうだったよ、君は」

「そうですかね」

「その喋り方も」
伊東はそして、急に零れ落ちたような笑みを見せながら神白のほうに顔を向けた。

「伊東君」

「何かあったよね?」伊東は笑ったまま、はっきりとそう聞いた。

「何か?」

「話してくれないんだね。まあ期待してないよ」伊東はまた霧の方へ目を向けた。

神白は一気に、同時にたくさんのことを考えた。弟のこと、母親のこと、別れた元カノのこと、仕事のこと、社長のこと、同僚のこと、「怪獣」のこと、ここに来ることになったわけと、その前に伊東に何かを知らせておこうと、車を走らせたわけを。

「あの、伊東……」

「あれか、」伊東は微笑んだまま手すりに身を乗り出し、霧けぶる水面を指した。

神白ははっとなってそちらに顔を上げた。


始まっていた。


炎のような光の点が無数に揺らめき、巨大な生き物の頭が湖面から出てくる様子が、霧の中に映し出された。

明るく輝いている。緑、青、赤、そして白が、めまぐるしく混じり合う。
それは光の点の集合体で描かれた、巨大な生き物の「絵」だった。
決して滑らかな映像ではないが、はっきりとした奥行きと存在感があり、生きたように動き回っていた。

怪獣はどことなく、鳥を思わせるような顔だった。肌はひどくゴツゴツとしている。大きさは今、見えている頭部分だけでも、数メートルはありそうだった。神白の車を丸ごと飲めるくらいのスケール感だ。目は相対的に小さく、上にやや飛び出している。耳はない。突き出るような形の鼻先に、上向いた鼻の穴があり、そのすぐ下にものすごく大きな口が見えた。その口は僅かに開いていて、ぎっしりと並ぶ尖った歯が見えた。

それらすべてが、チラチラと飛び回る色とりどりの炎の点によって、霧の中に描画されていた。

丘の上の人々は一斉にカメラを向けている。女の悲鳴みたいな声が、断続的に響く。怪獣はするすると頭を持ち上げて、口を大きく開きながら、上半身と両腕を湖面に見せた。どよめきが上がる。

「撮っててくれる?」神白は急いで動画撮影モードを立ち上げたスマホを、伊東の手に握らせた。

「え、めんどくさい」

「いいから」神白は無理やり押し付けて、空いた手でポケットから双眼鏡を取り出した。

社長に借りたものだった。

目の位置に合わせて可動部を広げるのに少し手間取り、焦点を合わせるのにも思ったより時間が取られた。練習してくれば良かったと反省する。

駐車場の方角を見てみるが、やはり谷を埋め尽くす樹々があるだけで、それらしいものは見当たらない。位置関係からすれば、こちらで間違いないはずなのだが。

「何を探してるの?」伊東が聞く。

「プロジェクター」神白は言った。「あれは映画だろう。上映してる人を知りたいんだ」

「貸して」伊東はすごく乱暴に双眼鏡を奪った。
彼は手すりの上にスマホを置いてしまっていた。

「あ、ちょっと、ちゃんと撮ってよ」

「レーザーじゃないのか」伊東は双眼鏡を構えながら、まず神白の見ていた方向を眺め、それから右のほうへ、水平に、双眼鏡の向く方向を変えていった。それから反転し、左にもゆっくりと目線を振る。
「無いな。360度か」
伊東は怪獣の方向へ向き直ってそのまま双眼鏡を覗く。

「そんな方向にある?」

「あった」伊東は双眼鏡を覗き込んだまま、輝く怪獣の僅かに右側あたりを指さした。「向こう岸だ」

伊東は双眼鏡の位置を保ったまま、目を離し、神白にそこを覗くように促した。

神白は伊東の持つ双眼鏡を覗き込んだ。

霧にほとんど隠れそうになっていたが、確かに湖の対岸が見えた。灰色のテントが見える。祭りの屋台などに使われるタイプの、四角い枠組みにシートを被せる形のものだ。シートの前面だけが開け放たれ、大きな黒い機材が見える。何かの発射台のように、または、変わった形のスピーカーのようにも見える。光ってはいなかった。

「あれはマスコミか何かじゃないかな? だって、方向がおかしくない?」

「うーん、でも、他に見当たらないし。技術的には可能だと思う」

「そうなんですか?」

「屈折角の異なるレーザーを同時に照射して、任意の位置に焦点を結ばせる。プラズマが発生して焦点そのものが光るから、360度で観測できる。あれは反射光ではなく、あれ自体が光源なんだ」伊東は輝きながら威嚇の動作を繰り返す怪獣を指して、そう言った。

神白には、伊東の言葉の意味はさっぱりわからなかった。

「ああ、すごいな」伊東は無邪気な笑顔で、ショーを眺めていた。

光る怪獣は天を仰ぎ、禍々しい大きな口を開けて吠えた。音はしなかったが、咆哮が聞こえるような気がした。

「大きいなあ。いいなあ」と、伊東は言った。「来て良かった。これはすごいね。……じゃ、そろそろ帰ろうか」

「何言ってんの」神白は双眼鏡の向く方向をしっかりと確かめ、手すりに放り出されたスマホを取って、双眼鏡のレンズと、そこに映るものを無理やり写真に収めた。それから、霧に沈む対岸を直接、できる限りアップで撮影した。さらに、コンパスのアプリを立ち上げる。見えている景色に架空のコンパスを重ねて撮影できるタイプのものだ。テントの見えた方向をなるべく正確に記録する。東南東、僅かに南。

「行こう」
上映はまだ続いていたが、神白はスマホと双眼鏡を左右のポケットに突っ込み、階段を降り始める。

「え、なに、行くって?」伊東は呆れた声をあげて追ってきた。「お前さ、マジで今度はなんなの? え、なんなの?」

「彼らと話すんだ。撤収される前に捕まえないと」
緊張のあまり、息切れがする。全身から汗が吹き出し、霧雨と混じって肌を濡らしていく。階段を踏み外してしまいそうだ。そしてきっと、真っ逆さまに落ちたって痛くないに違いない。

最後の数段を飛び降り、振り返ると伊東もわりと身軽に追いついてきた。
「何を企んでるの?」
伊東はイライラしたような声色だったが、顔は薄く笑っていた。

「あれを企画してる人と、話したい」

「なんで? 何がしたいんだよ?」

「飛び込み営業」と、神白は言った。「僕は遊びで来てるんじゃないんだよ」

「は? ……でも、お前は人生全部が遊びじゃん?」伊東は威勢良く決めつけて、神白よりも先に斜面を下り始めた。


(つづく)


→次回

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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

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アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。

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