怪獣をつかう者 3章-1

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あらすじ:2019年7月某日、午前3時、秋田県某所。今宵も「怪獣」の上映ショーが始まるらしい。上映の予告はSNSで拡散され、モンスターチェイサーと自称する熱狂的な追っかけファンが集結。ショーの主催者に飛び込み営業をかけてくるという条件で1週間の有給休暇を取得した神白は、友人の伊東の助けを借りて既に2度ほど「リーダー」と話しているが、今のところ半笑いであしらわれている。



1.

池はすり鉢状の窪地の中央にあった。
その水際を縁取るように、低木と藪がみっしりと生い茂り、斜面を見えなくしている。その更に外側、すり鉢の淵を半周するようにジョギングコースのようなものが走り、暗いオレンジ色のフィルターが掛けられた外灯が一定間隔で並んでいた。

外灯にフィルターが掛かっているのは走光性の虫を引き付けないためだ。こういった自然豊かな土地で夜中に明かりを灯すと、大量の虫が引き寄せられて激突し、あっという間に辺りを汚してしまう。だから、常夜灯にはフィルターを掛けて光の強さと色味を抑える。しかし、それでも結構な数の羽虫や蛾が集まってきて、外灯の柱にびっしりと張り付いていた。
そのため、ほとんどの「観客」は外灯の真下を避け、足元が分からなくならない程度に、少し離れた暗闇にたむろしていた。

伊東も外灯には近づこうとしなかったが、神白はその柱の根元に仰向けに転がっている甲虫を見つけて、思わず歩み寄った。
「ミヤマ……」
靴の端で突くと、クワガタは姿勢を取り戻して素早く歩き出した。神白は手を伸ばし、背中の両縁を挟むようにして摘み取った。

「何してんの」伊東が一歩も近づこうとせずに、嫌そうに声を掛けた。

「ミヤマクワガタ。大きい」

「ちょっと! それ持って近付いてこないで」伊東は鋭く叫んだ。

「え、駄目? 虫、駄目な人?」

「いらないから」伊東はうんざりしたように言った。「ガキか。虫取りに来たんじゃないんだよ」

「でも、こんな大きいのは滅多に見られないよ」
クワガタは神白の手から逃れようと激しく足を動かしている。その足の付け根の突起が神白の指に食い込んで、チクチクと痛んだ。
「元気だなあ」

「珍しくないだろう、別に、君にとっては。家の裏にいっぱいいるだろうが」と、伊東は言った。

「いっぱいいるけど、何度見てもいいんだよ。それに、一匹一匹違うし」

「馬鹿じゃないの」

「そっか、ワニもクワガタと一緒だよな、きっと。種類によって顔と大きさが違う」神白は足元にクワガタをおろし、スマホを出してその全身を撮影しようとした。しかしクワガタは自由になった途端にかなりの速さで歩き出してしまい、結局ぶれた写真しか撮れなかった。

「お前は何をしに来たんだ」伊東は溜息をついた。

「何って、遊びに来たんだけど」

「仕事をしろ、仕事を」

「でも、僕は休暇中なんですが」

「営業は足で稼ぐもんだろうが。現場百篇。相手が呆れ果てるまで通い詰めてやっとだろ?」

「そんな押し売りみたいなこと、今どき犯罪だから」
しかし、言いながら神白は双眼鏡を取り出して池の周囲を観察した。
外灯に照らされたジョギングコースの周辺以外は、ほぼ真っ暗で、何がなんだか分からない。夜空は完全な曇り空。ときどき小雨の予兆のような水滴が顔や腕に当たる。
こんな場所に、こんな時間に、百名以上の人間が集まっていること自体が、異常なことだった。

窪地の周りは起伏に富んだ森が広がり、ところどころが切り開かれている。不景気のおりに経営破綻したキャンプ場を自治体が買い取って整備したもので、現在は日帰りキャンプのみ受け入れているようだった。

こういった場所は比較的安く押さえられて、交渉次第でかなり融通が利く、穴場的な「会場」候補のひとつだ。神白はつい、会社目線でこの場所を評してから、あの「怪獣屋さん」達もまさにその目線でこの場所を選んだに違いないと気づいた。

前回の上映も、自治体の管理する公園だった。おそらく、その前もほとんどがそうだろう。それなりの広さの「舞台」と「客席」を確保できて、夜中に自由に出入りできる場所、となると、意外と候補は限られる。そして恐らく、場所によっては、出入り自由とはいえ事前の交渉はしているのではないか。

なにせ、すでに規模が大きくなりすぎている。無用のトラブルや事故を防ぐためにも、事前の許可と打ち合わせは必要だろう。
本日駆けつけた観客は、目算でざっと150名。そのうちの何割かは「チェイサー」で、神白たちと同じようにこの近辺に宿を取っているはずだ。宿側にしてみれば臨時の「書き入れ時」である。

金が動き始めている。

「確かにご同業かもしれないな」神白は伊東に、双眼鏡を差し出した。

「え、何?」

「僕には見つけられない。伊東君探してみてくれる?」

「はあ……」伊東は双眼鏡を受け取り、しかしそれは使わずに目を細めて池と、その周りの茂みや森を見渡した。「こう暗いと、すぐ分かりそうなもんだけどな。まさか向こうも真っ暗闇で作業はできないだろ。明かりを目印に探せるはずなんだけど」

「どれくらい遠くから映せるものなの?」

「さあね。5キロ、10キロってことも……不可能とは言い切れない。ただ、現実的には近ければ近いほど色々と楽だし、確実なはずだけど」

「電源はどこから取るんだろう」ふと、神白は思い付いて言った。

「前回は発電機を使ってたよ」と伊東は言った。「そうか、だとすると『音』ですぐわかるはずだ」

「発電機? そんなのあった?」

「うん。テントにあった。ガソリン式の自家発電機。要するに車と同じで、エンジン音がするから、それなりにうるさいはずなんだけど。前回はかなり対岸が遠かったから、音は気にならなかったよね。僕たちが着いたときにはもう撤収が始まってたし……」

わっ、と周りの人だかりが湧いた。池の中央に突然、色とりどりの光の点が乱舞し始めた。

光の点はそれぞれが羽のある生き物のように四方八方へ飛び回り、それからすっと引き寄せられるように集まって「怪獣」の形になった。上半身が垂直に水面から飛び出したような姿勢で、太く短い前足が空を掻いている。鋭い歯の並ぶ大きな口が、こちらに向けて開いた。

バイクをふかしているようなエンジン音が、確かに響いていた。
音源は、おそらく池のすぐ縁。向かって左へ回り込んだあたり。その方向に目をこらすと、一瞬だけ青白い光が見えた。

「あった」神白は伊東の腕を引きながら指さした。

「行ってらっしゃい」伊東はスマホを構えて怪獣を動画で撮影し始め、振り向かなかった。

「あ、君は来ないの」

「誰が行くか。蚊に刺されたくない」

「じゃあまた後で」
神白は伊東を置いて走り出した。

ショーに湧く人だかりを避けながら、外灯に照らされるジョギングコースを駆け、池の周りの藪の切れ目を探す。道のようなものは見当たらない。降り口が見つからないまま、ジョギングコースは窪地を逸れて別な広場の方へ向かうようだった。
神白はペンライトを取り出してスイッチを入れ、用心深く、しかし素早く、藪に踏み込んで道なき道へと入って行った。

思った以上の急斜面だった。腐葉土が積もり、柔らかい。神白は咄嗟に足元の笹の枝を掴んで身体を支えながら、足場を探った。鋭い葉の縁に触れないように気をつけてはいたが、やはり何箇所か肌を切ってしまった。
低木に見えた樹々も、実際には神白の背丈をはるかに超えており、数メートルも下ると元いたジョギングコースはまったく見えなくなった。

エンジン音ははっきりと聞こえている。だが、明かりが無い。光が漏れないように相当工夫を重ねているのだろう。仕掛けが見えると興ざめだ、と、あのリーダーは言っていた。

彼らは単なる技術者ではない。プロ意識の高い、エンターテイナーだ。
観客を楽しませるためなら、どんな手間も惜しまないわけだ。

どうにか獣道のようなものを見つけて、神白は足を速めた。ときどき、急に突き出した硬い木の根に足を取られそうになる。こういう場所では、転ぶことはできない。地面に何があるか、どんな状態か、分からないからだ。うっかり転んで手をついたとき、そこが不規則に窪んでいればそれだけで『持っていかれて』関節をやられてしまう可能性がある。それに、枝や木片などが刃物のように突き刺さってしまうこともある。素手で触るべきでない虫や植物も沢山ある……むしろ、こういう場所には素手で触って良いもののほうが少ない。

テントは闇に溶け込んでおり、目の前に来るまでまったく分からなかった。前回とは違い、本格的なキャンプ用のテントだ。暗幕のような重たい布が掛けられて、光が漏れないようになっていた。発電機のエンジン音は、テントから少しだけ離れた場所から聞こえていた。

暗幕の切れ目を見つけて掻き分け、靴を脱いでテントの入口をくぐると、生暖かい空気と淡い暖色の光、そして「うわっ」という、リーダーの声が出迎えた。

テント中央には折り畳み式のテーブルが据えられていた。その上にノートパソコン2台と大型ディスプレイ1台を置き、先日もいた気難しそうな顔の男が何かを打ち込んでいた。リーダーはその横に立って同じ画面を覗き込んでいたようだが、今はだいぶ驚いた顔で神白を見ていた。

他のふたり、女性と小太りの男は、見当たらなかった。

「神白君じゃないの。どうしたの」リーダーは笑った。

「すみません、どうしてもまだ話したいことが……」

「君は神出鬼没だなあ。昨日、宮城で会ったばかりだよね?」

「すみません」

「よく、ここまで来れたね。道、無かったでしょ?」

「ええ、でも、皆様もそれは同じでしょうし」

「俺たちは昼間のうちにセッティングしてるもの。機材をここまで下ろすのに10人がかりだ。ロープを張って宙づりで下ろしたんだ。君は足で歩いてきただろ? しかもこの暗闇の中。よくやるねえ」

「慣れてるもので」と、神白は言った。

「面白いね」リーダーは楽しそうに、テーブルの端に片手をついたまま少し身を乗り出した。「君は、只者じゃないな。ねえ、何か違う仕事をしてたでしょ? この仕事の前に」

「いえ……どうでしょうか」神白は言葉を濁した。

目が慣れると、テント内は薄暗かった。明かりと言えるものはテーブルの足元に置かれたカンテラ型のLEDライトだけで、しかもそれは薄い布袋のようなものに入れられ、本来の光を抑え込まれていた。あとは、パソコンの画面と大型ディスプレイが光って明かりの代わりとなっているだけ。それもおそらく、光量設定は最低レベルになっている。
暗幕で閉め切っているせいだろう、空気はこもっていて暑苦しい。

「神白君、靴は?」と、リーダーが聞いた。
リーダーともうひとりの男は土足のままテントの床を踏んでいた。

「あの、今そこに……」神白はテントの入口を振り返った。

「履いてなよ。ここ、マット敷いてないから、裸足じゃ怪我する」リーダーは言いながら、すばやくテーブルを回り込んできて、神白を押しのけてテントの入口に手を伸ばした。

「あの、自分で取ります」

「駄目」リーダーは暗幕の隙間に腕だけを差し込み、その隙間が捲れないようにもう片手で押さえながら、するりと神白のスニーカーをテントに引き込んだ。「明かりが漏れると外に見える。君、もうここから出ないでね。ショーが終わるまでは出入りは禁止だ」

「すみません」

「今日はお友達は来なかったの?」リーダーは神白の足の前にスニーカーを置いて聞いた。

「申し訳ありません。ありがとうございます」神白はゆっくりと手を添えて靴を履き直した。「あ、彼は今、怪獣を見てます。動画を撮っておりました」

「彼は気に入ってくれてるみたいだね。君はそうでもないようだけど」リーダーはそう言って少し意地悪そうな目で神白を見た。

「そうですか?」神白は湧き上がってきそうになる不安を抑え込んで、相手を見返した。

「君、前回も思ったけどさ、ショーをほとんど見てないでしょう。始まった途端にもう、こっちに向かってきている。あんまり、興味ないね? 怪獣自体にはさ」

「いえ、そんなことは」

「別にいいんだよ。でもさ、君の本音が見えないんだよね。俺たちの出し物にさほど興味が無いくせに、しつこいよね?」

神白は数秒、言葉に詰まってしまった。
いくらなんでも、他に言い方ってものがあるんじゃないのか。
敵意、というほどのものでもなく、単に無関心ゆえの不躾さ。もしくは、やはり見下されているのだろう。

伊東に付いてきてもらえば良かった。それは、反則技なのはわかっているが。
だって、今は休暇中なのだ。
なぜ休みの日にまで最も苦しい「仕事」をしなきゃならないんだ。

「あの……裏方にいるのが好きなんです」神白は相手の目を見ながら言った。睨むような目になっていないだろうかと、不安で仕方なかった。「本当を言えば、ショーを見ている人達を見ていたいんです。沢山の人が同時に、同じものに夢中になっているところを、見るのが好きなんです。だからショーそのものに興味が無いというのは、ある部分では、そうなのかも知れません」

「ああ」リーダーは少し間を置いた。それから初めて、内側から溢れてくるような笑顔を見せた。「君は、『イベント』が好きなんじゃない。『イベントの運営』が好きなんだ。……珍しいね、本当に好きなことを仕事にしているわけだ」

「珍しいですか」

「とても珍しい」リーダーはしっかりと神白の目を見返して言った。「……まだ、話したいことって何?」

「……今、お忙しいですよね」

「いや、俺は暇だよ。映像の調整は彼がしてくれてる」リーダーはテーブルの向こうでパソコンに向かっている男を見やった。「あと、残りふたりは、外で機材の調子を見ている。俺は偉そうに座ってるだけの仕事」

「いや、困りますよ」パソコンに向かっている男はにこりともせずに、画面を見たまま言った。「ちゃんと働いてください。あなたもSEでしょうが」

「そっちは任せるよ」リーダーは笑った。「いや、実際4人も要らないよな。ほとんど、荷物運ぶためだけに俺は駆り出されてる気がする」

「まあそれもありますけど」と、男は当然のように頷いた。

「まったく。もうちょっと業務効率は考えなきゃな。で、神白君の話は?」リーダーは神白をまた見た。

「短く言えば、CGデザイナーと組んでみませんか、という話を」神白は急いで言葉をまとめ直した。「考えてみたんですが、やはり、この描画方法は単なるデジタルサイネージとして使うよりも、もっと奥行きのあることができる気がします。何より重要なのは、全方向から鑑賞できるということです。だから、きちんと作り込めば、オモテから見た映像とウラから見た映像が違う意味を持つような、二重のストーリーを持つアニメーションを作り出せるはずです。今はSNSの時代ですから、『オモテ』を見た人も『ウラ』を見た人も、後でSNSを通して自分が見なかったほうのストーリーを知ることになります。そうしてSNS上で『共有』されることによって初めて全貌がわかるような、新しいタイプの映画を提案できるのではないかと」

「うん。……やっぱりそうだよな」リーダーはゆっくりと頷いた。「それだよな。こんな、怪獣なんか映して喜んでる場合じゃないよな」

「いえ、そこまでは……」

「いや、これはほんとに『頼まれ仕事』でさ。俺たちだってここをゴールとして満足してるわけじゃないんだ。君はわかるでしょ? 表現者とパトロンの関係ってものの難しさをさ」
リーダーはどこか遠くを見るような目で、作業しているもうひとりの男を見やった。男のほうは画面を見つめたまま無表情で、無言だった。
「次を見据えていかないとな。それはちゃんと、見据えてはいる。君の会社はCGデザイナーを抱えてるの?」

「お付き合いのあるアーティストさんがひとり居ります。山形を拠点に活動されてるかたで、ARに使うCGアニメーションのデザインをよくされています、サイトウ様という方です、活動名が……」

「『トー・ピー』だろ?」リーダーは大きく頷きながら、笑った。「彼のことは知ってる。実をいうとこの怪獣の絵作りも、少し彼に手伝ってもらった」

神白は黙った。

「参っちゃうよな。少し、仕事が被りすぎているみたいだ」リーダーはしかし、さっきまでの突き放すような態度ではなかった。「被ってる。けど、実際、俺たちが神白君のところと組むメリットは確かにあると思う。なにせこっちは自前の資本が無いし、コネも薄い。俺以外は完全にエンジニア、職人さんってやつだし。要するにハコを用意したり金を集めたりってことについてはあまり強くはないんだ。神白君のところはむしろ、そっちが専門だろう」

「ええ。そうだと思います」

「今度来てくれたら、名刺を渡す」と、リーダーは言った。

「今日じゃないんですね」と、神白は言ってみた。

「うん、ごめんね。今はあまり自由に動けないんだ。マジでねえ、ウザいパトロンなんだよ。こんなウザいとは思わなかったんだ。俺たちは両手両足縛られてるようなもんだよ。けど次回までには何とか裏工作して、渡せる名刺を用意しとく」

「いったい、何に関わってるんですか?」神白はふいに、伊東の言っていたことを思い出した。「……SNS上で『祭り』が巻き起こるように、計画してプロモーションを仕込まれましたよね? なぜ、そこまでして、本当にいるワニを怪獣として上映しているんですか?」

リーダーは目を見開いて、まじまじと神白を見た。
「……なぜ、それを知ってる?」

その目には純粋な驚きよりも、恐怖のほうが色濃く浮かんでいた。


(つづく)


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それはともかく「ゾンビつかいの弟子」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要です。皆で可愛がってやってください。

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コメント2件

ワクワクします……!
伊豆さん
はわわわわ…どんどんハードルが上がってく…
ご期待に添える自信がまったくなくて戦々恐々なんですが、出来る限り皆さんに楽しんで頂けるように頑張っております…!!
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