怪獣をつかう者 2章 2-1

←前回

これまでのあらすじ:神白(25)と伊東(21)の夏休み2日目。伊東は忘れ物を取るため大学へ寄りたいと言う。コンビニ飯に飽きたふたりはついでに学食で朝食をとることに。このあとの予定は動物園、水族館、福島(?)。


2.

学食はカフェテリア形式で、レーンに従って進みながら好きなおかずの小鉢を取っていくと、神白のお盆はたちまち皿でいっぱいになった。

「そんなに食べるの?」レジでの支払いが終わった後、伊東が聞いた。

「取りすぎた」と、神白は言った。「まあ頑張って食べる」

「じゃ、それ半分ちょうだい」伊東はポテトの皿を指して言った。「あとその魚フライも」

「君はよく食べますね」

「最近、食べるようにしてるんだ」伊東は席のある方へ歩き出しながら言った。

「そうなの? なんで」

「健診で引っかかった。痩せすぎて」

「ええ……そんな人、初めて見た。普通は逆じゃない?」

「だってさ、ひとり暮らしだと、痩せない? 自分ひとりのためにさ、食べ物を用意する気力が湧かないんだよね」

「僕は逆に太ったよ。用意するの面倒だと、ジャンクフードばっかり食べるから」

7時台だったが、学食にはそれなりに人が出入りしていた。それに、ホール型になったその食堂は、ちょっとした講堂くらいの広さがあり、吹き抜けの高い天井と全面ガラス張りの壁のおかげで、爽やかな解放感があった。

「さすがに有名大学の学食ともなると、お洒落だね」窓に面して設置されたカウンター風の椅子に掛けながら、神白は言った。

「いや、最近はどこの大学もこんなんだよ。私大はもっと凄いよ」

「そうなの? なんだかイメージ違うなあ」

「メニューももっとお洒落ならいいんだけど」と、伊東は言った。「あと、この、皿と箸。このデザイン、昔から変わってないらしい。いかにも学食って感じじゃない?」

「どうなんだろう」

確かに、丈夫で洗いやすいということだけが最優先の、強化プラスチックの食器で、こればかりは非常に安っぽかった。
おかずの味も、可もなく不可もなくといったところだ。味が濃すぎると健康に良くないから、といった配慮があるのだろうか。だからといって明らかな薄味というわけでもない、中途半端な遠慮みたいなものが感じられた。

「次に出るのはどこだと思う?」食べ始めて少しすると、伊東はふと聞いた。

「怪獣が? うーん、君のスマホのことさえ無ければ、秋田に待機で間違いなかったはずなんだけど」

「だよな。やっぱり他の『チェイサー』たちは秋田に留まってるよな」

「そういうパターンだったからね」

一度、どこかの地域に出始めると、数日おきにその近辺で出現が繰り返される。そして、しばらく音沙汰がなくなった後、また別な地域に出現する。今までの4県ではそのパターンだった。今回の秋田での出現は約2週間ぶりで、初めての「日本海側」での出現でもあった。だから、神白もすっかり、この1週間を秋田で過ごすつもりでいたのだが。

「何か不測の事態があったのかもな」と、伊東は言った。

「不測の事態?」

「機器が壊れたとか、誰か怪我したとかさ。何らかの理由で急に本拠地に戻らなければならない理由があったのかも」

「とすると、やっぱり本拠地は宮城なんですかね」

「わからないけどな。ここではほんとに車を乗り換えただけで、実際にはもっと南へ移動したのかもしれないけど……でも、昨日行った、あのリーダーが関わってる別会社のオフィスがあそこにあったってことは、あのリーダー個人の本拠地はここらへんなんじゃないかな」

「うーん。確かに、縁もゆかりもない土地のオフィスとは関わりを持ちにくいだろうね。というか、結局あれは何の会社なんだろう」

「調べたけど、化粧品の輸入代行とかやってたよ」と、伊東は言った。「あと、サイト制作請負とか、データ収集とか入力代行とか、SNSのプロモーション用アカウントの構築とか。ちまちまと地味な感じだよ」

「よく、そんなことを調べてくるね……」

「会社情報って普通は公開されてるもの」伊東はスマホを出した。「あのリーダーの本名も、結局はこのどれかだと思うけど。……このページね」
伊東はウェブページのスクリーンショットを見せた。
「取締役の名前が公開されてるだろ。この2人か、あるいは代表者か、ってところじゃないかな」

「面白いね」と、神白は言った。

「面白い? 何が?」

「いや、伊東君が」

伊東はすごく薄く滲み出てくるような笑みを見せて、少し間を置いてから、

「もう飽きた?」
と、聞いた。

「いや別に、飽きるも何も、僕は暇を持て余すためにここにいるわけだからね。何でも構わないよ。それでこの後は動物園だっけ?」

「そう。そして水族館も」

「あんまり、1日にふたつとも見る人って居ない気がするけど。回りきれなくない?」

「だって象とかキリンとかはパスしていいだろう。イルカも違うだろうし。見なきゃいけないところは少ないと思うよ。基本的には爬虫類だけでいいはず」

「はあ……トカゲとかヘビとかですか」

「そう。まあ、腕があるからな、ヘビではなさそうだけど」

食べ終わっても、まだ8時前だった。このキャンパスから動物園は目と鼻の先なので、開園時間の直前までは、することがない。

「少し歩くよ」伊東は学食の建物を出て、駐車場を突っ切り、道路沿いの歩道を歩き始めた。

キャンパスの中心には幅が広めの道路が1本通り、その両脇に大きな四角い建物がいくつも立ち並ぶ。それらはすべて、大学の所有する建物らしかった。

「改めて来ると、すごいですね」と、神白は言った。

「え、何が?」

「規模がすごい。これがぜんぶ工学部でしょう?」

「ああ、工学部っていうのはひとつの組織の名前じゃないからね」伊東は意外なことを言った。「学科が5つある。それぞれまったく違うことをやってる。あの建物が生物系で、あっちに見えてるのは建築学科。僕はこのふたつにはまったく関わったことがない。建物にも入れないんだ。別組織なんだよ」

「うん……だから、どっちにしろすごいよね。これはもう、ひとつの街だね」

「まあねえ。このキャンパスだけでバス停が3つあるもんなあ。地下鉄の駅ももう1個欲しいくらいだよ」

10分ほど歩き、それから伊東は道路よりも少し奥まった場所にある、新しそうな建物に向かった。入口の自動ドアは反応しなかったが、伊東は慣れた手つきでその脇の機器の蓋を開け、現れた番号ボタンで4桁の数字を入力した。
小さな電子音が鳴り、自動ドアが開く。

「僕も入っていいの?」神白は入口で少しためらった。

「いいよ。割とみんな入りたい放題だよ」伊東は早足で建物に入った。

「でも、部外者だってバレたら怒られるよね」神白は半歩遅れて追いながら言った。

「いや、全然。部外者も山ほど来るよ」

「そう? 他の部外者は、何しに来るの?」

「さあね」

「さあねって……すごく不安なんだけど」

「いや、さほど内輪な場所じゃないって、ここは。国立大学ってのは公共財産なんだよ。公園と同じだよ、市民は誰でも入り放題」

「そんなわけないでしょ? 適当だなあ」

絨毯風の柔らかいタイルが敷かれた廊下は、とても静かだった。両脇に、一定間隔で簡素なドアが並び、表札のようなプレートには研究室の名前や、教授の名前や、よくわからない専門用語が書かれていた。

廊下の中ほどに小さなエレベータがあり、伊東はそれに乗り込んで4階のボタンを押した。

「伊東君、いつもこんなところで暮らしてるんだね」と、神白は言った。

「うん。こんなところって?」

「うーん。上手く言えないけど、不思議な場所だな」

ひとことで言うなら、生活感のない建物だった。もちろん、生活をする場所ではないから、そこに生活感を求めるのはおかしいのかもしれないが。

それでも普通は、町で出会う企業や個人の持つ建物には、その持ち主や使用者の身分なり、価値観なり、普段の息づかいというものが必ず感じられる。もっと下世話なことを言うなら、建物とその内装を見れば、そこを使う人たちの扱う財産のレベルがわかる。その人たちがその場所で生み出した価値、稼ぎ出した財産が、蓄積されてその場所を作り上げているのだ。

この建物にはまったくそれがない。お金は潤沢に掛けられているが、それはここで財産が生み出されているからではない。ただ、ここはそうあるべきもの、そうであって当然のものだからという理由で、無条件に費用が投入されている。
そして、ここにいる人々は皆、伊東と同じように、そのこと自体には無頓着なのだろう。


(つづく)


→次

#小説 #長編小説 #連載 #連載小説 #SF #ミステリー #ブロマンス


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

それはともかく「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」は二次創作、ファンアート、絵、歌、朗読、コスプレ、無断転載、再配布、全て自由です。作者を偽らないでくれればあとは何をしてくれてもかまいません。もし面倒なら、特に報告なども不要ですので、皆で可愛がってやってください。

17
アラサーのママです。長編小説「ゾンビつかいの弟子」「怪獣をつかう者」目次ご覧ください→ https://note.mu/toma_mori/n/n40761080856c SFとかパルプ書きます。

この記事が入っているマガジン