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土地と育む芸術の力

「話しあうプログラム サカイノコエカタ」第5回レポート
『コエられなかった先へ』(ゲスト:北川フラム)

「話しあうプログラム サカイノコエカタ」第5回目のゲストは、日本各地で芸術祭のディレクターをされている北川フラムさん。「私たちはまだ徹底的に排他的である」とたびたびお話されるフラムさんに、土地と結びついた芸術祭のあり方や芸術の起源、そして現代社会における芸術の可能性についてお話しいただきました!

「話しあうプログラム サカイノコエカタ」とは?
アートプロジェクト「東京で(国)境をこえる」のプログラム。自分と他者の間にある明確なサカイを起点に、様々な方面で活動する5組のゲスト実践者と参加者が話し合いを通して他者との関わり方を見つけます。

@ Mao Yamamoto

北川フラム

1946年新潟県高田市(現上越市)生まれ。アートディレクター。日本各地の芸術祭総合ディレクター(越後妻有大地の芸術祭瀬戸内国際芸術祭房総里山芸術祭いちはらアート×ミックス北アルプス国際芸術祭奥能登国際芸術祭)。株式会社アートフロントギャラリー代表。

土地と育む芸術の力

プログラムの前半ではフラムさんが携わっている芸術祭についてお話ししていただきました。

市民革命以来、元々ベルサイユ宮殿や桂離宮などにあった天井画や壁にかけられた絵を、枠ごと持ってきて美術館やギャラリーで展示するという流れが美術にはありました。これをタブローと呼びますが、200年以上前の極めて正当な美術の自立と言われてきました。僕自身これは非常に重要なことだと思います。けれども、ほとんどのアーティストは作品を何らかの形で多くの人たちに伝え、新しい体験をもたらすことを目標としています。そうすると、ホワイトキューブの中だけでは物足りないと思うのです。

例えば、京都大学特別教授の本庶佑さんは、がんそのものを対象とした研究ではなく、すでに私たちの体に備わっている免疫細胞を利用したがんの治療法を開発したことで2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。美術で言えば、美術館やギャラリーのような真っ白なホワイトキューブで展示することは、がんそのものを対象とした研究のように、場所性や環境など作品以外の全ての要素を排除した状態で鑑賞することを指すと思います。これが200年くらい続いている美術の形です。もちろん、作品には自立した価値観や考え方がすでに備わっていて、それだけで充分に素晴らしいものばかりです。けれども同時にアーティストたちは自分の作品が色々な人に新しい経験や視点をもたらすものでありたい、見て良かった、体験して良かったと思ってもらえるようなものであってほしいと思っているはずです。ですから、僕は土地と結びついた芸術祭をやっています。

今や美術は30代で億というお金が稼げるほどの金融商品です。けれども、芸術祭での体験は、アーティストにとってはもちろん、その集落の人たちにとってもお金には代えられない価値があると、僕は思っています。これからお話しするのは、僕が携わっている芸術祭で特に重要だと思う3つの事柄についてです。

1:場所の力と特徴

例えば、大地の芸術祭で第1回目から作品を制作してくれている旧ソ連出身のアーティスト、イリヤ&エミリア・カバコフさん。2000年に彼が作品制作のために町を訪れた際、まつだい駅のホームから棚田を見て彼は動きを止めました。棚田というのは土砂崩れの跡を田んぼにしている場所のことですが、彼は知っていたのか知らなかったのか、突然自分が考えていたプランをここでやらせて欲しいと言い出しました。

▲イリヤ&エミリア・カバコフ「棚田」(2000)photo by Osamu Nakamura越後妻有大地の芸術祭公式ウェブサイトより

それがきっかけでできたのが「棚田」という作品です。棚田は、年間を通して日照時間が100日ととても短いので豊かなお米を取れる場所でもなく、かつ小さい場所で重機も入らず、大変な労力を強いられるような場所です。

カバコフさんについて少し言及するならば、彼はロシアの圧政下で約50年間何も作品を発表できない中、さまざまな制作活動を続けてきたアーティストです。「棚田」はそんな彼が描いた5つの農業に関する場面でできています。向こうにある彫刻と手前にある文字がいわば立体絵本のように見える作品です。そこに住んでいる人にとってはただの大変な仕事かもしれないですが、カバコフさんがやってくれたように、アーティストが場所に対して何か非常に尊いものを発見してくれると僕は思っています。

2:交流・交換

作品制作をしようとすると、そこはだいたい私有地ですから交渉しなくてはなりません。「棚田」であれば、福島さんというおじいちゃんの土地でした。他所から来たよくわからないアーティストなるものが私有地でこういうのをやりたいと言って、誰が「はい、どうぞ」と言いましょう。ほぼ全員反対です。けれども、その時にカバコフさんはこういう人でこんなことを考えているんですとコミュニケーションを取ることはできます。

そしていざ制作を始めてみると、その土地については集落の人が一番よく知っていますから「材料はここで買うのがいいよ」ということから町のあらゆる情報を教えてくれたり、時にはお茶や野沢菜、おにぎりまで出してくれたりということもあります。一緒に交流する、交換するというのは芸術祭の大きな醍醐味のひとつです。

3:作品がつなぐ関係性

言ってみれば、私有性を壊してカバコフさんの作品ができるのだけれども、それをいろいろな形で宣伝すると本当に色んな人が見にきてくれます。夕暮れに子どもが親御さんとそこを歩いている景色を見ると、それはもう本当に美しくて嬉しいものです。

そのときはじめていろんな人たちが福島さんやその周りの人に「カバコフさんってどういう人だったの?」「作品はどうやって作ったの?」と聞くと「こうして作ったよ」という話から、自分の家族がどう関わったのかを事細かに話し始めます。そのときに初めてカバコフさんの「棚田」という作品が、イリヤ&エミリア・カバコフだけの作品ではなく、福島さんをはじめとするその集落の人との協働の作品に変わるのです。カバコフさんの作品はそれだけでも発信力がありますし、素晴らしい作品ですが、ここで重要なのは福島さんに声をかけたり、説明したり、一緒に草刈りをしたりというような、作品がつなぐ様々な関係性がものすごく大きいということです。そこに関わる人の無量と言っても良いくらい大変なエネルギーが僕は何かを生んでいると思っています

芸術の始まりと可能性

自分達の生きてきた証として残されたアルタミララスコーの壁画からも分かるように、ホモサピエンスは30万年前に出てきて以来、犠牲を払いながら中型獣や大型獣をやっと倒してそれを食べていました。オーストラリアなどにも、足跡や手跡がそのまま残されているように、自分がここにいたという証拠が美術として残されてきています。そう考えてみると美術というのは、人類の非常に親しい友達だったと思います。結果的に、美術はそれぞれの時代での色々な大変さ、自然と人間の関係、そうしたものを明らかにするものとして出てきたのだと思います。そして、そういうことが今本当に大切だと思うのです。

鶴見俊輔さんの言葉に「ある国に自分の知っている親しい人間がいたら、そこと戦争したいとは誰も思わないだろう」というものがあります。芸術祭を通して、僕は色んな国の人が色んな国に親しい人も持ってくれればいいなと思っています。お迎えしたアーティストが新潟のある地域で制作をしたことがあるのとないのでは、その人にとっての新潟が、日本がだいぶ違ってきます。そして、その地域の人もアーティストの出身国と戦争したいとは思わないでしょう。これは芸術祭の中のほんの一部ですが、僕がかなり意識してやっている部分です。

もう少し原理的なことをお話しますと、僕は時間がある時に公園で人間観察をしていることがあります。小さな女の子が母親と一緒にいるのを見ていると、向こうから赤髪の海外の方が歩いてきました。その女の子は、怖くてお母さんの後ろに隠れながらじーっと海外の方を見ています。怖いけれども、こんなに大きい人をあまり見たことがないから、興味があるんですね。やがて危害を及ぼさないと思うと、そばに行ってポケットにあるものをあげようとしていました。つまり、知らない人に興味が湧くというのは本能なのです。そしてその人と何かコミュニケーションが取れると嬉しい。もちろん初めから怖いと泣く人もいますけれど、それは「知らない人は怖い」と言われているからです。僕はこのような場面を一度ではなく、何度か見かけています。この発見は僕の原点とも言える体験でした。

最後になりますが、中川幸夫先生の「花狂い」という作品をご紹介させてください。

▲中川幸夫「天空散華・妻有に乱舞するチューリップ―花狂―」(2002) 写真:宮田均 
越後妻有大地の芸術祭公式ウェブサイトより

この作品には4000人くらいの方が駆けつけてくださいました。そしてみんな自分の人生のハイライトのひとつだと言っています。その日は偶然雨も降っていて、ヘリコプターが恐竜のように空に現れて100万枚の花びらを降らせます。雨と共に落ちてくる花びらを見て、全身を震わせられるような瞬間でしたが、そのような瞬間は僕も含めてなかなか体験することがありません。

できるだけ色んな人と会い、出来るだけ色んな人と関わる。それは具体的な個です。これは僕が関わっている芸術祭の中でもかなり重要な要素だと思います。その中でも美術というものが新しい体験を感じられるものであれば良いなと僕は願っています。

現代社会と芸術のあり方

ここからは参加者のみなさんに書いてもらったはなしのタネをもとにお話を進めていきます。

Sさん:先ほど、「棚田」のお話で持ち主の方に説得されるというとおっしゃっていましたが、具体的にはどのようなお話をされるのでしょうか? 人間は知らない人やことに本能的に惹かれるというお話もあったので、「芸術」という馴染みないものを知らないものの一つとして魅力をお伝えされたりしているのでしょうか?

フラムさん:身も蓋もないことを言うと、誰も説得されていません!(笑)
僕は真っ当なつもりですが、リュックを背負って帽子をかぶって、しかも現代美術をやっているフラムなんて言う変な名前の人なんて誰も理解していませんし、説得されていません!けれども「罵倒されようが水引っかけられようが、よくまたお願いしますとやってくるな。じゃあ、やらせてみようか」と、そうなっているだけなんです。これは田舎の良さでもありますよね。

自然を相手に産業をやっていると、どうしようもないことに立ち向かわなくてはなりません。小さいことを気にしていられないくらい大変な時もあります。一次産業をやっている人のどうしようもない状況を切り抜くタフさには、どこか気持ちのよい率直さみたいなものがあって、それがよそ者に芸術祭をやらせてくれる寛容さにもつながっているように感じます。

Kさん:私自身、日本は現在鎖国状態にあると思います。東京オリンピックの時はワクチン接種を義務化せずにいたのに、今は日本人の配偶者であっても外国人は入国できない状態にあります。さらに国民の70%が外国人の入国に反対しているという統計も出ているのが現状です。なぜ日本人は外国人を同じ扱いにできないのでしょうか? そして、芸術はそうした日本人の排他性を壊せるものなのでしょうか?

フラムさん:今から数万年前、北の方や大陸、半島から人が渡ってきて日本ができました。つまり日本人の祖先はみんなよそから渡ってきて身近な人を排斥することによって自分達の地位を認識していたんです。これは人間に備わっているネガティブな部分がずっと続いてきたという、ある意味ただそれだけのことなのだと思います。

今から500年前の地理上の発見から始まり、植民地主義の名残みたいなものがまだあって、日本の場合も決定的にそれが僕らを歪めていると思います。「他国の人民を侵略する国の人民は自由ではありえない」という旨のレーニンの言葉を、本で読んだことがあります。よそを侵略することによる歪みは、侵略している側の人たちに来るというのは、今の日本の状況にしっくりくる説明であると思います。

先ほどもお話ししましたけれど、人間は本質的に他者に興味があるんです。本当は開いていきたいんだけれども、排他的な部分で他者との間に違いを作ってしまう。人類の「類」という部分の意識が足りていないのだと思います。

2つ目の質問にお答えしますと、法隆寺の壁画の記録から、下書きの人と色塗りの人、という風に分業で成り立っていることが分かります。けれども、隣の壁ではその役割が入れ替わっていたりするんです。つまりヒエラルキー関係なく回っているということです。それは僕が今やっている芸術祭でもそうです。もちろん長くやっていると「頼むから誰かが責任を持ってやって欲しい・・・」と思うこともたくさんありますが、芸術のこうした側面に可能性を感じて、芸術祭をやっているということもありますね。

小林さん:実は僕もフラムさんとの出会いがきっかけで大地の芸術祭で運営のお仕事をさせていただいていまして、そこでフラムさんがおっしゃっていた「越後妻有のNPO法人が、地域で一番働きたくなるような場所にしなくてはいけない」という言葉が非常に印象的でした。芸術祭の成功とはまた別に1つ大事にしなくてはならないものを見ているのだろうなと思い、何の躊躇もなく新潟に引っ越すことができました。

フラムさん:そうそう、その話を聞いて思ったのが、僕たちはこの芸術祭をやりながら食べていかないといけないと思っているんだけれども、結果的に面白いのが、芸術祭の年にはおそらく400~500人が芸術祭に関わって食べているということです。そんなつもりは全然なかったのですが、気づいてみると雇用が何百人という単位でできていたんです。十日町あたりではもしかすると最大企業かもしれないよね。

小林さん:確かに!そうかもしれませんね(笑)
フラムさん、今回は貴重なお話しありがとうございました!

フラムさん:ありがとうございました。

境をこえること、そして芸術。一見難しそうにも感じるこの2つが、実は私たちのすぐ身近に存在しているということを改めて実感できる貴重な時間でした。芸術作品やがんの研究だけではなく、自分の中にある純粋な興味を外に放ってみることが、もう少しやさしい世の中へ近づく一歩になるのかもしれません。

企画:東京で(国)境をこえる 小林真行
主催:東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京/一般社団法人 shelf

ゲスト:北川フラム/アートフロントギャラリー
ライター:柏原瑚子