東京灸太郎

1900年代生まれ。東京都出身。東京つばめ鍼灸院長。完全無所属・無宗教。鍼灸師免許取得後、北京堂鍼灸代表浅野周先生に弟子入り。北京堂鍼灸松江のち北京堂鍼灸三鷹を引き継ぎ、2013年独立。2015年、屋号を「東京つばめ鍼灸」に改称。

「陰謀」の本質を考察する

世の中は陰謀だらけですが、実際に気が付いている人はほとんどいません。欧米での覚醒率は比較的高いですが、メディアの偏向報道が著しい日本においては、おそらく95%以上の人がいわゆる「3S」や各種プロパガンダが用いる「holly tree」によって重度にenslaveされたsheepであろうと推察されます。最近は、新コロによって様々な真実に気が付き、「私は覚醒した!」と思い込んでいる人も多いようです。しかしながら、メディアやSNS上には「8割の真実と2割の嘘」という名のドルイド的な魔法の杖を用いて、医師や看護師など医療関係者を装い、新コロ難民をカルトな方向へ誘導している輩が存在するわけで、覚醒したと思い込んでいても、実際には真実には辿り着けていない人々が多いようです。このマガジンでは完全無所属・無宗教な院長が世の中の陰謀を客観的に考察し、皆様の脳内の正常化(清浄化)促進に貢献いたします。

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  • 6本

新コロ61の真実(1)

自分で調べもせず、新コロが脅威であると盲信し、白痴化されつつある人があまりにも多いので、とりあえず現状で明らかな情報を、61項目に分けてまとめてみた。 1.新コロの存在を証明する科学論文がない国立感染症研究所は新コロの分離に成功したとしてHP上に新コロの電子顕微鏡写真をUPしているものの、この写真のエビデンスが明示されていない(2020年12月31日現在)。また、GenBankに登録した新コロの遺伝子情報を取り下げた理由も開示していないため、これが新コロ信者(コ〇ナ脳)の

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難病と常識と鍼灸

マニュアル通りに刺鍼していると、ある時期から「あまり効果が感じられなくなってきた」と訴える患者が、一定数現れることがある。 特に開業してから数年が経過し、ある程度の臨床経験を積み、技術が向上して評判が良くなってきた頃、どこへ行っても治らなかったような、難治な病態の患者が徐々に増えてくるようになる。 その鍼灸師の本質の如何は、この時点から大きく露呈するように思える。 ある鍼灸師は難治な患者に直面すると、露骨に拒絶反応を示し、施術者としての本分を放棄する。難局を乗り越えよう

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難病と常識と鍼灸

マニュアル通りに刺鍼していると、ある時期から「あまり効果が感じられなくなってきた」と訴える患者が、一定数現れることがある。 特に開業してから数年が経過し、ある程度の臨床経験を積み、技術が向上して評判が良くなってきた頃、どこへ行っても治らなかったような、難治な病態の患者が徐々に増えてくるようになる。 その鍼灸師の本質の如何は、この時点から大きく露呈するように思える。 ある鍼灸師は難治な患者に直面すると、露骨に拒絶反応を示し、施術者としての本分を放棄する。難局を乗り越えよう

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新コロとデジタル化

散在した情報をかき集めて精査・推理し、真相を導き出すことができた人は、あまりにも少ない。今回の新コロ詐欺は、賢者と愚者を見事に二分した。 自分で調べることさえせず、思考せず、常に他人に答えを求めているような人々は一生真相に気が付かず、「コ〇ナ脳(BD層)」から抜け出すことはできないかもしれない。 新コロはデジタル証明書(枠珍接種証明書)、Common Pass(Green Card)の普及によって一旦収束する可能性もあるが、様々な資料を考慮すれば、2025~2030年まで

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鍼灸こばなし

一般的には知られていない日本鍼灸界の実情や、誰も教えてくれないであろうお役立ち鍼灸ネタを随時UPしています。

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  • 26本

新コロ61の真実(1)

自分で調べもせず、新コロが脅威であると盲信し、白痴化されつつある人があまりにも多いので、とりあえず現状で明らかな情報を、61項目に分けてまとめてみた。 1.新コロの存在を証明する科学論文がない国立感染症研究所は新コロの分離に成功したとしてHP上に新コロの電子顕微鏡写真をUPしているものの、この写真のエビデンスが明示されていない(2020年12月31日現在)。また、GenBankに登録した新コロの遺伝子情報を取り下げた理由も開示していないため、これが新コロ信者(コ〇ナ脳)の

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難病と常識と鍼灸

マニュアル通りに刺鍼していると、ある時期から「あまり効果が感じられなくなってきた」と訴える患者が、一定数現れることがある。 特に開業してから数年が経過し、ある程度の臨床経験を積み、技術が向上して評判が良くなってきた頃、どこへ行っても治らなかったような、難治な病態の患者が徐々に増えてくるようになる。 その鍼灸師の本質の如何は、この時点から大きく露呈するように思える。 ある鍼灸師は難治な患者に直面すると、露骨に拒絶反応を示し、施術者としての本分を放棄する。難局を乗り越えよう

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逆子の灸について

中国では灸を用いた逆子治療が、1000年以上前から行われているそうです。実際に、8世紀頃に記された『太平圣惠方』には、棒灸を利用した逆子の治療法が紹介されています。棒灸を用いた逆子治療は妊婦への負担が少なく、経済的で、効果が良いため、現在でも中国では盛んに行われているようです。方法はとても簡単です。至陰というツボを10分ほど温めるだけです。 中医理論では、至陰穴は足の太陽膀胱経に属する井穴と呼ばれています。井穴は、脈気が最も浅く流れている所であるとされ、湧水が井戸に湧き出す

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門脇尚平先生と手相と木枕

手相といえば、20代初めの頃、イロイロあって路頭に迷っていた時期に、手相の大家であられた門脇尚平先生に、下北沢のご自宅で鑑定していただいたことがあった。 先生は「手相の世界では、本は書けても実際に観れる人はほとんどいないでしょ。私は書けるし観るのも巧い」と言った。確かに中医の世界でも似たような状況みたいだが、日本では書けぬし治せぬ鍼灸師が多すぎるように思えてならぬ。 門脇先生に手相を観てもらった時、私は確か20歳くらいで、生産性も将来性も微塵もないようなクズみたいな人間

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小旅行の記録

ここに公開している文章には画像がほとんど含まれていないため、是非はてなブログをご覧ください。https://tokyotsubamezhenjiu.hatenablog.com/

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  • 7本

綿と串

北京では春になると、街中にたくさんの胞子が舞う。一見すると雪が降っているかのようにも見えるが、少し観察すれば雪ではないことがわかる。最近、これを「中国特有の汚染物質だ!」と騒ぐ人や、果てには「中国の大気汚染は深刻である!」とか、「中国に行く奴はアホだ!」とか叫ぶ人もいるようだ。無知は恐ろしいことだと思うけれども、ネットやメディアが過剰に発達した情報過多な現代では、もはや真実を見分けること自体が難しくなっているのかもしれない。 日本の報道では、中国は常に大気汚染に曝されてい

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北京でプロ乞食に遭遇した話

2017年秋、北京へ行った時の話。 北京へ行く主な目的は、針灸・中医関係の本の購入と、針灸用具店への顔出しだ。針灸用具は今年から微信を使って輸入しているから、わざわざ北京まで行く必要はないのだけれど、本を買うついでに針灸用具店へ手土産持参で挨拶しておくことで、ウェブ上での取引をスムーズにできている。 今回、こびとがHSK(汉语水平考试)の参考書を欲しいと言っていたので、とりあえず东单の図書ビルで、1~4級の単語帳と過去問を買った。ちなみに中国では、4級に合格した外国人は中

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2018年初冬、長野へ行った話(5)終

最終日は小布施と戸隠へ行くことにした。帰りの新幹線が15時発だったから、14時くらいまでには長野駅へ戻れるよう、予定を組むことにした。 天気予報では翌日から大寒波が襲来するという話で、まだそんなに寒くはなかったが、戸隠あたりはすでに雪が積もっているらしかった。 ホテルは9時前にチェックアウトし、長野駅東口のコインパーキングに停めておいたレンタカーに乗り、9時過ぎに出発した。渋滞はほとんどなく、30分ほどで小布施に到着した。 小布施といえば、栗菓子と北斎館が有名だ。駐車場

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2018年初冬、長野へ行った話(4)

本堂をお参りしたあとは、本堂裏手にある善光寺史料館へ行くことにした。240万余りの英霊が祀られた霊廟ゆえか、九段下にある某神社のような雰囲気が感じられて、あまり長居できなかった。何より、床下から足に伝わる冷気が強すぎた。 史料館の外には、なぜか牛2頭のレプリカが飾ってあった。足元を見ると、森永乳業寄贈、と記されていた。どこぞの暇人が、牛の耳の上に椿らしき花を置いていた。 こびとが、参道にある昭和チックな本屋で買ったばかりの、フクロウ柄の御朱印帳に早速御朱印してもらいたい

南北相法現代語訳

江戸時代に活躍した観相家、水野南北が残した人相術の聖典『南北相法』の現代語訳版です。これまで『南北相法』の現代語訳版は数多出版されてきましたが、個人的に満足できるものがありませんでした。そこで、可能な限りわかりやすく現代語訳化することを心掛け、さらに、外出時にスマホやタブレットなどでも見やすいよう、デジタル化しました。図版は高画質で収録してありますので、実際の原書を手に取っているような臨場感を味わえるかと思います。望診や開運、人間関係の改善などにお役立て下さい。1巻1,200円(全10巻)にて販売しております。初学者でも読みやすいよう、一部にふりがなと注釈を記しました。『南北相法』の入門者版である『相法早引』は、無料で公開しております。

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  • 11本

南北相法(後篇/巻ノ五/最終巻)

水野南北居士 著 《気色湊(きしょくつたい)の部》《気色が湊走(つたいはし)る様(かたち)を弁ず》頭は太陽(=大陽)の集まる場所であり、身体における城市(じょうし、≒都市、繁華街)である。ゆえに、面部は一身における江湊(こうそう、≒港)に等しい。よって、万事の吉凶は潮(うしお)の干満の如く、日々面上に湊流(そうりゅう)するのである。ゆえに、これを気色の湊(つたい)と名付ける。 また、祖師の後から現在まで、血色、気色の事は大いに廃(すた)り、気色の色を観たいと欲しても、実際

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南北相法(後篇/巻ノ四)

水野南北居士 著 《月割・日割の弁》古書では血色のみの判断によって百日以内に善事が起こるとか、七日以内に悪事が起こるなどという事を論じているが、この論は未だにその理屈を説明しきれていないゆえ、採用する事は出来ない。そもそも人は天地と同体であり、気血は天地を運行する気に従って順行するものである。しかし、そうは言っても、天地には予測不能な変化がある。つまり、気候にはどうにも出来ない不順があり、人体の血色もその時々に従って変化するものである。そうであれば、どうして一時的な血色を観

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南北相法(後篇/巻ノ三)

水野南北居士 著 《血色の部(八色の弁)》まず血色を観る時、眼で観ても意(こころ)で感じても青色ならば、それは青色である。また同様に、眼で観て白色であり、意で白色と感じるならば、それは白色である。青色(せいしょく)、黄色(こうしょく)、赤色(しゃくしょく)、白色(はくしょく)、黒色(こくしょく)、美色(びしょく)、紫色(ししょく)、紅色(こうしょく)においても、以上の道理をもって考え、観なさい。血色には青色、黄色、赤色、白色、黒色、紅色、紫色、暗色(あんしょく)、滞色(たい

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南北相法(後篇/巻ノ二)

水野南北居士 著 《血色の部 論弁》《観相の時、その血色をよく観ようと思うならば、「潮汐」をとらえて、観なさい。そうすれば心気が安定しているため、自然と観やすくなる》そもそも、人体の気血があるという事は、まるで天地に潮汐があるに等しい。ゆえに、人の気血は潮の進退(≒差し引き)に応じて盈虚(えいきょ、=満ち欠け)がある。つまり、潮が差し盈(みち)る時は、人の気血もまた盈る。よって、その時に観れば血色は自然と浮かび現れ、知りやすい。また、観相者も己の身体の気血が以上の如く充満(

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某新聞奨学生時代の思い出

昔々、院長が苦学生だった頃のお話です。当時、一定の奨学金をもらって新聞配達をしながら学校へ通える新聞奨学制度を利用し、鍼灸専門学校に通っていました。

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新聞奨学生時代の思い出(8)

貧しい苦学生に見えたのか、集金中に突然食べ物を渡されることがよくあった。 特に、古い戸建てが密集する地域では、80歳前後のおばあさんが食べ物を差し出す確率が高く、また同時に、それは賞味期限切れの食べ物である確率も高かった。 大きな一軒家に独りで住んでいるおばあさんなどは、話し相手が欲しいのか、集金時に私を引き留めて長話に付き合わせようとすることも多く、月内80%の回収率を達成するためには、如何にして、その場から脱するかということが非常に重要だった。それゆえ、集金開始日は、

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新聞奨学生時代の思い出(7)

新聞奨学生になって1年くらい経った頃、集金業務をすることになった。そうは言っても学業との兼ね合いで、100%の回収には無理があったから、月内に80%まで回収してくれればいいよ、と店長が言ってくれた。私が月内に回収できなかった分は、社員がやってくれることになった。集金手当は毎月3万円だった。 集金業務は毎月25日から始まる。給与支給日が25日の会社が多いことに合わせているらしかった。新聞代金の支払い方法は配達員による戸別集金、クレジットカード払い、口座引き落としの3種類があっ

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新聞奨学生時代の思い出(6)

私が所属していた新聞販売店には、様々な事情を抱えた人が多く集まっていた。 刑務所から出所したばかりの男、怪しいモノの運び屋をやっていた男、田舎で何かトラブルを起こして逃げてきた男、ギャンブル依存症で借金取りから逃げてきた男、多重債務から逃れるため1000km以上離れた田舎から逃げてきた偽名男、某宗教を脱会して追っ手から逃げてきた男、古い寺が集まる某観光地で新聞配達をしていたが過度の霊障から逃れるため異動してきた男など、社会であぶれてしまったような野郎が集まる巣窟のようになっ

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新聞奨学生時代の思い出(5)

新聞販売店はその名の通り、基本的には新聞販売による収入がメインとなっていたが、実際には新聞に挟む折込チラシの売り上げが、大きな収入源となっていたようだった。記憶は定かではないが、1枚あたり3円くらいだったと思う。 販売店での総配達部数は5000部くらいだったが、3000部前後のチラシを販売店に持ち込むクライアントが多く、チラシの内容によって高級住宅街や新興住宅街、旧市街地などへと、分けて配達するよう指示が出ることが多かった。 チラシは配達日の1週間ほど前までに販売店に持