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『ベトとナム』Q&Aレポート | 11/28(木) | 第25回東京フィルメックス

11月28日、丸の内TOEIでコンペティション作品の『ベトとナム』が上映された。2001年のベトナムを舞台に、炭鉱労働者として働く青年同士の愛を繊細な美しさで描きつつ、ベトナム戦争で喪った父親の遺骨探しの旅を通して、二十数年経っても戦争の傷跡から癒えないベトナムの姿を映し出した本作。上映後にはQ&Aの時間が設けられ、主人公の一人を演じたバオ・ディンさんが登壇した。 

出演のバオ・ズイ・バオ・ディンさん ©白畑留美

大きな拍手と共に迎えられたバオ・ディンさん。まず最初に、今回来日が叶わなかったチューン・ミン・クイ監督から預かったというメッセージを読み上げた。

「この『ベトとナム』という作品のもう一つのタイトルに見合うものを私は『愛』と名付けました。今まで観客の皆さんとの質疑応答のほとんどで、どうしてこの映画を上映禁止にするのか?という質問を頂きました。私の個人的な気持ちですけれども、その理由はこの映画の中に愛が溢れているからだと思います。愛と真実が、です。何人かの人は愛を見ると恐ろしいと感じるんだと思います。そして彼らはそれを他の人にも見せたくないのだと思います。しかし愛というものは常にそこにあるし、思い出や記憶の中にもあるし、歴史の中にもあるし、そしてこの映画の中にもあります」

『ベトとナム』Still by nicolas-graux

続いて、本作が初主演作だったバオ・ディンさんに対して、どういった経緯でこの映画に出演したのか、神谷PDから質問がされた。「私がこの仕事を始めたのは2022年でしたが、そこから演技の仕事、そして自分の芸術を見つけるという道筋の中で、常にどうしたらいいか分からずにいました。どうやって正解を探すのか、自分に問いかける方法すら分かりませんでした」。そんな中でチューン・ミン・クイ監督の新作のオーディションを見つけたというバオ・ディンさん。オーディションの募集要綱を読みながら「これは絶対自分が参加しなくちゃいけない作品だ」と感じたそう。オーディションにおける監督の要望が「演技はできなくてもいいが、労働者として見せることができること」だったため、バオ・ディンさんはオーディションまでの2週間、田舎に帰り仕事を手伝うことで、労働者の役作りに励んだそう。そうした努力の結果、見事主役を勝ち取った。

©白畑留美

次に本作がベトナム戦争を大きなテーマとして扱っていることから、バオ・ディンさんの世代がこの戦争をどのように捉えているのかという質問が投げかけられた。「私がこの半生の中で、ベトナム戦争に対して何か強い感情を持ったことはありませんでした。それは学校で勉強したり、テレビで見たり、人から語られたりするものであって、自分自身に直接関わりがあると思ったことはありません。一方、祖父母の年代にとって戦争は直接関わることで、そのイメージも強く残っていると思います」と、世代によってベトナム戦争に対する感覚は異なると話した。一方で、戦争経験者でない若い世代でも当時の人々が何を感じていたか、自分事として捉えて想像することが大切だと語る。「今ベトナムを生きている若い世代は、ベトナムの過去との繋がりを失っているのが一番難しいところです。ですから周りの人々から色々な話を聞いて、常に過去と今との繋がりというものを探すことが大切だと私は考えています」 

『ベトとナム』Still by nicolas-graux

また来場者からは、本作の撮影に16ミリのフィルムカメラが使用されたことに言及する声もあった。デジタルカメラが主流の今、フィルムを使った撮影は珍しい。しかし『ベトとナム』に終始漂うノスタルジックな雰囲気はフィルムだからこそできた表現ともいえる。一方で撮影をするにあたっての制限も多い。例えばフィルムの場合は、フィルム代や現像代といったコストを考える必要がある。これにはバオ・ディンさんも演技をする上で苦労したようで「チューン・ミン・クイ監督からは初めにはっきりと、一つのカットに対して5テイクしか撮らないよと言われました。これは本当にプレッシャーでした」と振り返った。当時、現場には16ミリのフィルムカメラで撮影したことのあるスタッフはほとんどいなかったそうだが、バオ・ディンさんによれば、どのクルーも高い集中力で知識を吸収し、フィルムでの撮影に順応していったという。

『ベトとナム』Still by nicolas-graux

Q&Aの終盤では、「主役の青年たちの間には様々なものが介在しながらも、きらきらと輝いている感情が存在していた」とバオ・ディンさんに感想を伝える観客もいた。併せて、この二人の愛のカタチについてどう思われるかと尋ねられると、バオ・ディンさんは「私は二人の愛について、とても生き生きとしていて真実のものだという風に感じています。この二人は本当に一生懸命に生き、一生懸命に愛し合っていた。それぞれに困難があり、望みというものを持っていたけれど、その中で二人が本当に欲しいと願っている愛情をお互いに求めていて、それがこの映画の中に現れていると思いました」と答えた。

©明田川志保

一つ一つの質問に言葉を尽くして答えてくれたバオ・ディンさん。会場からは絶えず質問の手が挙がったが惜しくも時間切れとなり、Q&Aは終了した。
クィア、貧困、戦争といった様々なテーマを巧みに織り交ぜながら、戦後のベトナムを抒情的に描いた『ベトとナム』。本作はチューン・ミン・クイ監督にとって長編三作品目となるが、カンヌ映画祭のある視点部門でも上映されるなど、既に高い評価を得ている。

文・吉原和花
写真・明田川志保、白畑留美


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